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東京都美術館で「アンドリュー・ワイエス展」を観た!

「アンどりゅ^・ワイエス展」チラシ

 

「アンドリュー・ワイエス展」案内板

 

東京都美術館で「アンドリュー・ワイエス展」を観てきました。

 

20世紀アメリカ具象絵画を代表する画家アンドリュー・ワイエス(1917-2009)。第二次世界大戦後に脚光を浴びたアメリカ抽象表現主義、ネオ・ダダ、ポップアートといった動向から距離を置き、ひたすら自分の身近な人々と風景を描き続けました。その作品は眼前にある情景の単なる再現描写にとどまるものではなく、作家自身の精神世界が反映されたものとなっています。彼の作品には、窓やドアなど、ある種の境界を示すモティーフが数多く描かれます。境界は、西洋絵画史のなかで古くから取り上げられてきたテーマですが、ワイエスにとってはより私的な世界との繋がり、あるいは境目として機能しています。本展は、その境界の表現に着目して、ワイエスが描いた世界を見ていこうとするものです。

 

展覧会の構成は、以下の通りです。

 

Ⅰ ワイエスという画家

Ⅱ 光と陰

Ⅲ ニューイングランドの家

Ⅳ まなざしのひろがり

Ⅴ 境界あるいは窓

 

Ⅰ ワイエスという画家

 

「自画像」1945年

 

「ホーク・マウンテン」1961年

 

「鷹の木」1973年

 

「サンド・ダラー」1975年

 

Ⅱ 光と陰

 

「スプール・ベッド」1947年

 

「洗濯物」1961年

 

「粉挽き場」1962年

 

「松ぼっくり男爵」1976年

 

「凍りついた家」1978年

 

「農場にて」1988年

 

以下、Ⅲ、Ⅳへと続く。

 

「アンドリュー・ワイエス展」

図録

編集:

東京都美術館

豊田市美術館

あべのハルカス美術館

東京新聞

発行日:

2026年4月

発行:

東京新聞

フジテレビジョン

 

朝日新聞:2026年5月19日

鴻巣友希子の「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」を読んだ!

 

鴻巣友希子の「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」(ハヤカワ新書:2025年12月25日初版発行、2026年2月15日再版発行)を読みました。

 

柚木麻子「BUTTER」,雨穴「変な絵」、王谷晶「ババヤガの夜」などが英国の文学賞やバスとセラーリストを席巻した2025年。翻訳家・文芸評論家として国内外の文学シーンを長年観測する著者が人気の理由を読み解く。英米の書評に見られる意外な形容、日英翻訳家たちの創意工夫とネットワーク、排外主義的な政治状況に反発する若い世代からの支持・・・。フェミニズムからミステリ、猫と喫茶店が定番のヒーリングフィクションまで、村上春樹以後の「世界文学としての日本文学」を描く決定版。

 

ずっと不思議だったんです。なぜ鴻巣さんはいつもあれだけの量を読み、訳すことができるのか。この本の原稿を最初に拝読した時、「これは鴻巣友季子の頭の中だ」と思いました。文学の歴史と各国の状況をマッピングした脳内地図がつねにアップデートされているから、新たな作品と出会った時の瞬発力が違うのだと。作家や翻訳家の位置づけはもちろん、文学賞の傾向、出版社ごとの特色・・・。本書では、その地図がおしげもなく披露されています。そして、この地図に照らすと、柚木麻子「BUTTER」や王谷晶「ババヤガの夜」をはじめとする日本文学の快進撃の理由がクリアに見えてくるのです。世界文学シーンの最前線が、ここにあります。(担当編集より)

 

目次

はじめに 日本文学になにが起きているのか?

第1章 海外に進出する日本の作家たち

     ――村上春樹以後の新たな潮流

  コラム① 生まれ変わった国際ブッカー賞とは?

