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陳凱歌監督の「さらば、わが愛 覇王別姫」を観た!

 

陳凱歌監督の「さらば、わが愛 覇王別姫」を、アマゾンプライムビデオで観ました。

 

以下、KINENOTEによる・

 

解説:

京劇の古典『覇王別姫』を演じる2人の役者の愛憎を、50年に及ぶ中国の激動の時代を背景に描いた一編。香港の女流作家・脚本家、李碧華の小説(81年のTVドラマ用脚本を改稿したもの)を、「人生は琴の弦のように」の陳凱歌が映画化。脚本は原作者と葦。製作は「侠女」ほか胡金銓(キン・フー)作品への出演で知られる徐楓と湯君年、撮影は「子供たちの王様」以来、監督とは3作目の顧長衛。音楽は「秋菊の物語」の趙季平。主演は「欲望の翼」の張國榮、「秋菊の物語」の鞏俐、張豊毅。2023年7月28日より4Kバージョンが劇場公開される。

 

あらすじ:

1925年、北京。娼婦の母親に連れられ、孤児や貧民の子供たちが集まる京劇の養成所に入った9歳の少年・小豆子。新入りの小豆子は他の子供たちからいじめられたが、彼を弟のようにかばったのは小石頭だけだった。2人は成長し、女性的な小豆子は女役に、男性的な小石頭は男役に決められる。小豆子は「女になれ」と老師爺(黄斐)に躾られ、数え切れないほど殴られた。彼らは演技に磨きをかけ、小石頭は段小(張豊毅)、小豆子は程蝶衣(張國栄)と芸名を改め、京劇『覇王別姫』のコンビとして人気を博す。段小はある日、しつこい客に絡まれていた娼婦の菊仙(鞏俐)を助けたことをきっかけに、彼女と結婚する。少年時代より小にほのかな恋情を覚えていた蝶衣は2度と共演はしないと捨てゼリフを吐いて去る。その日北京は日本軍に占領された。ある日小は楽屋で騒動を起こし連行されてしまう。菊仙は日本側に取り入ってもらえるのだったら小と別れてもいいと蝶衣に告げるが、彼の協力で釈放された小は日本のイヌと彼を罵り菊仙を連れて去る。深く傷ついた蝶衣はアヘンに溺れる。そんなことがありながらも2人は和解へと進む。その後老師爺はこの世を去り、日本軍の敗退で抗日戦争は終わる。49年、共産党政権樹立。蝶衣と小は再び舞台に立つが、京劇は新しい革命思想に沿うよう変革を求められていた。変革に懐疑的な蝶衣は小四に批判され、そればかりか彼に『覇王別姫』の虞姫役を奪われてしまう。ショックを受けた蝶衣は芝居をやめてしまう。66年、文化大革命。共産党の厳しい政治的圧力を受け、小は蝶衣の過去の罪を摘発せよと強制される。小はそれに屈するが、同時に彼も激しく批判され、娼婦だった菊仙など愛していないと言ってしまう。彼の言葉を聞いた菊仙は自殺してしまう。77年、蝶衣と小は無人の体育館におもむき、11年ぶりに2人だけで最後の『覇王別姫』を演じる。舞い終わった時、蝶衣は自らの命を断った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芥川賞候補作、村田侑の「ソリティおじさんがいた頃」を読んだ!

 

芥川賞候補作、村田侑の「ソリティおじさんがいた頃」を読みました。

 

「ソリティおじさんさんがいた頃」は、以下のように始まります。

 

ソリティアおじさんがいた頃のことを久しぶりに思い出した。今朝になって、みんな急に彼のことを話しはじめたのだ。はじめのうちは、退職しはってから今朝までだれも一言もなかったのに、と、ちょっとふしぎに思っていた。定年にならはったんは、えーと、おととしか。そっか、もうそんなんなるか、なつかしい、としか思っていなかった。

朝、社員通用門の白味噌色の鉄扉を、かすれた三山味噌株式会社の文字をさけて、黒いニットの手袋でよいしょと押した。はあー。白いため息が長々と出て、淡く膨らんで、すぐ消えた。扉がちょっと重いのもあるけど、心持がなんとなしに白っぽくもやつく感じだった。思えば、ここのところいつもそうか。同居人の野郎のことを考えながら出勤して、朝から変に疲れるのが最近の定番だ。ほんま腹立つ。いつからこんななったんやろ、と、きのうも、おとといも、その前も思ったのだった。たぶん、あしたも来週も思うんだろう。今朝も思った。あかん、切り替えよう、と今朝もそう思った。

