チョ・ナムジュの「私たちが記したもの」を読んだ! | とんとん・にっき

チョ・ナムジュの「私たちが記したもの」を読んだ!

 

チョ・ナムジュの「私たちが記したもの」(筑摩書房:2023年2月27日初版第1刷発行)を読みました。

 

「82年生まれ、キム・ジヨン」で世界を

揺るがした著者が、女性たちの

直面する「今」を描く。

 

「キム・ジヨン」の多大な反響と毀誉褒貶、著者自身の体験を一部素材にしたような衝撃の短編「誤記」ほか、10代の初恋、子育て世代の悩み、80歳前後の姉妹の老境まで、全世代を応援する短編集。

 

僕がこれはと思った作品は、「梅の木の下」と「オーロラの夜」でした。この2作品は、金美賢の解説でも詳細に取り上げられています。ここではその要旨を以下に抜き出してみました。

 

この二編は、女性の名前探しというテーマとの関わりがある。

「オーロラの夜」では、姑と嫁という家族関係ではなく独立した一個人としての女性たちのシスターフッドな関係が話の中心になり、「梅の木の下」では「マルニョ(末女)」という男児選好思想的な名前ではなく、「銅柱(ドンジュ)」と改名した名前を通じて「金柱(クムジュ)」「銀柱(ウンジュ)」という名前の姉たちと繋がれるアイデンティティを取り戻そうとする話が中心となっている。しかし、これらの作品でさらに描かれているのは、二十代の青春時代、三十、四十代の中年時代を通り過ぎた五十代以上の老後の人生でも、女性固有の人生は依然として続いているという小説のテーマである。このような作品を読む時、もう若くない受精たちの人生を人間の人生、あるいはフェミニズム、と読むこともできるだろう。しかし、それでもやはり「女性」の恒例の人生を中心に、女性のアイデンティティについて考察していると読んだほうが、彼女たちが苦労して取り戻した名前に値するだろうと思う。

まず、「オーロラの夜」の「私」は、五十七歳で、高校の教頭先生だ。十年前に夫が交通事故で亡くなり、今は姑と二人で暮らしている。勤め人である娘とは、孫の育児を断ったせいでぎくしゃくしているが、オーロラを見に行くという長年の夢を叶えるために姑とカナダ旅行に出かける。この旅行をきっかけに、いわゆる「未亡人」である姑と嫁の家族関係が再構築される。「私はおかあさんに親孝行を尽くす気などまるでない。同居人、ハウスメイト、事実上の人生の最後のパートナーでしかないのだ。これ以上、知らない誰かと生活習慣や態度や好みや性格などを擦り合わせ、理解し合い、譲り合う余力などなくなった今、私に残された家族がおかあさんでよかったと心から思っている」。このような考えにたどり着くきっかけとなった二人だけの旅行で、より積極的に行動し、新しい姿をよりたくさん見せてくれたのは姑のほうだ。厳しい寒さにも負けず、初めて会う外国人ともたどたどしい英語で積極的にコミュニケーションを図る。「私」よりもずっと伝統的な家父長制のもとで犠牲的な人生を送ってきた姑。そんな彼女が見せる変化が、大きく迫ってくる。それは、姑の「もうあたしはチョンチョルの母親じゃないし、あんたもチョンチョルの妻じゃないから」という言葉からも確認できる。

「梅の木の下」もまた、八十歳の「私」が、認知症の患者で最後を迎えようとしている上の姉を見守りつつ、自らの人生を振り返っている小説だ。夫と息子に先立たれた妻、母親として自分の人生と、家庭のために献身した上の姉の人生、そしてがん闘病中に穏やかに死を迎えた下の姉の人生が一緒に呼び覚まされる。それから老人ホームの庭にある「追いやられ、押しのけられ、どこでもいいからと身を寄せた、年寄りの旅人のよう」な梅の木に、彼女たちの人生が重なる。花も葉っぱもない冬の梅の木を見て人生の無意味さと虚しさを思い浮かべるのは、あまりにも自然な成り行きだ。著者はこうした場面を描くことで、新たな生き方を見つけることができず無用な存在になってしまった女性の老後が、果たしてどのような評価と慰めを受けるべきかと問いかけている。

 

目次 

梅の木の下 

誤記 

家出 

ミス・キムは知っている 

オーロラの夜 

女の子は大きくなって 

初恋2020 

訳者著者あとがき 

解説 針を動かす時間、    増殖するハーストーリー  金美賢 

訳者あとがき 

 

著者 チョ・ナムジュ: 

1978年ソウル生まれ、梨花女子大学社会学科を卒業。 放送作家を経て、長編小説「耳をすませば」で文学トンネ小説賞に入賞して文壇デビュー。2016年「コマネチのために」でファンサンボル青年文学賞受賞。「82年生まれ、キム・ジョン」で第41回今日の作家賞を受賞(2017年8月)。大ベストセラーとなる。2018年「彼女の名前は」、2019年「サハマンション」、2020年「ミカンの味」、2021年「私たちが記したもの」、2022年「ソヨンドン物語」刊行。邦訳は、「82年生まれ、キム・ジヨン」(斎藤真理子訳、ちくま文庫)、「彼女の名前は」(小山内園子、すんみ訳)、「サハマンション」(斎藤真理子訳)いずれも筑摩書房刊、「ミカンの味」(矢島暁子訳、朝日新聞出版)。 

 

訳者 小山内園子:

東北大学教育学部卒業。 NHK報道局ディレクターを経て、延世大学などで韓国語を学ぶ。 訳書に、「四隣人の食卓」(ク・ビョンセ、書肆侃侃房)、「女の答えはピッチのある――女子サッカーが私に教えてくれた教えてくれたこと」 (キム・ホンビ、白水社)、「ペイント」(イ・ヒヨン、イースト・プレス)、「別の人」(カン・ファギル、エトセトラブックス)、「大丈夫な人」(カン・ファギル、白水社)、すんみとの共訳書に、「彼女の名前は」(チョ・ナムジュ、筑摩書房)などがある。 

 

訳者 すんみ: 

早稲田大学文化構想学部卒業、同大学院文学研究科修士課程修了。 訳書に、「あまりにも真昼な恋愛」(キム・グミ、晶文社)、「屋上で会いましょう」「地球でハナだけ」(チョン・セラン、亜紀書房)、「女の子だから、男の子だからをなくす本」(ユン・ウンジュ他、エトセトラブックス)、「5番レーン」(ウン・ソホル他、鈴木出版)、小山内園子との共訳書に、「私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない」(イ・ミンギョン、タバブックス)などがある。

 

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「韓国文学の中心にあるもの」

2022年7月16日初版第1刷発行

著者:斎藤真理子

発行所:イースト・プレス