第2章 女性作家のゆく神と世界の文学潮流

     ――筆をもって戦うということ

  コラム② アガサ・クリスティーをフェミニズム的に読む

第3章 日本文学は英米読者にどう読まれているか

     ――村上春樹、村田沙耶香、柚木朝子の書評を読む

第4章 日本文学をプレゼンする出版社と翻訳家たち

     ――世界に向けて「推し」を叫ぶ

第5章 翻訳をとりまく世界文学の状況

     ――なぜ若者に支持されるのか?

おわりに 翻訳という世界文学ネットワーク

 謝辞

 本書に出てくる主要な文学賞

 参考文献

 

鴻巣友希子:

1963年東京都生まれ。翻訳家、文芸評論家。英米県の同時代作家の紹介と並んで古典名作の新訳にも力を注ぐ。主な訳書にマーガレット・アトウッド「誓願」、クレア・キーガン「あずかりっ子」(以上早川書房刊)、マーガレット・ミッチェル「風と共に去りぬ」、ヴァージニア・ウルフ「灯台へ」など、著書に「文学は予言する」「ギンガムチェックと塩漬けライム」「小説、この小さきもの」「英語と日本語、どう違う?」など。日本文藝家協会常務理事。

 

過去の関連記事:

鴻巣友季子の「ギンガムチェックと塩漬けライム 翻訳家が読み解く海外文学の名作」を読んだ!

鴻巣友季子の「文学は予言する」を読んだ!

100分de名著「アトウッド 侍女の物語・誓願」鴻巣友季子!

 

ロン・ハワード監督、トム・ハンクス主演の「アポロ13」を観た!

 

ロン・ハワード監督、トム・ハンクス主演の「アポロ13」を、NHKBSで観ました。

 

NHKBS102 2026年5月4日(月)13:00

シネマ{「アポロ13」

 

以下、KINENOTEによる。

 

解説:

アポロ11号から16号までの月面探査船計画でただ一機月に到達できなかったアポロ13号、その絶体絶命の危機と地球への生還描く人間ドラマ。監督は「ザ・ペーパー」のロン・ハワード。製作はハワードとともにイマジン・エンターテインメントを主宰するブライアン・グレイザー。脚本はウィリアム・ブロイルス・ジュニア、アル・レイナートと「希望の街」のジョン・セイルズで、実際の13号船長ジム・ラヴェルの回想録“Lost Moon”(邦訳・新潮文庫刊)執筆と同時進行で執筆。撮影は「ジュラシック・パーク」のディーン・カンディ。編集は「ザ・ペーパー」などハワード作品の常連マイケル・ヒルとダニエル・ハンリー。音楽は「今そこにある危機」のジェームズ・ホーナー。SFXは「トゥルーライズ」のデジタル・ドメイン。出演は「フィラデルフィア」「フォレスト・ガンプ 一期一会」で二年連続アカデミー賞受賞のトム・ハンクス、「激流」「告発」のケヴィン・ベーコン、「トゥルーライズ」のビル・パクストン、「摩天楼を夢見て」のエド・ハリス、「フォレスト・ガンプ」のゲイリー・シニーズほか。また実際の船長ジム・ラヴェル氏が三人を回収する空母イオウジマの船長役で、低予算映画の帝王にしてハワードの師匠格のロジャー・コーマンが上院議員の役でそれぞれ特別出演。キネマ旬報外国映画ベストテン9位。第68回アカデミー賞で、編集、録音の2部門を受賞。

 

あらすじ:

