島田潤一郎の「あしたから出版社」を読んだ! | とんとん・にっき

島田潤一郎の「あしたから出版社」を読んだ!

 

島田潤一郎の「あしたから出版社」(ちくま文庫:2022年6月10日第1刷発行)を読みました。

 

本当は就職をしたかった。でも、できなかった。33歳のぼくは、大切な人たちのために一編の詩を本にすること、出版社を始めることを決心した――。心がこもった良書刊行しつづけるる「一人出版社」夏葉社の始まりから、青春の悩める日々、編集・装丁・書店営業の裏話、忘れがたい人や出来事といったエピソードまで。生き方、仕事、文学をめぐる心打つエッセイ。

解説:頭木弘樹

 

そもそも、編集をしたことすらなかったのである。そうした心もとない経験で、どうして出版社を立ち上げたのかというと、これは、もう、あのころは追い込まれていたんです、と暗い顔で述べるほかない。二十歳くらいから、作家になりたかった。来る日も来る日も、本を読み、小説を書いていた。大学を卒業しても、就職をしなかった。分厚い本を読むことのほうが、大切だと信じていた。でもある日、才能がないとわかった。十年が過ぎていた。三十歳を越えると、採用してくれる会社なんかなかった。

そんなとき、親友だった従兄が事故で死んだ。毎日のように届く不採用の通知と、従兄のいない世界。ぼくも死にたくなった。2009年に出版社をやろうと決めたのは、偶然、一編の詩に出会ったからだ。嘘のような話だが、本当である。その詩によって救われたというのではない。死別した人を慰めるその一編の詩を、かなしんでいる人に届けたい。それが、生きる動機になったのである。お金がほしいわけではなかった。立派な本をつくりたいというわけではなかった。そうではなくて、ぼくは強く生きてみたかった。

 

文庫本の解説は頭木弘樹さん。「残像のいい人」と題して、この本は「なかなかうまく社会に参加できなかかった人間の青春期なのだ」という。夏葉社を成功させた島田さんが、こういう人だとは、読むまで思ってもみなかった。そして、こういう人だと知って、とても親しみを感じた、という。

 

【目次】
はじめに
1 ひとりで出版社をはじめる
従兄が死んだ/室戸/仕事を探す日々/Iのこと/人生は真っ暗だ/なにかをはじめよう/一編の詩/ぼくは本をつくりたい/お前は形から入るよな/吉祥寺のひとり出版社/はじめての仕事/さあ、どうしよう/高橋和枝さん/島田くんなら大丈夫/仕事ってなんだ/その名にちなんで/文学にすべてがあるような気がした/『レンブラントの帽子』/世田谷の現代詩教室/完璧な本/和田誠さん/ひとりではなにもできない/営業に行く/ツイッターと京都/最初の本ができた! /行き詰まる日々/ぼくのしあわせ/『昔日の客』/『昔日の客』の続き/ピースの又吉さん/日々の仕事/『さよならのあとで』/表参道で会いたい
2 よろこびとかなしみの日々
『冬の本』のよろこび。その一/『冬の本』のよろこび。その二/出版社をたたみたい/町の本屋さんが好き/古本が好き/ひとり遊び/デザインについて/叫びたい/居酒屋の隅で/堀部/文芸部の同級生/敬次郎さん/沖縄に住む/忘れられない人/アフリカに行かなくちゃ/いざ、アフリカ/煙草/食べものの話/『本屋図鑑』その一。利尻島の「ほんこや」のこと/『本屋図鑑』その二。本屋さんの図鑑ができるまで/『本屋図鑑』その三。「山に囲まれた海辺の町」の本屋さん/『本屋図鑑』その四。「図鑑」にした理由/『本屋図鑑』その五。「海文堂書店」のこと/『本屋図鑑』その六。時間が止まった棚/『本屋図鑑』その七。本屋さんのこれから/ハトヤ/かなしみの場所
おわりに
四五歳のぼく(文庫版書き下ろし)
文庫版あとがき
解説 残像のいい人=頭木弘樹

 

島田潤一郎:

1976年高知県生まれ、東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。大学卒業後、アルバイトや派遣社員をしながら小説家を目指していたが、方向転換。2009年9月に出版社・夏葉社を東京の吉祥寺で創業した。著書に『古くてあたらしい仕事』(新潮社)、『父と子の絆』(アルテスパブリッシング)、『90年代の若者たち』『本屋さんしか行きたいとこがない』(岬書店)がある。

 

 

 

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