 

そして終わりはこうです。

さて、と、墨色の瓦ぶきの庇に載っている看板を見上げる。骨董品みたいな大豆色の大きな木の板に古ぼけた漆塗りの文字で、右から左に、三山味噌。中学生の琴美さんの感想もよくわかる。ここでこの先もずっと働くなんて、どうしてこうなったのか、おもしろすぎる。あかん、ひたっとる場合ちゃう。ゆーこさんを待たせてしまっている。癖でごみが落ちていないかと地面に目を落とすと、意図せず会釈する感じになってしまう。足を進めて引き戸をがらがら開く。ただいま、ここが職場。

 

実は、「ソリティおじさんのいた頃」は、第131回文学界新人賞を受賞している作品です。

五選考委員はどなたも好意的な選評ですが、その中から三人の選評を以下に載せておきます。

 

青山七恵:

「ソレティアおじさんがいあ頃」。元同僚の訃報に触れた味噌屋勤務の女性の数日間を描く。亡くなった「ソリティアおじさん」のことを彼女はろくに知らない。作中でただただ「ソリティアおじさん」ないし「ソリティアおじさん」がいた頃の自分自身への感慨が、ぽこぽこ浮き上がっていくのみである。主人公は終始この感慨の浅瀬に留まり、それ以上の深い思索へ足を踏み入れようとはしない。それなのにいつのまにか、そこに感慨を超えた何か――「義理」や「人情」がマナー化する以前の、人間同士のもっとも素朴な「義理」「人情」のありかた――が生まれているように感じられるのが、この作品のすごいところだ。文章はふんわり脱力しているように見えて、ふいに読み手の胸を突く言葉があちこちに散らばっている。加えて作中には空行が一行もない。

 

金原ひとみ:

「ソレティアおじさんがいた頃」

主人公は味噌の製造会社の店舗に勤める古井瀬。半ヒモの彼氏と同棲している。ある日出勤すると、数年前に定年退職したソリティアおじさんが亡くなったことを知らされ、なぜか流れで通夜に行くことになってしまう。

静かで、穏やかな小説だった、安定感が半端なく、新人賞の選考の時にはあまりないことだけれど、序盤からすっかり物語に身を委ねることができた。登場人物が多いがそれぞれにリアリティがあり、少し気が弱く流されやすそうな主人公も「いるいる」感がある。悲劇にも喜劇にも転ばない、気の抜けたユーモアとともに進んでいく、あまりにもバランスの取れた物語。

「同じ会社に勤めていた人が死んで、通夜に行って、風邪をひく話」と言えばそれだけなのに、ずっと静かに面白くて、読後感も良い。・・・新人賞受賞作がここまでできすぎていいのかという思いさえ抱く良作だ。

 

阿部和重:

受賞作「ソリティアおじさんがいた頃」もまた過去を語ることの不可能性に焦点をあてた作品だが、こちらはきわめて周到である。作中に説明はないものの「ソリティアおじさん」とはかつて流行ったネットスラグで窓際族を指す。そんな渾名をつけられた元社員の死の噂からはじまる本作は、語り手をつとめる主人公の五日間の意識の流れを追い、その間に彼女が経験した二種類のわかれを描きだす――それは同時に「ソリティアおじさん」なる記号に肉付けがなされ、噂から公表情報、個人的な思い出、遺族との対話といった具合に、個人の実像へと語り手が徐々に近づく過程でもある。通夜に参列した翌日に風邪をひき欠勤した主人公はみずからもゲームで遊び「ソリティアおじさん」を真似てみるが、「やってみてわかったこと。そんなずっとは続けられない。ある意味ソリティアおじさんはすごい。それ以外のことは、けっきょく何もわからない」との認識をえて、最終的には怠惰にすごす無職の彼氏との別離を決意する。こうした経緯を作者はじつに丁寧に組み立てている。人物造形や関係性の構築、細部の連携もさることながら、作品世界の隅々まで見とおすようにして主人公にあれこれ面白おかしく語らせる説話術がなにより見事だ。

 

ここまで三人の選評を並べてみると、村司侑の「ソリティアおじさんがいた頃」は圧倒的な評価であり、文学界新人賞は当然です。

で、今回の芥川賞への評価は、候補作のなかでも、多くを読んだわけではありませんが、おおむね変わりがありません。文学界新人賞から芥川賞への道筋が、よくある道筋でもあります。本作品の芥川賞受賞を願ってやみません。