アポロ11号、12号が無事月に着陸した。ベテラン宇宙飛行士のジム(トム・ハンクス)は14号に乗る予定だったが、計画自体が政治家や国民から飽きられて来ていた。13号のクルーが病気になり、急遽ジムのチームが13号を任される。だが着陸船操縦士ケン(ゲイリー・シニーズ)は風疹の疑いで降板させられ、ジムとフレッド(ビル・パクストン)は断腸の思いで代替要員のジャック(ケヴィン・ベーコン)を受入れる。そして70年 4月11日、アポロ13号は出発した。ジムたちは恒例のテレビ中継にサービス満点で出演するが、全国ネットがどれも彼らを無視しているとは知る由もなかった。中継の直後、ジャックが酸素タンクの攪拌スイッチを押すと、突然爆発が起こった。酸素が流出して燃料電池の出力も低下してゆく。研究者たちの予測は絶望的だが、フライトディレクターのジーン(エド・ハリス)は絶対に彼らを生還させると決意する。船上の回路で使用できる電流はわずか20アンペア。地上ではケンがこの電力内でいかに船をコントロールできるかシミュレーションに没頭する。三人が二人乗りの着陸船に退避したため、二人分の二酸化炭素処理能力しかない着陸船の限界を越えてしまった。だが技術者たちはありあわせの道具で新しい空気フィルターを製作、その作り方を打電して危機を回避する。アポロの危機に、マスコミは掌を返したように注目し始める。アポロではフレッドが高熱を出す。それでも三人は希望を失わない。地球圏への突入角度を手動で調整するという難関も、地球を目標にするという機転で切り抜けることができた。だがそれでも角度が不完全で、爆発時のダメージも心配される。地上の人々が見守るなか、三人を乗せた司令船は大気圏に突入。応答のないまま時間が過ぎる。そして太平洋上にアポロの着水パラシュートが開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

監督・製作・脚本エドワード・ズウィック「ラスト サムライ」を観た!

 

監督・製作・脚本エドワード・ズウィック「ラスト サムライ」を、NHKBSで観ました。

 

BS102 2026年4月30日(木)13:00

シネマ{ラストサムライ}

 

以下、KINENOTEによる。

 

解説:

アメリカの軍人が日本で侍の生き方に魅せられる様を描いたスペクタクル巨編。監督・製作・脚本は「マーシャル・ロー」のエドワード・ズウィック。製作・脚本は「娼婦ベロニカ」のマーシャル・ハースコヴィッツ。脚本・原案は「ネメシス/S.T.X.」 のジョン・ローガン。撮影は「コレリ大尉のマンドリン」のジョン・トール。音楽は「パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち」のハンス・ジマー。美術は「ジャスティス」のリリー・キルヴァート。編集は「サハラに舞う羽根」のスティーヴン・ローゼンブラムほか。衣裳は「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのナイラ・ディクソン。製作・主演は「マイノリティ・リポート」のトム・クルーズ。共演は「人生は、時々晴れ」のティモシー・スポール、「ホワイト・オランダー」のビリー・コノリー、「ケイティ」のトニー・ゴールドウィン、「T.R.Y.」の渡辺謙、「たそがれ清兵衛」の真田広之、「スパイ・ゾルゲ」の小雪、これが映画デビューとなる歌舞伎役者の中村七之助、「キル・ビル」の菅田俊、「RED SHADOW/赤影」の福本清三、「突入せよ!『あさま山荘』事件」などの監督の原田眞人、これが映画デビューの小山田シンほか。

 

あらすじ:

明治維新の1870年代。西洋式の戦術を日本政府軍に教えるため、南北戦争の英雄ネイサン・オールグレン(トム・クルーズ)が来日する。だが彼はアメリカ政府のやり方に失望、また自分が果たしたインディアン討伐を悔いており、魂を失っていた。一方、武士の勝元盛次(渡辺謙)も、近代化の波により、自分の信じる武士道が崩壊しかけていることを感じていた。勝元や彼の妹たか(小雪)らと共に武家で生活することになったオールグレンは、外国文化を嫌う武士の氏尾(真田広之)らと対立しつつも、武士道に惹かれ、やがて侍たちとの絆を深めていく。そして侍たちが、政府軍を相手にした最後の戦いに臨む時、オールグレンもそこに参加。侍たちの反乱軍は圧倒的な数の政府軍に対し善戦するものの、結局は壊滅させられる。戦いの中で倒れた勝元は、名誉の死を望み、オールグレンに腹を刺してもらい息絶えた。そして生き残ったオールグレンは、亡き勝元の刀を明治天皇(中村七之助)の下に届けるのだった。

 

画像は順不同。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青い日記帳編「達人はここを見る いちばんわかる日本美術鑑賞」を読んだ!

