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森達也、青木理の「反メディア論」を読んだ!

 

森達也、青木理の「反メディア論」(2016年2月15日第1版第1刷発行)を読みました。少し古い本ですが、論じていること今なお有効です。

 

映画監督の森氏と、共同通信を経てフリーの青木氏が、もはや瀕死の態であるメディアにもの申す対談。  昨今のメディアトップと、首相の会食の頻度に代表されるような目に余るなれ合い。死刑制度における手続きの透明性の必要や、オウム真理教事件に見られる、なれ合いとたれ流し報道への批判。  メディアの側が切り込む姿勢から権力や同業者へ気遣う萎縮へ転じ、視聴側は同調的な思考停止に陥る。朝鮮半島、沖縄、日本の敗戦後と報道が時代と共に変わっていった様子。  知らず、ぶれていた自分の思考軸を補正出来たような気になるのである。

 

まえがき 青木理

言うまでもなく、権力からの独立と言論の自由に支えられたメディアが発信する各種の情報は、民主主義社会の食糧である。人間が生きる上で欠かせないものという意味で言えば、空気とか酸素と言い換えてもいい。

そのメディアが病めば社会も病む。多様な情報が細れば社会は息苦しさを増し、最後は窒息する。行き着く先にあるのは、暗く憂鬱なモノトーンの世界。

そんなことにならぬよう願い、本書で私はいろいろ語った。だから「反メディア論」というタイトルは、別にメディアを腐したり、その存在を否定するものではない。むしろ奮起を促すためのメッセージである。もちろん、奮起しなければならない側に、私もいる。(2016年1月18日)

 

あとがき 森達也

実例は数多い。2014年の常軌を逸した朝日新聞バッシング。現首相と抵抗なく飲食するメディア幹部たち。最近は現政権に批判的なキャスターやコメンテーターが、表舞台から排除されることが続いている。この年末から年明けにかけても、多くの人たちが姿を消すことが明らかになった。

現政権から直接的な圧力があったということではなく、それぞれのメディアにおける過剰な忖度や自主規制の現れだろうと僕は思う。いずれにせよその帰結として、メディアの萎縮がさらに進み、この国のジャーナリズムはますます衰退する。多くの人が求める情報ばかりが流通し、多くの人が求めない情報は淘汰されて消えてしまう。まさしく娯楽装置として突出したメディア業界。そこにジャーナリズムはもはや存在しない。(2016年1月18日)

 

森達也:

1956年、広島県呉市生まれ。映画監督、作家。明治大学情報コミュニケーション学部特任教授。98年、ドキュメンタリー映画「A」を公開、ベルリン映画祭に正式招待。「A2」では山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。2011年、「A3」(集英社インターナショナル)で講談社ノンフィクション賞受賞。著書に「放送禁止歌」(知恵の森文庫)、「死刑」(角川文庫)、「僕のお父さんは東電の社員です」(現代書館)、「チャンキ」(新潮社)、他多数。

 

青木理:

1966年、長野県生まれ。ジャーナリスト、ノンフィクション作家。

慶応義塾大学卒業後、共同通信に入社。社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、2006年に退社しフリーに。テレビ・ラジオのコメンテーターなども務める。著書に「日本の公安警察」(講談社現代新書)、「誘蛾灯二つの連続不審死事件」(講談社文庫)、「抵抗の拠点から朝日新聞「慰安婦報道」の核心」(講談社)、他多数。

柄谷行人の「私の謎 柄谷行人回想録」を読んだ!

 

柄谷行人の「私の謎 柄谷行人回想録」(講談社:2026年4月21日第1刷発行)を読みました。

 

「私の謎」は「人類の謎」につながる――

 

左翼だった父、戦後文学者たちとの出会い、くじ引きで決まったアメリカ居合材、建築から哲学までに至る世界的知識人との交流、ある日突然「やってきた」交換様式論・・・現代日本の批評・思想を代表する哲学者の人生を彩る様々な出来事を振り返る。メモワールにして柄谷思想最良の入門書。

 

朝日新聞好評連載を大幅増補のうえ書籍化!

