堀江敏幸の「未見坂」を読んだ! | とんとん・にっき

堀江敏幸の「未見坂」を読んだ!

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堀江敏幸の「未見坂」を読みました。谷崎賞受賞作「雪沼とその周辺」に連なる待望の最新短篇小説集、と本の帯にあります。しかし、どこでどう「雪沼とその周辺」に連なっているのか、明確ではありません。「未見坂」とは「朱雀商事ビルのまえから続く長い坂道」のことを指しています。尾名川の中流域にある「春片」という町は、雪沼よりもだいぶ下流に位置している町のようです。が、いずれにせよ、架空の町です。


「雪沼とその周辺」を読んで、以下のように書きました。

「雪沼は優しい」。「時代遅れで、静かで、品がいい」。たしかに懐かしい。今の日本ではあり得ない場所かもしれません。話の間には相互に細いつながりがあります。作品にこれといった事件が起こるわけではありません。手に汗を握るドラマがあるわけでもなく、物語になにかオチがあるわけでもありません。都会のものから見れば退屈だと思うかもしれません。しかし、生活にかすかな起伏もあるし、感情にも満ちています。派手な激情ではなく、もう少し穏やかなしみじみとした感情です。


「未見坂」は、普通の人々の、日常的な暮らしを丹念に描く、9編の短編集です。一見して別々の作品で、取り立てて繋がりがあるわけではありません。しかも主人公はそれぞれ別人です。明確な結論があるわけではありません。ともすればいつの間にか終わってしまう話もあります。読む方は戸惑ってしまうことも多々あります。しかしあえて繋がりといえばとりあえず、全体に流れる空気が一貫していると言えば言える、とでも言っておくしか術はありません。


その9編の短篇は次の通りです。「滑走路へ」「苦い手」「なつめ球」「方向指示」「戸の池一丁目」「プリン」「消毒液」「未見坂」「トンネルのおじさん」の9編です。


「滑走路へ」:飛行機に詳しい転校してきた友人と自転車を走らせ、飛行機が上空を飛ぶポイントの鉄塔をめざす少年。友人の父親は空から写真を撮るカメラマン、事故でずっと入院していて、退院してリハビリして初めての仕事。友人は一人で来るのが怖かったという。

「苦い手」:なにかにつけて若い部下を自宅に呼び集め、飲み食いさせて自身も酔っぱらうと、身のまわりの品をどんどんあげてしまうくせのある秋川課長。翌日になるとなにひとつ覚えておらず、あれはどこにいったんだと奥さんに尋ねるのが常でした。

「なつめ球」:母が仕事から帰ってくるなり、おばあちゃんのとこにしばらくいてくれる、と言われた少年。平日の動物園のベンチで酒を飲み眠りこける父親の横で、ツル園の鳥の群をずっと眺める少年。その父も、数年前幼かった少年の前からいなくなった。


「方向指示」:修子さんの両親が理髪店を開いたのは40年近く前のこと。父が亡くなり、母ひとりで店をやっていたが、母の疲労も限界で、修子さんは30半ばで理容学校の生徒になったのが15年も前。その母が無灯の自転車にぶっつけられ足の骨を折って入院している。

「戸の池一丁目」:バス路線の分岐点にある戸の池の枡田商店が義父から引き継いだ泰三さんの店。かつてはボンネットバスで移動式スーパーを走らせていましたが、今は義母との2人暮らしです。尾名川交通から運転手詰め所を設ける土地を買収したいとの話が。

「プリン」:悠子さんにプリンの作り方を教えたのは母親、父親はプリンが大好物だったが先年亡くなった。義父もプリンが大好きだったが、2週間前に亡くなった。町の仕出し屋に頼んだ弁当で、親族が食中毒の症状を訴えた。噂は尾ひれをつけた伝わります。


「消毒液」:陽一の家はごく普通の酒屋。母親は原因のよくわからない病気で入院中。陽一の友人潤の年の離れた姉靖子さんが店番を手伝うようになり、彼女は雇い主を旦那さんと呼びます。潤の家、挽田家はあまり評判がよくない家、靖子さんは出戻りです。

「未見坂」:彦さんこと彦江さんと30年以上家族のように付き合っている、地元の「春片新報」の記者加奈ちゃんが主人公。未見坂のなかほどに出来るバス停の土地提供の問題で、朱雀商事と尾名川交通の争いを街の人たちが噂しています。

「トンネルのおじさん」:夏休みに入って、どうしてもお父さんと話し合わなければならないことがあると、母親の兄のトンネルおじさんの住む家へあずけられた都会の少年。夏の工作におじさんと木の根っこを掘りに、大きなおにぎりを持って山へ行きます。


気になる個所が幾つかあります。「滑走路へ」の少年、友人の父親が元気になったかどうかもありますが、「仕事ができなくなっても父親がいてくれるだけでいいよ」と口には出さなかったが、少年と父親の関係。「なつめ球」の母親と数年前にいなくなった父親の関係。「方向指示」の鮮魚の松本さん出奔事件のその後。「プリン」では、「あんたのせがれのことで力になってやったことを忘れたか、おれを粗略に扱うとほんとのことを言うぞ」という、本当のこととは?「トンネルおじさん」の少年が借りた靴は誰の靴なのか?母親が「どうしてもお父さんと話し合わなければならないことがあるから」というその後、等々。しかし、すべてが結論は出さずにぼかされています。


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