 

「ソリティアおじさんがいた頃」は、6頁から53頁までの作品です。

 

村司侑(むらしゆう):

1979年生まれ。九州大学文学部卒業。京都府在住。

倉方俊輔の「建築を旅する 歴史と地域を楽しむ「建築ツーリズム」のすすめ」を読んだ!その2

 

せんだいメディアテーク

 

つくばセンタービル

 

横須賀美術館

 

金沢21世紀美術館

 

国立京都国際会館

 

丸亀市猪俣弦一郎現代美術館

 

大分県立美術館

 

倉方俊輔の「建築を旅する 歴史と地域を楽しむ「建築ツーリズム」のすすめ」を読んだ!

 

倉方俊輔の「建築を旅する 歴史と地域を楽しむ「建築ツーリズム」のすすめ」(イカロス出版:2026年4月15日初版第1刷発行)を読みました。

 

これから建築趣味

を楽しみたい人のために、

幕末から現代まで、

一度は訪れたい名建築を

全国から集めました。

やさしい解説で難しい尊問知識は不要、

初心者でも安心のガイドブックです。

 

倉方俊輔:

1971年東京都生まれ。1994年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1996年同大学院修了。博士(工学)。大阪市立大学准教授などを経て、2023年から大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本近現代の建築史と並行して、日本最大級の建築イベント「東京建築祭」の実行委員長、「イケフェス大阪」「京都モダン建築祭」の実行委員を務めるなど、建築の価値を社会に広く伝える活動を行っている。著書に「京都 近現代建築ものがたり」(平凡社新書)、「郷戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ」「東京モダン建築さんぽ」「東京レトロ建築さんぽ」(以上エクスナレッジ)、「吉阪隆正とル・コルュエ」(王国社)ほか。日本建築学会賞(業績)、日本建築学会教育賞(教育貢献)、グッドデザイン賞グッドデザイン・ベスト100など受賞。Peatix「倉方俊輔オンライン」で海外旅行が深まる建築レクチャーなどを展開中。

 

以下、60の掲載作品のなかから、その一部を・・・。

 

岩手銀行赤レンガ館

 

山形市郷土館(旧済生館本館)

 

とちぎ明治の森記念館(旧青木邸那須別邸)

 

旧開智学校校舎

 

六華苑(旧諸戸清六邸)

 

ヨドコウ迎賓館

日本二十六聖人記念館 聖フィリッポ教会

 

芥川賞候補作、鈴木涼美の「悪い血」を読んだ!

 

芥川賞候補作、鈴木涼美の「悪い血」を読みました。

 

私はこの幸福とも不幸ともつかない人生をそっとしておきたい。

血液を奪還するため、私は歩きだす――

 

鈴木涼美の「悪い血」は以下のように始まります。

 

日陰と日向の境目が不自然に揺れるので上を見上げると、外装塗装工事の最中らしい建物を養生用のビニールが覆い、その一部が剝がれて少し白っぽい晴天の手前で揺れている。血の抜かれた左肘の内側に痛みはなく、そこに貼られた止血用絆創膏の糊がわずかに痒いだけだ。

数十分前、私はくすんだ赤地で織られた布製の椅子に座り、携帯画面と手元のファイルにある番号を交互に睨んでいた。ようやく順番がきて立ち上がり、人気女優の不倫の後追い記事が表示された画面を暗くして、番号を叫んだだけですぐに引っ込んだ助産師の後ろで扉が閉まりきる前に急ぎ足で部屋の中に入った。小さな処置室を想像していたが、実際は机でつくった島がいくつもある大きな部屋で、入って正面のリクライニング機能のついたいくつかの椅子には、今にもはち切れそうな妊婦が二人並んで座らせられ、身体に奇妙な器具を取り付けられていた。

 

そして終わりはこうである。

流れていなければ、血液をどうするか、あるいは育っていく命をどうするのか、また夜になったら考えて、万が一無事に生まれた後に何かしらの不幸でそれを失う想像もすればいい。それは今、白から青に変わった空の下ではどれも現実味がなく、じっくり考える気にもならない。だから夜になって男が寝静まった後にまた考えればいい。ただ、罪も不安も手放さないでいいといった麻子と連絡を取り合えるのであれば、わざわざ地下に降りて自分の怯えの因を数えるように歩く必要があるのかどうかはわからない。流れていたらどちらでもいいけど、流れていなければ次からはこのサンダルを避けようとは思った。でもそれは朝の空気の中でそう思うだけで、私は結局肌が削れる痛みがあっても、夜にはこの靴を選ぶのかもしれない。どちらにせよ、夜はまたくる。

 

54頁から107ページまでの、長い作品である。

書かれている内容が、芥川賞にはふさわしくないように思われた。

 

鈴木涼美:

社会学者・作家。83年生まれ。

「典雅な調べに色は娘」(河出書房新社)

森本あんり、渡辺靖の「キリスト教ナショナリズム 不穏なアメリカの変貌」を読んだ!