 

「このインタビューを読み返すと、驚きと感慨を禁じ得ない。自分がこれまでたどってきた道が、偶然の連続であったことに思いいたるからである。そのなかにいるときには気づかなかったが、振り返ってみたとき、人生を決めるのは偶然であるとすら思えてくる。

私は、小学校に入ってから二年間、教室で口をきかなかった。そのような引っ込み思案な人間が、偶然の出会いが重なるなかで、自然と、日本のみならず外国まで、著作を発表したり教えたりするようにするようになっていったのだ。それは、努力したり目指したりして実現したことではなかった。いわば、「向こうから来た」ことだった。

私の著作についても、同じことがいえる。いつも新しい考えが勝手に湧いてきたが、その最たるものは、「交換様式」であった。交換様式とは、私が前世紀の終わりに着想した理論で、以来、私はそれについて考えつづけてきたのだが、これも不意に思いついたものだった。」(あとがきより)

 

柄谷行人:

哲学者。兵庫県生まれ。1965年、東京大学経済学部卒業。67年、同大学大学院英文学修士課程修了。法政大学教授、近畿大学教授、コロンビア大学客員教授などを歴任。「畏怖する人間」「意味という病」「マルクスその可能性の中心」(亀井勝一郎賞)「探究」(Ⅰ・Ⅱ)「トランスクリティーク カントとマルクス」「世界史の構造」「哲学の起源」「力と交換様式」など著書多数。2022年、バーグルエン哲学・文化賞をアジア人として初めて受賞。

 

聞き手

滝沢文那:

朝日新聞文化部。1987年長野県生まれ。2011年、朝日新聞社入社。鹿児島や和歌山勤務を経て、文化部で、演劇や放送、出版を取材。

 

 

朝日新聞:2026年6月9日

9条の存在、ありがたい奇蹟

ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演の「PERFECT DAYS」を観た!

 

ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演の「PERFECT DAYS」を、NHKBSで観ました。

NHKBS101 2026年6月1日(月)

シネマ{PERFECT DAYS}

 

以下、KINENOTEによる。

 

解説:

「パリ、テキサス」「ベルリン・天使の詩」で知られ、小津安二郎を敬愛してやまないドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダースが、役所広司を主演に東京で撮影した日本映画。公衆トイレの清掃員、平山の静かな日常を追いながら、人生の豊かさ、切なさ、愛おしさをエモーショナルに描き出す。2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にてワールドプレミアされ、役所広司が男優賞を受賞。脚本はヴィム・ヴェンダースと、プロデュースも兼ねる高崎卓馬。共演は同僚のタカシに柄本時生、アヤにアオイヤマダのほか、新人の中野有紗、田中泯、麻生祐未、石川さゆり、三浦友和などのベテラン勢が集結。2023年・第36回東京国際映画祭オープニング作品にして、同年10月24日~30日に都内特別先行上映。映画企画の発端となった「THE TOKYO TOILET」プロジェクトと渋谷区内17カ所の公共トイレの意匠が世界的に注目された。

 

あらすじ:

東京渋谷の公衆トイレの清掃員、平山は押上の古いアパートで一人暮らしている。その日々はきわめて規則正しく、同じことの繰り返しのようにみえた。けれど男のそれはどこか違っていた。夜が明ける前に近所の老女が掃除する竹ぼうきの音が響く。それが聞こえると男はすっと目をあける。少しのあいだ天井をみつめる。おもむろに起きあがると薄い布団を畳み、歯を磨き、髭を整え、清掃のユニフォームに身をつつむ。植木に水をやるのも忘れない。車のキーと小銭とガラケーの携帯をポケットにしまい部屋を出る。ドアをあけて空を見る。スカイツリーを見ているのか、光を見ているのかはわからない。缶コーヒーを買うと手作りの掃除道具をぎっしり積んだ青い軽に乗って仕事へ向かう。いつもの角でカセットテープを押し込む。カーステレオから流れてくるのはThe Animalsの“The House of Rising Sun”。いくつもの風変わりなトイレを掃除してまわる。その日はひょっとすると声をひとつも出していないかもしれない。掃除を終えると夕方にはアパートに戻る。自転車に乗り換えて銭湯へゆき、いつもの地下の居酒屋でいつものメニューを頼み、そして寝落ちするまで本を読む。そして、また竹ぼうきの音で目をさます。清掃のあいまに見つける木漏れ日が好きだ。古いカメラで木や空を撮影する。そのフィルムを現像してくれる店はいつまであるだろう。同僚のタカシ、いつも公園でみかけるホームレスの男、銭湯で出会う老人が愛おしい。古本屋の女性の的確な書評を聞くのも悪くない。日曜だけ通う居酒屋のママの呟きが気になる。今日はあいにくの雨だ。それでも予定は変えない。そんな彼の日々に思いがけない出来事が起きる。そしてそれは彼の今を小さく揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュドミラ・ウリツカヤの「陽気なお葬式」を読んだ!

 

リュドミラ・ウリツカヤの「陽気なお葬式」(新潮クレスト・ブックス:2016年2月25日発行)を読みました。

 

またまたハイジさんのブログから…。

ウリツカヤ

「陽気なお葬式」

 
自分の死が受け入れられ、
愛で満たされるように。
亡命ロシア人画家アーリクの
最後の贈り物とは――。
 
舞台は1991年夏、猛暑のニューヨーク。亡命ロシア人で画家のアーリクの重病の床に集まる五人の女たちと友人たち。妻として、元恋人として、愛人として、友だちとして、彼らはアーリクとともに歩んだ、喜びと悲しみに満ち、決して平坦ではなかった人生の道のりを追想する。ウォッカを飲み、テレビで報道される祖国のクーデターの様子を見ながら。そして、皆に渡されたアーリクの最後の贈り物が、生きることに疲れた皆の虚無感を埋めていく・・・。不思議な祝祭感と幸福感に包まれる中篇小説。

 

リュドミラ・ウリツカヤ

それは、誰もが直面する漆黒の闇。深い哀しみ、恐怖、絶望、受け入れたくない気持ち。だが生きとし生けるものは皆、死ぬ。けれども死の見送り方は様々だ。心を強く持つか、怖気づくか。精神の尊厳を保てるか、それができずに周囲の人々を余計につらくさせてしまうか・・・。これは自分が死んだ後に絶望の闇が残るのではなく、人々が愛と寛容で満たされるよう、手を尽くした人の物語だ。私はここに証言しよう――この話は本当に起こりえると。

 

「ニューヨーク・タイムズ紙」

才気ある問題作だ。アイザック・シンガーやおそらくサミュエル・ベケットとも響きあっている。・・・「陽気なお葬式」は、生と死、愛と喪失、祖国と亡命についての我々の複雑な思考や感情をひとひねりしたやさしさで捉えた、ひとりの素晴らしい作家の存在を我々に教えてくれた。

 

リュドミラ・ウリツカヤ:

1943年生まれ。モスクワ大学(遺伝学専攻)卒業。「ソーネチカ」で一躍脚光を浴び、フランスのメディシス賞(96年)とイタリアのジュゼッペ・アツェルビ賞(98年)を受賞、2001年には「クコツキイの症例」でロシア・ブッカー賞を受賞した。また「敬具シェーリク拝」でロシア最優秀小説賞(04年)とイタリアのグリンザーネ・カヴール賞(08年)を、「通訳ダニエル・シュタイン」でポリシャヤ・クニーガ賞(07年)とドイツのアレクサンドル・メーニ賞(08年)を受賞。他に、「子供時代」「それぞれの少女時代」「緑の天幕」など。11年、シモーヌ・ド・ボーヴォワール賞を受賞。現在ロシアで最も活躍する人気作家である。近刊に「ヤコブの梯子」がある。

 

奈倉有里:

1982年東京生まれ。関東学院大学講師。専門はロシア詩、現代ロシア文学。訳書にミハイル・シーシキン「手紙」(新潮社)、ボリス・アークニン「トルコ捨駒スパイ事件」(岩波書店)、アンドレイ・シニャーフスキー「ソヴィエト文明の基礎」(みすず書房、共訳)など。

リュドミラ・ウリツカヤの「子供時代」を読んだ!