 

青い日記帳編「達人はここを見る いちばんわかる日本美術鑑賞」を読みました。

 

なるほど!

この絵はなぜ名作なのか、

ずばり納得の入門書!

 

名画の前に立ってもイマイチ響かないあなたに!

等伯、永徳、若冲、北斎・・・日本美術の超有名作品を取り上げ、

「何を見るのか」「なぜそれが大切なのか」を、

美術界の第一人者が深掘りします。

納得できる豊かな美術鑑賞の扉を開く夢の入門書。

 

まえがき

第1章 黒田泰三先生に聞く 長谷川等伯<松林図屏風>

     線の揺れや墨の飛沫に込められた心情を読み解く

第2章 石田桂也先生に聞く 狩野永徳<上杉本洛中洛外図屏風>

     桃山時代の天才の素顔と御用絵師集団・狩野派とは

第3章   佐藤康宏先生に聞く 伊藤若冲<老松白鳳図>

     過剰すぎる作品世界をていねいに見尽くす

第4章 日野原健司先生に聞く 葛飾北斎<神奈川沖浪裏>

     天才の驚くべき仕掛や演出の楽しみ方

第5章 古田亮先生に聞く 高橋由一<鮭>

     油彩の幕開けを告げた作品が語る明治の画家渡世

第6章 小林佑子先生に聞く 安藤緑山の象牙彫刻

     えっ、作りものなの? 知られざる明治工芸のすごさ

第7章 安村敏信先生に聞く もっともっと江戸美術

     主流から傍流まで、ざっくりつかもう

あとがき

 

青い日記帳:

國學院大學文学部文学科卒、Tak(タケ)の愛称でブログ「青い日記帳」を主宰する美術ブロガー。1年に300~400の展覧会を鑑賞し、レビューや書評など、幅広いアート情報を毎日発信する。展覧会や美術書のインフルエンサーとして講演、イベント登壇するなど、いまや美術業界では欠かせない存在。著書に「いちばんやさしい美術鑑賞」、「名画のひみつがぜんぶわかる! すごすぎる絵画の図鑑」、「マンガでカンタン! 名画の見方は7日間でわかります。西洋美術篇」、「失われたアートの謎を解く」(監修)など。本名は中村剛士。

サントリー美術館で「河鍋暁斎の世界」を観た!その3

 

「河鍋暁斎の世界」チラシ

 

サントリー美術館で、ゴールドマン・コレクション「河鍋暁斎の世界」を観てきました。

 

幕末・明治期に活躍し、今なお国内外で高い人気を博す河鍋暁斎(1831–89)は、天保2年(1831)、下総国古河(現在の茨城県古河市)に生まれました。数え2歳の時に、家族とともに江戸に移り住むと、7歳の頃から浮世絵師・歌川国芳に手ほどきを受けるようになります。その後、駿河台狩野派の前村洞和・狩野洞白陳信のもとで修業を積み、19歳の時に洞郁陳之の号を授かります。安政4年(1857)に絵師として独立すると、その頃から「狂斎」を名乗り始め、肉筆画、浮世絵版画を数多く制作しました。様々な流派を広く学び、狩野派の本格的な訓練で培った高い技量と、狂画(戯画)の諧謔精神を組み合わせて、独自の画風を確立しました。手がけた作品は神仏画から妖怪画、動物画、世相を反映した風俗画や戯画にいたるまで多岐にわたり、そのいずれにも卓越した画技と機知に富んだ発想が見られます。
人前で即興的に絵を描く席画も得意とし、客の求めに応じてその場で揮毫する書画会にも頻繁に参加しますが、明治3年(1870)、書画会で酔って描いた絵が見咎められ、逮捕、投獄されます。放免の翌年、号を「暁斎」と改めて以降も精力的に制作を続け、暁斎の画業は全盛期を迎えます。
また、開国以来、多くの欧米人が日本を訪れるようになり、暁斎と交流を持ちました。フランスの美術品蒐集家であるエミール・ギメは、その著書『日本散歩 東京-日光』(1880年刊)で初めて暁斎を海外に紹介し、欧米における暁斎の知名度を高めました。日本に住んでいた建築家のジョサイア・コンドルや元軍人でジャーナリストのフランシス・ブリンクリーらは、暁斎の弟子となって絵を学んでいます。
明治22年(1889)、暁斎は胃がんのため59歳で亡くなりますが、彼の生み出した作品は国内外に多大な影響を与えました。
本展では、暁斎コレクションとしては世界でトップクラスの質と量を誇る、イギリス在住のイスラエル・ゴールドマン氏の所蔵作品より、コレクションを代表する名品や、日本初出品の貴重な肉筆画、第一級の摺と保存状態の版画など約110件を展示します。
出品作の半数以上が日本初出品となる、世界最高峰の暁斎コレクションを通して、暁斎の多彩な世界をお楽しみください。
 