 

森本あんり、渡辺靖の「キリスト教ナショナリズム 不穏なアメリカの変貌」(朝日新書:2026年5月30日第1刷発行)を読みました。

 

信仰が政治を吞み込んでゆく――

米国の地殻変動に迫る圧巻の対論!

アメリカで進む「宗教化した政治」とは何か。

イスラエルとの知られざる接点、

テック・リバタリアンとの奇妙な結びつき、

移民・女性・若者をも巻き込む予想外の広がり。

そして、他教徒までもが支持するという驚くべき実態・・・。

宗教・歴史・政治が多層的に絡み合う内奥を、

神学と現代米国学の第一人者二人が精緻に読み解く!

 

目次

はじめに

第一章 キリスト教ナショナリズムとは何か

第二章 過激化するキリスト教ナショナリズム

第三章 世俗化する信仰とZ世代

第四章 リバタリアンとの共通点

第五章 イスラエルとの関係

第六章 リベラリズムという容れ物

     ――民主主義の危機と再生

おわりに

 

森本あんり:

1956年生まれ。国際基督教大学名誉教授。2022年より26年まで東京女子大学学長。専攻は神学、宗教学、アメリカ研究。「ジョナサン・エドワーズ研究」で第1回アメリカ学会清水博賞受賞。おもな著書に「反知性主義」「魂の教育」など。

 

渡辺靖:

1967年生まれ。慶應義塾大学SFC教授。専門は現代米国論、パブリック・ディプロマシー論。2025年、アメリカ芸術科学アカデミー会員(国際名誉会員)に選出。おもな著書に「リバタニアニズム」「白人ナショナリズム」など。

松本清張原作「点と線」を観た!

 

松本清張原作「点と線」を、NHKBSで観ました。

 

BS102 2026年6月8日(月)13:00

シネマ「点と線」

 

以下、KINENOTEによる。

 

解説:

ベストセラーとなった松本清張の同名小説の映画化で、「太閤記」の井手雅人が脚色、「月光仮面(1958)」の小林恒夫が監督した推理映画。撮影は「地獄の午前二時」の藤井静。「波止場がらす」の新人南廣に、山形勲・高峰三枝子・志村喬らのベテランが顔を揃える。

 

あらすじ:

冬の博多郊外、香椎湾の海岸の黒い岩の上に、男女の死体が並んでいた。検証の結果、合意の上の心中死体と断言された。男は〇〇省の課長補佐・佐山、女は東京赤坂の料亭小雪の女中・お時と判った。佐山の遺留品の中に、列車食堂の受取証があった。御一人様と書かれてある。老練の鳥飼刑事はそれに疑問を持った。男女は同じ汽車で来たのではないのか。博多の旅館を洗うと、佐山は一月十四日あさかぜ号で東京を発ち、東中洲の丹波屋に泊り、二十八日の夜、女性からの電話で宿を出、そのまま香椎海岸へ向ったらしいのだ。「小雪」の女中・八重子は東京駅で出発する二人を見かけたといった。一カ月後、警視庁捜査二課の三原刑事は福岡署へ向った。心中が汚職事件に関係あるとにらんだのだ。鳥飼の案内で現場を調べる。鳥飼は一人で調べた結果を話した。事件直前、二人を見かけたものがいる。しかし、女の方がお時らしくなかったことなどを--。が、確証はなかった。三原は帰京した。東京駅で、八重子の証言を思いだした。彼女はなぜこの頻繁な列車発着の中で、ホームをへだてた佐山・お時を見ることができたのか。助役室で、ダイヤグラムを調べ、一日に一回、あさかぜ発車の直前に四分間だけ十三番ホームから十五番ホームを見わたせることを知った。三原は八重子から、安田という男に佐山たちの姿を教えられたことを聞きだす。安田は○○省出入りの機械商人だ。○○省の石田部長と親しいらしい。彼に会うと、あの日は鎌倉で静養している妻に会うため東京駅へ行ったといった。心中事件当日は、北海道に出張していたともいう。三原は安田の妻・亮子を鎌倉に訪ねた。一冊の汽車の時刻表が枕元にあった。彼女の随筆に、彼女が時刻表に日ごろ親しむことが書いてあった。安田は証言どおり、事件当日、北海道で河西という男にあっていた。飛行機を使ったのか。青函連絡船の乗客名簿に、彼の自筆の署名が残っていた。しかし、ちょうど彼と同じ頃、汚職の中心・石田部長が部下の佐々木を連れ、北海道へ出張していたことが判った。名簿には佐々木の名がない。三原は佐々木を問いただし、安田のアリバイを割った。--やはり、飛行機を使っていた。アリバイ作成には石田、佐々木らが協力していた。彼らは汚職の鍵をにぎる佐山を殺す必要があった。安田はそれを請負った。亮子は心中事件を計画した。亮子は夫の女、お時を憎んでいたのだ。目撃者づくりやアリバイはみんな彼女が立案した。海岸で、別別に亮子は佐山を、安田はお時を殺し、死体を並べて置いたのだ。--安田は破局を知り、囲い女を連れて逃げる寸前、亮子に毒殺される。三原たちが駈けつけたとき亮子も毒を飲んで、そばに倒れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュドミラ・ウリツカヤの「ソーネチカ」を読んだ!