 

リュドミラ・ウリツカヤの「子供時代」(新潮クレスト・ブックス:2015年6月30日発行)を読みました。

 

またまたハイジさんのブログから…。

ウリツカヤ

「子供時代」

 

中庭のあるアパートに住む

子供たちが出会った奇跡。

祝福された、かけがえのない瞬間に、

静かに心揺さぶれれる6篇の物語。

大人のための絵本

 

ウラジーミル・リュバロフの

恵とともに贈る全6篇。

 

梨木香歩:

旧ソ連の日常のディテールが、足裏のしびれや痛み、しんしんと肩を、肘回りを浸蝕してくる冷たさの実感を伴って迫ってくる。その積み重ねの上に、読者は不意に天上から陽が差してくるような幸福感を主人公の子どもたちとともに体験することになる。脈打つ世界との間に遮るものは何もなく、一方的にやってくる世界の鼓動をそのまま無防備に五感で受け止めざるを得ない子どもの辛さと、新鮮なまま甘受する謙虚さ――それらを支えたのは、スターリン時代の暗い抑圧の中にあっても消し去ることのできなかった、生命の力の、光溢れる強靭さそのものである。

 

リュドミラ・ウリツカヤ:

1943年生まれ。モスクワ大学(遺伝学専攻)卒業。「ソーネチカ」で一躍脚光を浴び、フランスのメディシス賞(96年)とイタリアのジュゼッペ・アツェルビ賞(98年)を受賞、2001年には「クコツキイの症例」でロシア・ブッカー賞を受賞した。また「敬具シェーリク拝」でロシア最優秀小説賞(04年)とイタリアのグリンザーネ・カヴール賞(08年)を、「通訳ダニエル・シュタイン」でポリシャヤ・クニーガ賞(07年)とドイツのアレクサンドル・メーニ賞(08年)を受賞。他に「それぞれの少女時代」「緑の天幕」「女が嘘をつくとき」などがある。11年、シモーヌ・ド・ボーヴォワール賞を受賞。現在ロシアで最も活躍する人気作家である。

 

沼野恭子:

1957年東京生まれ。東京外国語大学教授。著書に「夢のありか――「未来の後」のロシア文学」(作品社)、「ロシア文学の食卓」(日本放送出版協会)等、訳書にウリツカヤ「ソーネチカ」「女が嘘をつくとき」、クルコフ「ペンギンの憂鬱」(以上、新潮社)、アークニン「堕天使殺人事件」「リヴァイアサン号殺人事件」(以上、岩波書店)、ペトルシャフスカヤ「私のいた場所」(河出書房新社)等がある。

芥川賞・直木賞 候補作を発表

朝日新聞:2026年6月11日

「サグラダ・ファミリアが伝えるメッセージ」外尾悦郎さんに聞く!

朝日新聞:2026年6月10日

 

 

 

朝日新聞:2026年6月11日

 

過去の関連記事:

「創造と神秘のサグラダ・ファミリア」を観た!

鳥居徳敏の「よみがえる天才6 ガウディ」を読んだ!

田澤耕の「ガウディ伝 『時代の意志』を読む」を読んだ!
「アントニオ・ガウディ」について

 

手持ちのガウディ関連本

 

「ガウディ伝 『時代の意志』を読む」

中公新書

2011年7月25日発行

著者:田澤耕

発行所:中央公論新社

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「ガウデイの生涯」

昭和54年(1979)10月10日第1刷発行

著者:丹下敏明
発行所:株式会社彰国社

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「アントニオ・ガウディ」 

SD選書197 

昭和60年(1985)12月5日第1刷発行 

著者:鳥居徳敏 

発行所:鹿島出版会

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「現代美術の巨匠 アントニオ・ガウディ」

発行日:1988年5月10日第1刷

著者:イグナシ・デ・ソラ-モラレス
訳者:高橋武智

発行:株式会社美術出版社

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「アントニ・ガウディ」その建築的ヴィジョン

発行日:1995年9月23日発行
執筆:

入江正之(建築家・早稲田大学教授)

瀬木慎一(総合美術研究所所長)

中渡憲彦(北海道職業能力開発短期大学校建築科専任講師)

編集:総合美術研究所

発行:総美社

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「ガウディ建築入門」

とんぼの本

発行:1992年1月20日

著者:赤地経夫、田澤耕

発行所:株式会社新潮社

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伊藤昌亮の「曖昧な弱者の時代」を読んだ!

 

 

SNSで駆り立てられた「正義」や「真の弱者」から向けられた「偽りの弱者」への怒り・・・。多くの人々が「この社会で損をしている」という思いに突き動かされている今、社会の至るところで噴出する「敵意」や「憎悪」から、私たちは何を聞き取り、どう向き合うべきなのか。クリティカルな日本社会論!

 

はじめに
  「弱者叩き」と「弱者争い」
  「曖昧な弱者」が「明白な弱者」に敵意を抱く
  リベラル派への反感――誰が誰を守るのかを誰が決めるのか
  本書の構成
  「高市現象」以後の社会を見守っていくために
第1章 ひろゆき論――「ダメな人」のための「優しいネオリベ」
 若い世代からの支持とリベラル派への反発
 プログラミング思考で権威に切り込む
 ライフハックによる自己改造と社会批判
 「ダメな人」のための「優しいネオリベ」
 リベラル派が嫌われるわけ
 情報強者の立場からのポピュリズム
 差別的な志向と陰謀論的な思考
 おわりに
第2章 山上徹也の閉ざされた政治的世界――残されたツイートの分析から
 調査の概略
 ネトウヨにならざるをえなかったネトウヨ
 ジョーカーの真摯な絶望
 なぜリベラル派を嫌うのか
 ネトウヨになりきれなかったネトウヨ
 権力/反権力/反・反権力
 ネオリベラリズムの内面化
 出口のない迷路の中で
第3章 「石丸現象」とTikTok――若者世代のリアリティに即して
 TikTok動画の内容分析から
 「対決型」の背後の「応援型」の姿勢
 前政治的な領域での自己啓発的な呼びかけ
 ネオリベラリズムの内面化とリベラリズムの額面化
 成長が困難な時代の成長戦略として
 社会的弱者への配慮と福祉政治
 「永遠の若者」にとっての「石丸現象」の意味
第4章 「オールドなもの」への敵意――左右対立から新旧対立へ
 左右対立よりも世代間対立?
 Xの分析から見えてくる真の争点
 マイナ保険証をめぐる動き
 「オールド連合」対「ニューなわれわれ」
 弱者のためのネオリベラリズム
 世代間格差の背後にあるもの
 おわりに
第5章 財務省解体デモの論理と心情――取り残された人々の財政ポピュリズム
 思考実験から陰謀論へ
 「もらえるお金を増やす」のか「取られるお金を減らす」のか
 「小さな政府」ポピュリズムか「大きな政府」ポピュリズムか
 左派の運動か右派の運動か
 「高級」な運動から取り残されてしまった人々
第6章 参政党「真ん中」からの反革命――彼らはなぜ支持されたのか
 「共感調達パート」と「コア主張パート」
 積極財政で「真ん中」を守る「真ん中」が傷んでしまっている時代に
 福祉排外主義と投資排外主義左から入って右に行く
 「空を守る」のか「土を守る」のか
 「尖端的な言語」と「土俗的な言語」
第7章 「曖昧な弱者」とその敵意――社会分断の今日的構造
 高市氏は冷たいのか優しいのか
 誰が弱者なのか
 「曖昧な弱者」の発生
 「曖昧な弱者」が「明白な弱者」に敵意を抱く
 今日の文化戦争の構図
 「明白な弱者」と「曖昧な弱者」のどちらを大事にするか
 出口のない分断から出口のある分断へ
 おわりに