展覧会の構成は、以下の通りです。

 

第1章 ゴールドマン・コレクションのスターたち

第2章 けもの

第3章 ひと

第4章 おに

第5章 かみ・ほとけ

第6章 版画の名品

 

以下、第5章 かみ・ほとけ、第6章 版画の名品を載せます。

 

第5章 かみ・ほとけ

 

「鐘馗騎象図」
明治零年代後半(Mid-1870s)

 

「秋田蕗摺絵鐘馗図」
河鍋暁斎、島田立宇
明治4~22年(1871-89)
 

「恵比寿を描く大黒」
明治4~22年(1871-89)

 

「七福神有閑之図」
明治4~22年(1871-89)

 

「五聖奏楽団」
河鍋暁斎、橘機郎
明治4~22年(1871-87)

 

「白衣観音図」
明治4~22年(1871-89)

 

「竜頭観音図」
明治4~22年(1871-89)

 

「達磨図」明治21年(1888)

 

第6章 版画の名品

 

「正真猛虎写生図」
文久元年5月(Fifth month) 1861)
 

「鐘馗図」
元治元年3月(third month 1864)
 

「応需暁斎楽画 第九号 地獄大夫
がいこつの遊戯ヲみめに見る図」
明治7年(1874)

 

「猫の月見」
明治13~22年頃(1880s)

 

「枯枝に鴉」
明治4~22年(1871-89)

 

「蛸図」
明治4~22年(1871-89)

 

「開化蛙」
明治9年5月(Mayn 1876)

 

ゴールドマン コレクション

「河鍋暁斎の世界」

編集:

  定村来人(イスラエル・ゴールドマン・コレクション・キュレーター)

  池田芙美(サントリー美術館 副学芸部長)

  内田洸  (サントリー美術館 主任学芸員)

  上野友愛(サントリー美術館 副学芸部長)

  坂本裕子

  朝日新聞社

発行:

  朝日新聞社

サントリー美術館で「河鍋暁斎の世界」を観た!その2

 

「河鍋暁斎の世界」チラシ

 

サントリー美術館で、ゴールドマン・コレクション「河鍋暁斎の世界」を観てきました。

 