 

リュドミラ・ウリツカヤの「ソーネチカ」(新潮クレスト・ブックス:2002年12月20日発行、2009年8月20日8刷)を読みました。

 

またまたハイジさんのブログから…。

ウリツカヤ

「ソーネチカ」

なんという悲しみ、なんという幸福感
人間を祝福する上で、これ以上正しいやり方があるだろうか。
――柴田元幸氏推薦
 
神の恩寵に包まれた女性の、
静謐な一生の物語。
本の虫で容貌のぱっとしないソーネチカ。
最愛の夫の秘密を知って彼女は・・・。
現代ロシアの人気女流作家による珠玉の中篇。
モスクワ大学(遺伝子)
柴田元幸:
この小説の主人公は不思議な人である。見るからに幸せそうなときに「なんて幸せなんだろうと考えるのはともかく、親しい人に裏切られ、失望させられて、たいていの人間なら激怒し絶望しそうなときでも、何か悦ぶべきことを見つけて、やはり「なんて幸せなんだろう」と考えている。そんな彼女に、作者は無垢ゆえの神々しさを見ているのだろうか。たぶんそうではあるまい。とにかくそういう人が作者の頭から生まれてしまったのであり、そうやって生まれた人を作者はただそういう人として描いた。人間を祝福する上で、これ以上正しいやり方があるだろうか。
 
「クニージヌィ・クルーブ」紙:
ヒロインの献身的な姿を、リュドミラ・ウリツカヤのように、感傷に陥らず、これはど感情こまやかにきちんと描ける現代作家はまずいないのではないか。ソーネチカは、最後の最後まで人間らしい。(・・・)読者の心に、めったにないような明るく澄んだ感情を呼びさますにちがいない。
 
ガーディアン紙:
ソヴィエト政権下での「女の一生」を描いたこの物語は、日常生活における普通の完成や肉体的な歓びをとりあげることで、かつてソヴィエト文學が称揚していたあらゆる価値観に対するすぐれた異議申し立てとなっている。
 
リュドミラ・ウリツカヤ:
1943年生まれ。モスクワ大学(遺伝子学専攻)卒業。「ソーネチカ」で一躍脚光を浴び、96年、フランスのメディシス賞及びイタリアのジュぜっぺ・アツェルビ賞を受賞。2001年「クコツキーの事例」でロシア・ブッカー賞を受賞。ロシアでは、ポストモダンの小説がもてはやされる一方で、ウリツカヤのような伝統的ともいえる力強いリアリズム小説の評判は高く、多くの読者を獲得している。フランス、ドイツでも作品が出版される、今ロシアで最も活躍する人気作家の一人である。

リュドミラ・ウリツカヤの「女が嘘をつくとき」を読んだ!

