☆非侵襲性PGT-A:賛成派 vs. 反対派 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

米国生殖医学会(ASRM)の機関誌であるFertil Steril誌における今回の「紙面上バトル」は、従来のPGT-Aと非侵襲性のPGT-A(niPGT-A)についてです。

 

Fertil Steril 2021; 115: 841(スペイン、フランス、米国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2021.02.045

Fertil Steril 2021; 115: 840(米国)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2021.02.046

要約:従来のPGT-A(teBxs、胎盤になる細胞を採取)と非侵襲性のPGT-A(niPGT-A、培養液中のDNAを採取)について、賛成派と反対派の意見を伺いました。

 

賛成派:teBxsによるDNA増幅成功率は89%であるのに対して、niPGT-AによるDNA増幅成功率は80〜100%です。また、teBxsと全胚盤胞のDNA一致率は84〜85%であるのに対して、niPGT-Aと全胚盤胞のDNA一致率は91〜94%であることが報告されており、培養液中のDNAは胚盤胞の染色体を反映しているものと考えます。また、胎盤になる細胞を採取(teBxs)することにより、妊娠高血圧症候群の確率が増加することも知られており、細胞を採取しない方法が望まれます。しかし、培養液中のDNAは極めて少量であるため、ノイズが多くなり、また他の細胞の混入も起こり得ます。一方で、胎盤になる細胞を採取しても約半数でモザイクが確認されますので、胎児になる細胞(ICM)を間違いなく正確に現しているどうかは微妙なところです。なお、偽陽性率(間違って異常と診断する確率)は、niPGT-Aの方が有意に低いことが報告されています。さらに、グレードの低い胚盤胞は、細胞採取に耐えられない可能性もあります。もちろん、今後の大規模な検討が必要ですが、teBxsよりもniPGT-Aが推奨されます。

 

反対派:従来のPGT-A(teBxs)も非侵襲性のPGT-A(niPGT-A)も偽陰性率(間違って正常と診断する確率)は低いです。niPGT-Aでは、極めて少量のDNAからの検査を実施するため、ノイズが多くなり、また他の細胞の混入も起こり得ます。このため、teBxsとniPGT-Aで得られた結果に乖離がみられます。異常な細胞は、ICM→TE→培養液へ順次排除される仕組みがあると想定されること、自己修復作用があることから、染色体が正常な胎児を生み出す方向に向かいます。したがって、胎児が正常でも、培養液中のDNAは異常であることが想定されます。逆に、niPGT-AでDNA増幅ができなかった胚の着床率が最も高くなっており、これは異常な細胞が培養液に排出されなかったものと考えられます。このように、現在のniPGT-Aは発展途上であり、様々なハードルをクリアしなければならず、現段階では実用的ではありません。メディウム交換の最適な時期、培養液の量、胞胚腔液など、これからの課題が山積みであると言えます。


解説:このバトルは毎回そうなのですが、全く議論がかみ合っていません。まさに平行線です。その最大の理由は、両者のスタンス(立ち位置)にあると思います。皆さん同じ論文を読んでいるのですから、それをどう解釈して実際の臨床に役立てるかが重要です。賛成派は実際のエビデンスを重視し、反対派は技術的な問題を指摘(想定)しています。どちらが正しいとか間違いというのではなく、ケースバイケースの対応が必要だと思います。そもそもの問題点は、胎児になる細胞(ICM)を知りたいにも関わらず、胎盤になる細胞(TE)や培養液のDNAで予測せざるを得ないことです。これは同じものではありませんので、当然間違い(エラー)が生じます。そのエラーの頻度と侵襲性を天秤にかけてどちらが良いか判断する訳です。賛成派は、胎盤になる細胞(TE)より培養液のDNAの方が胎児の予測に優れていること、非侵襲検査であることからniPGT-Aを推奨し、反対派は、異常な細胞がICM→TE→培養液へ順次排除される仕組みがあると想定されること、現在のniPGT-Aが発展途上であることからteBxsを推奨しています。

 

コメントでは、偽陽性(間違って異常と診断し廃棄される)をなくす方向で検討して欲しいという考えです。

私は、teBxsのモザイク問題が解決しない限りは、niPGT-Aも現在のteBxsも同じレベルだと思います。

 

PGT-Aについては、下記の記事を参照して下さい。

2021.5.3「☆モザイク胚移植1000個の成績

2021.4.23「☆正常胚率、正常胚移植の妊娠率に影響する因子

2021.4.9「PGTのバイオプシーによるマイナス効果はあるか?

2021.2.18「☆凍結正常胚移植で内膜症の有無は無関係

2021.2.10「PGT-Aの母子への影響は?

2021.1.19「☆真の着床障害は本当は少ない!?

2020.12.4「☆PGT-Aは正しく妊娠予後を予測できるのか?

2020.11.4「PGT-A胚は妊娠判定日のhCGが低くなる

2020.9.13「PGT-Aの際の新しいバイオプシー方法

2020.7.3「☆PGT-A:バイオプシー方法による違い

2020.5.19「☆PGT-Aはメリットが誇張され、デメリットが過小評価されている

2020.3.27「PGT-Aの際に顕微授精は必須ではない

2020.1.29「☆PGT-Aで出産率は改善するか

2020.1.10「正常胚の出産率予測には桑実胚になるまでの時間が重要

2020.1.9「☆PGT-A vs 形態学的選別:多施設ランダム化試験

2019.10.30「世界の体外受精の成功率が低下しているのは何故?

2019.10.3「☆刺激周期も自然周期も正常胚率は同じ

2019.9.23「☆7日目正常胚盤胞も十分妊娠可能 その2

2019.9.21「☆7日目正常胚盤胞も十分妊娠可能 その1

2019.9.5「モザイク型の染色体を持つ夫婦のPGT-Aの是非

2019.7.5「PGT-Aの正確性は?

2019.5.13「胚盤胞のPGT-Aの正確性は?

2019.3.12「モザイク胚100周期の移植経験

2019.2.19「PGT-Aでメリットがある方は?

2019.1.29「染色体一部モザイク(segmental mosaic)の取り扱い

2018.8.19「☆PGT-A:賛成派 vs. 反対派

2018.7.17「PGS(PGT-A)の精度は?

2018.6.22「☆モザイク胚や異常胚の移植について

2018.6.10「☆モザイク胚の淘汰:マウスモデル

2018.6.3「モザイク胚の特徴は?

2018.5.31「Q&A1845 PGS異常胚の出産

2018.4.6「☆PGSの真価は?

2018.4.5「☆PGSについて:ASRM公式見解

2018.3.22「Q&A1772 モザイク胚について2

2018.1.29「☆モザイク胚を移植したらどうなるか?

2017.10.31「Q&A1627 ☆モザイク胚について

2017.1.24「☆ASRM:PGS特集 その1 モザイクの取り扱い

2016.8.9「☆女性の年齢別染色体異常頻度 その2