幕末・明治期に活躍し、今なお国内外で高い人気を博す河鍋暁斎(1831–89)は、天保2年(1831)、下総国古河(現在の茨城県古河市)に生まれました。数え2歳の時に、家族とともに江戸に移り住むと、7歳の頃から浮世絵師・歌川国芳に手ほどきを受けるようになります。その後、駿河台狩野派の前村洞和・狩野洞白陳信のもとで修業を積み、19歳の時に洞郁陳之の号を授かります。安政4年(1857)に絵師として独立すると、その頃から「狂斎」を名乗り始め、肉筆画、浮世絵版画を数多く制作しました。様々な流派を広く学び、狩野派の本格的な訓練で培った高い技量と、狂画(戯画)の諧謔精神を組み合わせて、独自の画風を確立しました。手がけた作品は神仏画から妖怪画、動物画、世相を反映した風俗画や戯画にいたるまで多岐にわたり、そのいずれにも卓越した画技と機知に富んだ発想が見られます。
人前で即興的に絵を描く席画も得意とし、客の求めに応じてその場で揮毫する書画会にも頻繁に参加しますが、明治3年(1870)、書画会で酔って描いた絵が見咎められ、逮捕、投獄されます。放免の翌年、号を「暁斎」と改めて以降も精力的に制作を続け、暁斎の画業は全盛期を迎えます。
また、開国以来、多くの欧米人が日本を訪れるようになり、暁斎と交流を持ちました。フランスの美術品蒐集家であるエミール・ギメは、その著書『日本散歩 東京-日光』(1880年刊)で初めて暁斎を海外に紹介し、欧米における暁斎の知名度を高めました。日本に住んでいた建築家のジョサイア・コンドルや元軍人でジャーナリストのフランシス・ブリンクリーらは、暁斎の弟子となって絵を学んでいます。
明治22年(1889)、暁斎は胃がんのため59歳で亡くなりますが、彼の生み出した作品は国内外に多大な影響を与えました。
本展では、暁斎コレクションとしては世界でトップクラスの質と量を誇る、イギリス在住のイスラエル・ゴールドマン氏の所蔵作品より、コレクションを代表する名品や、日本初出品の貴重な肉筆画、第一級の摺と保存状態の版画など約110件を展示します。
出品作の半数以上が日本初出品となる、世界最高峰の暁斎コレクションを通して、暁斎の多彩な世界をお楽しみください。
 

展覧会の構成は、以下の通りです。

 

第1章 ゴールドマン・コレクションのスターたち

第2章 けもの

第3章 ひと

第4章 おに

第5章 かみ・ほとけ

第6章 版画の名品

 

以下、第3章 ひと、第4章 おに、を載せます。

 

第3章 ひと

 

「牛若丸と僧正坊」
明治4~22年(1871-89)

 

「西洋人逍遥図」
明治4~22年(1871ー89)

 

「万国人物図」
明治4~22年(1871-89)

 

「放屁図」
河鍋暁斎、日下部鳴鶴
明治19年頃(c.1886))

 

「月下骸骨宴会図」
明治4~22年(1871-89)

 

「三味線を弾く様相の骸骨と踊る妖怪」
明治4~12年(1871-79)

 

「とうもろこし図、すすき図」
明治4~22年(1871-89)

 

第4章 おに

 

「酒のツマミに鰹を準備する鬼」
慶応元年頃~明治3年(c.1865-70)

 

「鬼に酒肴図」
明治4~22年(1871-89)

 

「大津絵夕立図」文久2年(1862)」

 

「酒呑童子図絵」

 

「酒呑童子図絵」

 

「地獄絵」明治4~12年(1871-79)

 

以下、第5章 かみ・ほとけ、第6章 版画の名品を載せます。

 

ゴールドマン コレクション

「河鍋暁斎の世界」

編集:

  定村来人(イスラエル・ゴールドマン・コレクション・キュレーター)

  池田芙美(サントリー美術館 副学芸部長)

  内田洸  (サントリー美術館 主任学芸員)

  上野友愛(サントリー美術館 副学芸部長)

  坂本裕子

  朝日新聞社

発行:

  朝日新聞社

サントリー美術館で「河鍋暁斎の世界」を観た!その1

 

「河鍋暁斎の世界」チラシ

 

サントリー美術館で、ゴールドマン・コレクション「河鍋暁斎の世界」を観てきました。

 