 

リュドミラ・ウリツカヤの「女が嘘をつくとき」(新潮クレスト・ブックス:2012年5月30日発行)を読みました。

 

またまたハイジさんのブログから…。

ウリツカヤ

「女が嘘をつくとき」

女たちの他愛ない嘘は、
不幸を乗り越えて生きる術だとしたら。
夏の別荘で波乱万丈の生い立ちを語るアイリーン。
ところがその話はほとんど嘘で・・・。
仕事も子育ても恋愛も全力投球のジェーニャの人生と、
女たちが語る「嘘の話」。生きることを愛しむ、六つの物語。
 
中島京子:
二度の結婚を経験し、子どもも夫も仕事も友人も持つ、教養のある女性ジェーニャが、人生のいくつかの場面で聞かされた、女たちの嘘の数々。虚栄心や策略に満ちた男の嘘と違って、女の嘘は脈略なく、ふいに、作為もなくつかれる。それぞれに原因だけはあるらしい。しばしばそれらは謎めいているけれど、謎めいた嘘なしの人生なんて退屈なものに、果たして人は耐えられるだろうか。女たちが口にする罪のない嘘は、彼女たち自身を救う物語でもある。たとえそれがひとときのまやかしであっても。たとえば一篇の小説のように。
 
エレーナ・シュービナ(「AST」編集者)
出会うことと出会わないこと、惹かれることと反発すること、人生のまたとない機会・・・。「女が嘘をつくとき(原題は「貫く線」)に収められているのは、「嘘」というより「思いつき」というテーマでくくられた物語である。思春期の女の子も、家族を支える母も、年老いた文学の教授も、ここに出てくる女たちは自分自身の人生を好きなように作り上げ、そうすることでありふれた日常から抜け出す。それも、より面白いからと言うだけの理由で。
 
リュドミラ・ウリツカヤ:
1943年生まれ。モスクワ大学(遺伝子学専攻)卒業。「ソーネチカ」で一躍脚光を浴び、96年、フランスのメディシス賞とイタリアのジュぜっぺ・アツェル賞を受賞、01年には「クコツキー家の人びと」でロシア・ブッカー賞を受賞した。また「敬具ダニエル・シュタイン」でポリシャヤ・クニーガ賞(07年)とドイツのアレクサンドル・メーニ賞(08年)を受賞。他に「それぞれの少女時代」「緑の天幕」などがある。11年、シモーヌ・ド・ボーボワール賞を受賞。現在ロシアで最も活躍する人気作家である。
 
沼野恭子:
1957年東京生まれ。東京外国語大学教授。著書に「夢のありか――「未来の後」のロシア文学」(作品社)、「ロシア文学の食卓」(日本放送出版協会)等、訳書にウリツカヤ「ソーネチカ」、クルコフ「ペンギンの憂鬱」(ともに新潮社)、アークニン「リヴァイアサン号殺人事件」(岩波書店)等。

東京都水道局長沢浄水場(川崎市)

「建モノがたり」

東京都水道局長沢浄水場(川崎市)

 

朝日新聞:2026年6月16日

 

以下は、過去に「長沢浄水場」について書いた記事です。

「生田丘陵歩き」

僕個人としては、山田守が設計した「長沢浄水場」の横を通ったことにより、長沢浄水場のある場所が分かったこと、そして遠くからですが、その建築の雰囲気を味わえたことが大きな収穫でした。山田守は晩年、「日本武道館」と「京都タワー」を設計したことで、建築界から非難を浴びせられましたが、元々は近代建築の推進派の一人でした。

 

「川崎市長沢浄水場」ウイキペディアによる

長沢浄水場は、日本の神奈川県川崎市多摩区にある、東京都水道局の浄水場で、世田谷区や目黒区、大田区など約50万人分の水を処理・供給している。敷地は約5万平方メートル。正式部署名は「東京都水道局東村山浄水管理事務所長沢浄水場」である。隣接して川崎市上下水道局長沢浄水場がある。 浄水場の本館は日本の建築家である山田守の意匠である。巨大なキノコのような形の柱と、直線や曲線の手すりを組み合わせた光景が110メートルにもわたって連なる直線通路があり、「水の宮殿」という愛称もある。柱(急速濾過塔)は「マッシュルームコラム」という建築様式で、わきあがる水を連想させる。デザインの評価も高く、DOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築にも選ばれている。

 

丘陵歩きの歩いたコース

 

広大な「長沢浄水場」

 

「長沢浄水場」の給水塔

 

「長沢浄水場」別角度から

 

「ウィキペディア」から「長沢浄水場」の画像を2枚。

 

マッシュルームの柱頭が特徴

 

 

 

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