☆新しい発想の着床前診断法:マウスでの検討 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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本論文は、新しい発想の着床前診断法についてマウスで検討したものです。

 

Hum Reprod 2022; 37: 14(オーストラリア)

要約:マウス受精卵のICM(胎児になる部分)とヒト線維芽細胞hyperspectral autofluorescence microscopy法で分析しました。ヒト線維芽細胞は染色体正常467個、染色体異常969個を用い解析しました。マウス受精卵(4〜8細胞期)にreversine(reversible spindle assembly checkpoint inhibitor)を作用させたもの39個と、作用させないもの44個を準備しました。また、reversineと対照群のキメラを作成し、1:1のものと1:3のものも併せて解析しました。さらに、ICM正常胚13個とICM異常胚9個も解析しました。細胞の代謝については、NADPHflavinsを用い、ORR(optical redox ratio = flavins/NADPH+flavins)を計算しました。染色体異常細胞(ヒト線維芽細胞、マウスreversine処置胚)では、NADPHの有意な増加およびflavinsとORRの有意な低下を認めました。染色体正常と異常の識別は、ROC曲線のAUC値として、ヒト線維芽細胞0.97、マウスreversine胚0.99、マウスreversineキメラ胚0.87、マウスreversineキメラ胚(1:1、1:3)0.88、マウスICM異常胚0.93でした。なお、本法を用いた場合とそうでない場合の、胚盤胞到達率、DNA損傷、産仔の体重と状態に有意差を認めませんでした。

 

解説:異数性細胞(モノソミーやトリソミーなど)では、細胞の代謝に変化が生じるとの報告があります。中でもNADPHとflavinsが注目されていますが、これらは自然に蛍光物質を発するためです。この蛍光物質を測定する方法として、hyperspectral autofluorescence microscopy(共焦点顕微鏡下ハイパースペクトル自己蛍光イメージング法)が開発されました。本法により、癌細胞の識別、牛の受精卵やマウス卵子の質の評価が可能であるとの報告があります。本法は標識不要、非侵襲性、迅速、効率的であるため、もしこの方法で受精卵の正常異常の識別が可能であれば、(間接的な診断ですが)極めて強力なツールになります。このような背景の元に本論文の研究が行われ、reversineを用いてマウスで異常胚やモザイク胚を作成し、本法の有用性を示しています。

 

これまでの方法(PGT-A)は胚のダメージのため、正常胚の出産率が50%に低下してしまうといった、避けられない問題がありました。本法を用いれば胚のダメージはほぼありませんので、新しい着床前診断として期待が高まります。もちろん、ヒト胚での検討が必要ですが、とても素晴らしい研究だと思います。