幕末・明治期に活躍し、今なお国内外で高い人気を博す河鍋暁斎(1831–89)は、天保2年(1831)、下総国古河(現在の茨城県古河市)に生まれました。数え2歳の時に、家族とともに江戸に移り住むと、7歳の頃から浮世絵師・歌川国芳に手ほどきを受けるようになります。その後、駿河台狩野派の前村洞和・狩野洞白陳信のもとで修業を積み、19歳の時に洞郁陳之の号を授かります。安政4年(1857)に絵師として独立すると、その頃から「狂斎」を名乗り始め、肉筆画、浮世絵版画を数多く制作しました。様々な流派を広く学び、狩野派の本格的な訓練で培った高い技量と、狂画(戯画)の諧謔精神を組み合わせて、独自の画風を確立しました。手がけた作品は神仏画から妖怪画、動物画、世相を反映した風俗画や戯画にいたるまで多岐にわたり、そのいずれにも卓越した画技と機知に富んだ発想が見られます。
人前で即興的に絵を描く席画も得意とし、客の求めに応じてその場で揮毫する書画会にも頻繁に参加しますが、明治3年(1870)、書画会で酔って描いた絵が見咎められ、逮捕、投獄されます。放免の翌年、号を「暁斎」と改めて以降も精力的に制作を続け、暁斎の画業は全盛期を迎えます。
また、開国以来、多くの欧米人が日本を訪れるようになり、暁斎と交流を持ちました。フランスの美術品蒐集家であるエミール・ギメは、その著書『日本散歩 東京-日光』(1880年刊)で初めて暁斎を海外に紹介し、欧米における暁斎の知名度を高めました。日本に住んでいた建築家のジョサイア・コンドルや元軍人でジャーナリストのフランシス・ブリンクリーらは、暁斎の弟子となって絵を学んでいます。
明治22年(1889)、暁斎は胃がんのため59歳で亡くなりますが、彼の生み出した作品は国内外に多大な影響を与えました。
本展では、暁斎コレクションとしては世界でトップクラスの質と量を誇る、イギリス在住のイスラエル・ゴールドマン氏の所蔵作品より、コレクションを代表する名品や、日本初出品の貴重な肉筆画、第一級の摺と保存状態の版画など約110件を展示します。
出品作の半数以上が日本初出品となる、世界最高峰の暁斎コレクションを通して、暁斎の多彩な世界をお楽しみください。
 

展覧会の構成は、以下の通りです。

 

第1章 ゴールドマン・コレクションのスターたち

第2章 けもの

第3章 ひと

第4章 おに

第5章 かみ・ほとけ

第6章 版画の名品

 

以下、第1章 ゴールドマン・コレクションのスターたちと、第2章 けものを載せます。

 

第1章 ゴールドマン・コレクションのスターたち

 

「象と子熊」
慶応元年頃~明治3年(c.1865-70)

 

「蛙の放下師」
明治4~22年(1871-89)

 

「蛙の学校」
明治零年代中頃(Early to mid-1870s))

 

「鯰の舟に乗る猫」
明治零年代中頃(Early to mid.-1870 s)

 

「烏瓜に双鴉図」
明治4~22年(1871-89)

 

「竜頭観音図」
明治19年(1886)

 

「半身達磨図」
明治18年(1885)

 

「鐘馗図」
明治15年(1882)

 

「閻魔大王浄玻璃鏡図」
明治4~22年(1871-89)

 

「地獄大夫と一休」
明治4~22年(1871-89)

 

「地獄大夫と一休」
明治4~22年(1871-89)

 

「幽霊図」
慶応4/明治元年頃~3年(c.1868-70)」

 

「墨合戦」
明治4~22年(1871-89)

 

「書画会図」
河鍋暁斎、奥原晴湖、瀧和亭、ほか52名
明治9~11年頃(c.1876-78)

 

第2章 けもの

 

「枯木に鴉」
明治4~22年(1871-89)

 

「動物の曲芸」
明治4~22年(1871-89年)

 

「蝶と菊に猫」
明治4~22年()1871-89

 

「竹に鶏」
明治19年(1886)

 

「月下猛虎図」
明治4~22年(1871-89)

 

「鴉天狗の雛」

 

「水吸の虎」

 

「竹に栗鼠図」
明治17年(1884)

 

「竜虎図」
文久年間~明治3年(1860s-70)

 

以下、第3章より

 

ゴールドマン コレクション

「河鍋暁斎の世界」

編集:

  定村来人(イスラエル・ゴールドマン・コレクション・キュレーター)

  池田芙美(サントリー美術館 副学芸部長)

  内田洸  (サントリー美術館 主任学芸員)

  上野友愛(サントリー美術館 副学芸部長)

  坂本裕子

  朝日新聞社

発行:

  朝日新聞社

朝井リョウの「イン・ザ・メガチャーチ」を読んだ!

