今月号のFertil Steril誌の特集は、モザイク胚の取り扱いについてです。皆様の関心が高いトピックスだと思いますので、ご紹介いたします。
①Fertil Steril 2021; 116: 1205(米国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2021.06.027
要約:25論文で合計2759個のモザイク胚移植を実施した結果をまとめたところ、38%で妊娠が継続し、真のモザイクは1例のみでした(0.04%)。正しくモザイクの判断ができていないことになりますが、これは診断精度の問題と胚による自己修復の可能性があります。前者は、採取する細胞が多すぎる場合にはDNAの増幅が飽和してしまうため、また少なすぎる場合にはDNAの増幅が不十分なために起こり得ます。このような場合には、2回目のバイオプシーを実施すれば正しい判断ができる可能性があります。モザイク胚移植を実施した場合には、その後の妊娠経過を確認しフィードバックする必要があります。
②Fertil Steril 2021; 116: 1212(米国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2021.09.008
要約:2021.5.3「☆モザイク胚移植1000個の成績」でご紹介した記事の内容を再度紹介します。
正常胚 モザイク胚
検査数 5,561個 1,000個
着床率 57.2% 46.5%
出産+妊娠継続率 52.3% 37.0%
流産率 8.6% 20.4%
移植胚の優先順位は、正常胚>部分モザイク胚(モザイクの程度は問わない)>モザイク1本(50%未満)>モザイク2本(50%未満)>モザイク3本以上(50%未満)>モザイク1本(50%以上)>モザイク2本(50%以上)>モザイク3本以上(50%以上)となります。
③Fertil Steril 2021; 116: 1220(米国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2021.07.1182
要約:米国生殖医学会(ASRM)は、PGT-Aを実施する前に患者さんへの教育が必要であるとしています。つまり、PGT-Aの方法と限界、そしてモザイク胚について、エビデンスに基づいた遺伝カウンセリングが必要です。また、モザイク胚移植後は、各種出生前診断による正確な診断が望まれます。モザイク胚移植による妊娠率や出産率は低下しますが、現在のところ、赤ちゃんの異常に関する報告はありません。しかし、長期予後に関するデータはほとんどないのが現状です。
④Fertil Steril 2021; 116: 1203(米国)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2021.07.1197
要約:2015年、モザイク胚移植から染色体正常な赤ちゃんが誕生したという世界初の報告がありました(N Engl J Med 2015; 373: 2089)。その後6年経過した現在もなお、モザイク胚の診断はチャレンジの段階です。一方で、赤ちゃんになれたはずの胚の廃棄を最小限にするべきです。①は方法論からのアプローチで、②は1000例以上のモザイク胚移植の実際の経験から、③はEBMからのアプローチを述べています。
解説:以上をお読みいただいてお分かりかと思いますが、モザイク胚についてはまだよくわかっていません。PGT-A最先端を走る米国でもこのような状態なのですから、PGT-A駆け出しの日本では言うまでもありません。②の論文から、出産率は正常胚で52.3%、モザイク胚で37.0%。流産率は正常胚で8.6%、モザイク胚で20.4%です。皆さんのイメージでは、正常胚の出産率は100%に近く、流産率は0%に近いと思われているかもしれませんが、それとは程遠い数値です。これは、細胞を採取すること(biopsy)に起因するものと考えられます。細胞を採取しない方法が模索されていますが、現在のところ実用的な段階ではありません。
下記の記事を参照してください。
2021.7.4「☆☆部分トリソミー/部分モノソミー胚の予測モデル」
2020.7.3「☆真のモザイク胚の頻度」
2021.5.12「niPGTの診断精度は?」
2021.5.4「☆非侵襲性PGT-A:賛成派 vs. 反対派」
2021.5.3「☆モザイク胚移植1000個の成績」
2021.4.9「PGTのバイオプシーによるマイナス効果はあるか?」
2021.2.10「PGT-Aの母子への影響は?」
2021.1.19「☆真の着床障害は本当は少ない!?」
2020.12.4「☆PGT-Aは正しく妊娠予後を予測できるのか?」
2020.11.4「PGT-A胚は妊娠判定日のhCGが低くなる」
2020.9.13「PGT-Aの際の新しいバイオプシー方法」
2020.7.3「☆PGT-A:バイオプシー方法による違い」
2020.5.19「☆PGT-Aはメリットが誇張され、デメリットが過小評価されている」
2020.3.27「PGT-Aの際に顕微授精は必須ではない」
2020.1.29「☆PGT-Aで出産率は改善するか」
2020.1.10「正常胚の出産率予測には桑実胚になるまでの時間が重要」
2020.1.9「☆PGT-A vs 形態学的選別:多施設ランダム化試験」
2019.10.30「世界の体外受精の成功率が低下しているのは何故?」
2019.10.3「☆刺激周期も自然周期も正常胚率は同じ」
2019.9.23「☆7日目正常胚盤胞も十分妊娠可能 その2」
2019.9.21「☆7日目正常胚盤胞も十分妊娠可能 その1」
2019.9.5「モザイク型の染色体を持つ夫婦のPGT-Aの是非」
2019.7.5「PGT-Aの正確性は?」
2019.5.13「胚盤胞のPGT-Aの正確性は?」
2019.3.12「モザイク胚100周期の移植経験」
2019.2.19「PGT-Aでメリットがある方は?」
2019.1.29「染色体一部モザイク(segmental mosaic)の取り扱い」
2018.8.19「☆PGT-A:賛成派 vs. 反対派」
2018.7.17「PGS(PGT-A)の精度は?」
2018.6.22「☆モザイク胚や異常胚の移植について」
2018.6.10「☆モザイク胚の淘汰:マウスモデル」
2018.6.3「モザイク胚の特徴は?」
2018.5.31「Q&A1845 PGS異常胚の出産」
2018.4.6「☆PGSの真価は?」
2018.4.5「☆PGSについて:ASRM公式見解」
2018.3.22「Q&A1772 モザイク胚について2」
2018.1.29「☆モザイク胚を移植したらどうなるか?」
2017.10.31「Q&A1627 ☆モザイク胚について」
2017.1.24「☆ASRM:PGS特集 その1 モザイクの取り扱い」
2016.8.9「☆女性の年齢別染色体異常頻度 その2」