主要参考文献
おわりに

 

伊藤昌亮(いとう・まさあき):
1961年生まれ.東京外国語大学外国語学部卒業,東京大学大学院学際情報学府博士課程修了.日本IBM株式会社,ソフトバンク株式会社勤務,愛知淑徳大学現代社会学部・メディアプロデュース学部准教授,ドイツ・エアランゲン大学日本学講座客員研究員などを経て
現在―成蹊大学文学部現代社会学科教授
著書―『炎上社会を考える』(中公新書ラクレ),『ネット右派の歴史社会学』(青弓社),『デモのメディア論』(筑摩書房),『フラッシュモブズ』(NTT出版)など

吉田修一原作、李相日監督の「国宝」を観た!

 

吉田修一原作、李相日監督の「国宝」を、アマゾンプライムビデオで観ました。

 

以下、KINENOTEによる。

 

解説:

歌舞伎の世界を舞台にした吉田修一の同名小説を李相日が映画化、「悪人」「怒り」に続いて三度目のタッグを組んで贈る、壮絶な人間ドラマ。ヤクザ同士の抗争で父を亡くした喜久雄は、上方歌舞伎の名門・花井半二郎に引き取られる。そこで、将来を約束された半二郎の実子・俊介と出会い、互いにライバルとして芸に青春を捧げていく。血筋と才能、歓喜と絶望、信頼と裏切りのはざまで、人生をもがき苦しみながら歩んだ男が掴んだものとは……。出演は「ぼくが生きてる、ふたつの世界」の吉沢亮、「正体」の横浜流星、「ザ・クリエイター/創造者」の渡辺謙。

 

あらすじ:

後に国の宝となる男は、任侠の一門に生まれた。抗争で父を亡くした喜久雄(吉沢亮)は、上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎(渡辺謙)に引き取られ、歌舞伎の世界へ飛び込む。そこで、半二郎の実の息子として、生まれながらに将来を約束された御曹司・俊介(横浜流星)と出会う。正反対の血筋を受け継ぎ、生い立ちも才能も異なる2人は、ライバルとして互いに高め合い、芸に青春を捧げるが、多くの出会いと別れが運命の歯車を狂わせていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇都宮美術館で「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち」を観た!その3

「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち」
チラシ

 

「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち」
案内板

 

宇都宮美術館で「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち」を観てきました。

 

展覧会の構成は、以下の通りです。

 

第1章 印象派前

第2章 バルビゾン派

第3章 印象派

第4章 ポスト印象派

第5章 点描派

第6章 20世紀の色彩画家

 

第5章 点描派

 

ジョルジュ・スーラ「人物のいるバルビゾンの風景」1882年頃

 

ポール・シニャック「コンカルノーの波止場」1933年

 

アルベール・デュボア=ピエ「レセップ河岸、ルーアン」1887年頃

 

アシール・ロージェ「川辺の散歩道」1999年

 

テオ・ファン・レイセルベルヘ「グり=ネ岬、あるいは夏の霧」
1900年

 

アンリ・ル・シダネル
「ヴェルサイユの薔薇のある家」1918年>

 

第6章 20世紀の色彩画家

 

アンリ・マティス「コルシカ、古い製紛所1898年

 

エドゥアール・ヴュイヤール
「クリクブッフの”エタンセルの庭園”の干し草」1902年

 

キース・ヴァン・ドンゲン
「フルーリーの家」1905年

 

モーリス・ド・ヴァラマンク「シャトウの橋」1908年

 

ピエール・ボナール「ボートにて、ヴェルノン」1912年

 

モーリス・ドニ「ピンク色の教会、ティヨロワ」1921年

 

モーリス・ユトリロ
「サーカス、或いはヴォ―ジラールの祭り」1927年

 

展覧会図録

「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち」

ヴァルラフ=リヒャルツ美術館所蔵

編集:

宇都宮美術館

あべのハルカス美術館

名古屋市美術館

クオラス

制作・発行:

クオラス

2026

 

朝日新聞:2026年6月2日

 

 

 

 

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