 

朝井リョウの「イン・ザ・メガチャーチ」(日本経済新聞出版:2025年9月1日第1刷、2026年2月6日第11刷)を読みました。

 

「神がいないこの国で人を繰るには、

”物語”を使うのが一番いいんですよ」

 

――ファンダム経済を築く者、のめりこむ者、かつてのめり込んでいた者。世代や立場の異なる3つの視点が炙り出すのは、虚実入り混じった情報あふれる時代に人々を行動へと突き動かす”物語”の功罪。事実と解釈、連帯と暴走、成長と信仰、幸福と中毒、人生と孤独・・・。沈みゆく列島で、”界隈”は煮沸する。

 

最新作業原点のような作品です。朝井リョウ

 

令和日本の空気とうごめきを小説に封じ込め、人の心を動かす”物語”の光と闇を炙り出す。

作家生活15周年記念作品

 

朝井リョウ:

1989年、岐阜県生まれ。

2009年、「桐島、部活やめるってよ」で

小説すばる新人賞を受賞してデビュー。

「何者」で直木賞、

「世界地図の下書き」で坪田譲治文学賞、

「正欲」で柴田錬三郎賞を受賞。

ほかの著作に「スター」「そして誰もよとらなくなった」

「生殖記」など多数。

 

 

朝日新聞:2026年5月8日

 

朝日新聞:2026年5月8日

葉室麟原作、小泉堯史監督の「蜩ノ記」を観た!

 

葉室麟原作、小泉堯史監督の「蜩ノ記」(ひぐらしのき)を、NHKBSで観ました。

 

NHKBS102 2026年5月5日(13:00)

「蜩ノ記」

 

以下、KINENOTEによる。

 

解説:

長らく黒澤明に師事し「雨あがる」「博士の愛した数式」などを手がけた小泉堯史監督が、第146回直木賞を受賞した葉室麟の同名小説を映画化。無実の罪で10年後に切腹、その間藩史を編さんするよう言い渡された男と監視役についた男との心の交流や家族愛を描いた時代劇。藩の秘密を握り切腹という過酷な運命を背負いながらも一日一日を大切に生き藩史の編さんに向き合う男を「十三人の男」「Shall we ダンス?」の役所広司が、彼の清廉な人柄に魅了され成長していく監視役を「永遠の0」「天地明察」の岡田准一が演じる。ほか、「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズの堀北真希、「ぼくたちの家族」の原田美枝子らが出演。

 

あらすじ:

郡奉行だった戸田秋谷(役所広司)は藩主の側室との不義密通および小姓を斬り捨てたことにより10年後の切腹とそれまでの間に藩の歴史である藩主・三浦家の家譜を編さんし完成させるよう命じられる。それから7年後、刃傷沙汰を起こしてしまったものの家老・中根兵右衛門の温情により切腹を免れた檀野庄三郎(岡田准一)は、幽閉中の秋谷の監視役を命じられる。監視の内容は、藩の秘め事を知る秋谷が7年前の事件を家譜にどう書くか報告し、秋谷が逃亡のそぶりを見せた場合には妻子ともども始末するというものだった。はじめは秋谷のことを懐疑的に思う庄三郎だったが、編さん途中の三浦家譜と『蜩ノ記』と名づけられた秋谷の日記には、前藩主の言葉を守り事実のまま書き留め、切腹が迫りつつも編さんに誠実に向き合い一日一日を大切に生きる彼の姿があり、感銘を受ける。そして7年前に一体何が起きたのか、事の真相を追ううちに、彼の人間性に魅せられていく。秋谷に深い愛情と信頼を寄せる妻・織江(原田美枝子)や心の清らかな娘・薫(堀北真希)らとともに暮らす中で、いつしか庄三郎と薫との間に恋が芽生えていた。やがて庄三郎は不義密通事件の真相に辿り着き、事件の謎を解く文書を入手するが、そこには藩を揺るがすようなことが記されていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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