☆低頻度モザイク胚移植で胎児異常 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、PGTにより低頻度モザイク胚と診断された胚の移植を行い、出生前診断により異常が確認され、中絶を選択した症例報告2例です。

 

Hum Reprod 2023; 38: 315(イタリア、ロシア)doi: 10.1093/humrep/deac263

要約:PGTにより低頻度モザイク胚と診断された胚の移植を行い、出生前診断により異常が確認され、中絶を選択した2症例を提示します。

 

症例① 2021年、ロシア、男性不妊による顕微授精で2014年に第1子出産、170cm70Kg、40歳、第2子希望

  ロング法による刺激周期で12個採卵、顕微授精11個、胚盤胞7個をPGT-A実施、6個異常、1個モザイク胚

  正常胚が得られなかったため、遺伝カウンセリング後にモザイク胚の移植を決断

  モザイク胚はNGS法で、1番染色体の部分モザイクモノソミー(1p36.33-p31.1の部分欠失40%)

  妊娠17週羊水検査を実施し、G-band法では46,XX(正常)、FISH法で1p36領域の欠失を15%で確認

   (*1p36欠失症候群では、発達の遅れ(重度の知的障害)と特徴的な顔貌がみられる)

  主治医は臍帯穿刺による染色体検査を推奨したが受け容れられず、妊娠20週で中絶

  胎盤と胎児心臓の染色体は全て正常、脳の染色体の1.5%が1p36領域欠失

 

症例② 2020年、イタリア、44歳、妊娠歴なし、AMH 0.75 bg/mL

  ショート法による刺激周期で3個採卵、顕微授精2個、胚盤胞2個をPGT-A実施、1個異常、1個モザイク胚

  正常胚が得られなかったため、遺伝カウンセリング後にモザイク胚の移植を決断

  モザイク胚はNGS法で、モザイク7箇所

   (+1q 40%、-7 40%、-8 40%、+9 40%、-19 20%、-20 40%、+21 40%)

  妊娠8週絨毛検査を実施し、G-band法で47,XX +21(80%)/46,XX(20%)

  妊娠13週NIPT検査を実施し、21番と13番は正常、18番は6%異常

  妊娠15週羊水検査を実施し、21トリソミーがG-band法では4/25(16%)FISH法では16%

  妊娠19週超音波検査で、複数の奇形を確認(Dandy-Walker Variant)

  妊娠22週で中絶

  胎児はDandy-Walker Variant

 

解説:欧州生殖医学会誌であるHum Reprodは、原則として症例報告を受け付けていません。本論文が掲載されたのは、モザイク胚は問題ないという最近の考え方(風潮)に警鐘を鳴らす目的があるものと考えます。本論文の2症例は、PGTにより低頻度モザイク胚と診断された胚移植を行い、出生前診断により異常が確認され中絶を選択しています。症例①の1p36欠失症候群5000〜10000人に1人でみられます。NIPTでの診断は困難で、羊水検査が診断に必要です。症例②のモザイク型のダウン症はダウン症全体の中では2〜4%にみられます。モザイク胚の多くは問題ないかもしれませんが、このように異常である症例が存在することを忘れてはならないと思います。現在、日本産科婦人科学会の指導により、モザイク胚移植前に遺伝カウンセリングを必須とすることとなっています。

 

下記の記事を参照してください。

2023.1.25「カオティック(chaotic)異常胚で健常児出産!?

2022.12.25「☆☆PGTは有効か否か

2022.11.27「不育症患者における染色体異常の有無による妊娠成績:メタアナリシス

2022.11.25「☆若年の卵子凍結と高齢の採卵PGTどちらが良い?

2022.10.18「☆PGTは37歳以下では累積出産率は改善しない

2022.9.25「☆初回採卵PGTで異常胚のみだった場合の2回目採卵PGTの結果は良好!

2022.7.3「☆異常胚やモザイク胚移植で8名誕生

2022.4.10「☆胚盤胞にならないのは染色体異常のせい?

2022.3.29「PGTによる周産期リスクは?

2022.2.5「☆新しい発想の着床前診断法:マウスでの検討

2021.11.18「☆モザイク胚の取り扱いについて

2021.5.12「niPGTの診断精度は?

2021.5.4「☆非侵襲性PGT-A:賛成派 vs. 反対派

2021.5.3「☆モザイク胚移植1000個の成績

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2021.2.10「PGT-Aの母子への影響は?

2021.1.19「☆真の着床障害は本当は少ない!?

2020.12.4「☆PGT-Aは正しく妊娠予後を予測できるのか?

2020.11.4「PGT-A胚は妊娠判定日のhCGが低くなる

2020.9.13「PGT-Aの際の新しいバイオプシー方法

2020.7.3「☆PGT-A:バイオプシー方法による違い

2020.5.19「☆PGT-Aはメリットが誇張され、デメリットが過小評価されている

2020.3.27「PGT-Aの際に顕微授精は必須ではない

2020.1.29「☆PGT-Aで出産率は改善するか

2020.1.10「正常胚の出産率予測には桑実胚になるまでの時間が重要

2020.1.9「☆PGT-A vs 形態学的選別:多施設ランダム化試験

2019.10.30「世界の体外受精の成功率が低下しているのは何故?

2019.10.3「☆刺激周期も自然周期も正常胚率は同じ

2019.9.23「☆7日目正常胚盤胞も十分妊娠可能 その2

2019.9.21「☆7日目正常胚盤胞も十分妊娠可能 その1

2019.9.5「モザイク型の染色体を持つ夫婦のPGT-Aの是非

2019.7.5「PGT-Aの正確性は?

2019.5.13「胚盤胞のPGT-Aの正確性は?

2019.3.12「モザイク胚100周期の移植経験

2019.2.19「PGT-Aでメリットがある方は?

2019.1.29「染色体一部モザイク(segmental mosaic)の取り扱い

2018.8.19「☆PGT-A:賛成派 vs. 反対派

2018.7.17「PGS(PGT-A)の精度は?

2018.6.22「☆モザイク胚や異常胚の移植について

2018.6.10「☆モザイク胚の淘汰:マウスモデル

2018.6.3「モザイク胚の特徴は?

2018.5.31「Q&A1845 PGS異常胚の出産

2018.4.6「☆PGSの真価は?

2018.4.5「☆PGSについて:ASRM公式見解

2018.3.22「Q&A1772 モザイク胚について2

2018.1.29「☆モザイク胚を移植したらどうなるか?

2017.10.31「Q&A1627 ☆モザイク胚について

2017.1.24「☆ASRM:PGS特集 その1 モザイクの取り扱い

2016.8.9「☆女性の年齢別染色体異常頻度 その2