本論文は、欧州生殖医学会機関誌(Hum Reprod)に寄せられた、PGT-Aに関するオピニオンです。
Hum Reprod 2020; 35: 490(米国)doi: 10.1093/humrep/dez280
要約:PGT-Aは直感的に「もうこれで元気な赤ちゃんの誕生は大丈夫」と考えがちですが、PGT-Aは発展途上の初期の段階に過ぎません。問題なのは、あたかも完成した技術であるかのように世界中に広がってしまったことです。PGT-Aのマーケットではメリットばかりが誇張され、デメリットが過小評価されています。すなわち、妊娠できる可能性のある胚が除外(廃棄)されてしまっています。データをご紹介します。
年齢 検査未実施胚着床率(A) PGT-A正常胚着床率(B) 異常胚率(C)
<35歳 49.4% 65.0% 51.8%
35〜37歳 42.3% 64.5% 54.4%
38〜40歳 32.9% 61.1% 67.9%
41〜42歳 20.7% 60.2% 77.9%
42歳< 7.8% 53.7% 79.8%
年齢 計算上の着床率(D) PGT-A有効率(E) 着床できる胚のロス
=A/(1-C) =B/D =1-E
<35歳 49.4/48.2=102.5% 65.0/102.5=63.4% 36.6%
35〜37歳 42.3/45.6=92.7% 64.5/92.7=69.6% 30.4%
38〜40歳 32.9/32.1=102.5% 61.1/102.5=59.6% 40.4%
41〜42歳 20.7/22.1=93.7% 60.2/93.7=64.2% 35.8%
42歳< 7.8/20.2=38.6% 53.7/38.6=139.1% △39.1%
42歳までの方はPGT-Aにより、実に着床できる胚で3割のロスが生じています。一方、43歳以上の方では、着床できる胚のロスはありません。従って、どのような方にPGT-Aを実施すべきかについて、科学的な根拠に基づく精査が必要です。
解説:PGT-Aは夢のような検査と思われているようですが、PGT-A正常胚2個で1人の赤ちゃんが誕生する確率(つまり50%)です。細胞を取ることによる受精卵のダメージがその最大の原因と考えられています。本論文は、計算上42歳までの方はPGT-Aにより着床できる胚で3割のロスが生じていることを示しています。これは非常に勿体無いことです。赤ちゃんになれた胚のロスが検査により生じている訳ですが、現在の検査方法(細胞を取る)を行っている限り、この数値を改善することはできません。新しい検査の登場が待たれますが、現状では「どのような方に実施すべきか」しっかり議論することが重要です。
下記の記事を参照してください。
2020.3.27「PGT-Aの際に顕微授精は必須ではない」
2020.1.29「☆PGT-Aで出産率は改善するか」
2020.1.10「正常胚の出産率予測には桑実胚になるまでの時間が重要」
2020.1.9「☆PGT-A vs 形態学的選別:多施設ランダム化試験」
2019.10.30「世界の体外受精の成功率が低下しているのは何故?」
2019.10.3「☆刺激周期も自然周期も正常胚率は同じ」
2019.9.23「☆7日目正常胚盤胞も十分妊娠可能 その2」
2019.9.21「☆7日目正常胚盤胞も十分妊娠可能 その1」
2019.9.5「モザイク型の染色体を持つ夫婦のPGT-Aの是非」
2019.7.5「PGT-Aの正確性は?」
2019.5.13「胚盤胞のPGT-Aの正確性は?」
2019.3.12「モザイク胚100周期の移植経験」
2019.2.19「PGT-Aでメリットがある方は?」
2019.1.29「染色体一部モザイク(segmental mosaic)の取り扱い」
2018.8.19「☆PGT-A:賛成派 vs. 反対派」
2018.7.17「PGS(PGT-A)の精度は?」
2018.6.22「☆モザイク胚や異常胚の移植について」
2018.6.10「☆モザイク胚の淘汰:マウスモデル」
2018.6.3「モザイク胚の特徴は?」
2018.5.31「Q&A1845 PGS異常胚の出産」
2018.4.6「☆PGSの真価は?」
2018.4.5「☆PGSについて:ASRM公式見解」
2018.3.22「Q&A1772 モザイク胚について2」
2018.1.29「☆モザイク胚を移植したらどうなるか?」
2017.10.31「Q&A1627 ☆モザイク胚について」
2017.1.24「☆ASRM:PGS特集 その1 モザイクの取り扱い」
2016.8.9「☆女性の年齢別染色体異常頻度 その2」