知財弁護士の本棚

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企業法務を専門とする弁護士です(登録28年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

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大阪高判令和4513日・令和3年(ネ)第2608号(原審:大阪地判令和3119日・令和2年(ワ)第3646号)は、商標の剥離抹消行為に関する注目すべき裁判例である。

 

最初に断っておくと、本判決は、被告らが商標の剥離抹消行為を行っていないと評価しており、事案を見ればそれも当然の判断であるので、本判決における「商標の剥離抹消行為」は、原告の主張の中でしか存在しない。ゆえにやや特殊な事案ではあるが、一般論の部分は参考になる。本判決については、民事判例研究2022年前期(日本評論社)に判例研究を掲載予定であるので、全文はそちらをご覧いただきたい。

 

 

 

<事案の概要>

 

控訴人(一審原告)Xは「P」の屋号(「バイコロ技研」と思われる)で健康維持を目的とした運動器具、福祉用具等を開発・商品化し、自ら消費者に販売するとともに、第三者に卸売りもする個人である。Xは「ローラーステッカー」の標章(以下「X標章」という)を付した車輪付き杖(以下「本件商品」という)の販売元である。

 

被控訴人(一審被告)Y1は介護用品の開発・販売等を目的とする株式会社であり、被控訴人(一審被告)Y2は健康器具等の卸売りを目的とする株式会社である(以下Y1とY2を合わせて「Yら」という)。Yらは、本件商品をXより直接または間接的に仕入れ、「ハンドレールステッキ」の商品名(以下「Yら標章」という)により本件商品の卸売りまたは小売りを行った。(ただし、XからY1に納入された本件商品本体には、軸体(杖本体)部正面に「Roller Sticker」との金色の英文字(本判決の認定によれば「称呼及び観念においてX標章と同一の標章」)が印字されているが、この標章が剥離抹消されたり、商品の品質に変更が加えられることはなかった)。

 

Xは、指定商品を第18類「つえ」として、X標章「ローラーステッカー(標準文字)」(以下「本件商標」という)について商標登録の出願を行った。令和元年126日、本件商標に係る商標権(以下「本件商標権」という)の設定登録がなされ、令和217日、本件商標権について公報が発行された。Yらの行為は商標登録の前後にまたがっている(「前半期間」および「後半期間」)。

 

Xは、本件商品を「ハンドレールステッキ」(Yら標章)との名称で販売した行為が本件商標権の侵害に該当するとして、Yらに対し本件商品に対するYら標章の使用の差止めを求めた。

 

またXは、前半期間のYらの行為が、X標章に化体する信用及び出所表示機能を毀損する共同不法行為に該当し、後半期間のYらの行為は、本件商標権侵害の共同不法行為に該当するとして、損害賠償を求めた。

 

原審がXの請求をいずれも棄却したので、Xが控訴した。

 

 

 

<判旨>

 

控訴棄却。

 

 

 

1 前半期間におけるYらの共同不法行為の成否について

 

「しかしながら、前半期間においては、X標章は商標登録がされていないから、およそ商標法の問題とはなり得ず、またXから、前半期間におけるYらの行為が不正競争防止法の規律に抵触するとの主張もされていない。そうすると、卸売業者又は小売業者が製造者から商品名を付した商品の譲渡を受けた場合、卸売業者あるいは小売業者としては、当初の商品名により販売すべき旨の合意や製造者が譲渡する際に付した条件、あるいは商品の性質上当然そのようにすべき特段の事情や公的規制のない限り、当初の商品名のまま販売することでその顧客吸引力等を生かすこともできれば、より需要者に訴えることのできる商品名に変更したり、あるいはより商品の内容を適切に説明し得る商品名に変更して販売することも許されると解される。」

 

 「本件基本契約において、Y1側がX標章を使用すべきこととはされておらず、Y1は、Yら標章により本件商品を販売する予定である旨を、本件基本契約締結以前より示し、Xとの取引開始後もこれを明らかにし、特にこの点を秘匿しようとしたとは認められない。…以上を総合すると、XがY1に本件商品を納入した平成27年2月から令和元年7月までの間において、XとY1との間において、本件商品をX標章により発売することの合意が成立した、あるいは、X標章により販売することを、Xが本件商品をY1に納入する条件としたとの事実を認めることはできない。」

 

 

 

2 後半期間におけるYらによる商標権侵害の成否について

 

「商標権者が指定商品に付した登録商標を、商標権者から譲渡を受けた卸売業者等が流通過程で剥離抹消し、さらには異なる自己の標章を付して流通させる行為は、登録商標の付された商品に接した取引者や需要者がその商品の出所を誤認混同するおそれを生ぜしめるものではなく、上記行為を抑止することは商標法の予定する保護の態様とは異なるといわざるを得ない。したがって、上記のような登録商標の剥離抹消行為等が、それ自体で商標権侵害を構成するとは認められないというべきである。」

 

 「また、その点を措くとしても、後半期間におけるYらの行為…は、以下のとおり、X標章の剥離抹消行為と評価し得る行為には当たらないと解される。」

 

 

 

<研究>

 

(1) 商標の剥離抹消行為の意義

 

本稿で問題とする商標の「剥離抹消」行為とは、商品本体または商品の包装等に製造業者等が付した商標を、当該商品を直接または間接に譲り受けた者(卸売業者または小売業者等)が、当該商品を販売するに際して、当該商標を物理的に削り取り、塗りつぶし、覆い隠し等する行為である。剥離抹消後は、自己の商標を付して販売する場合と、何ら商標を付さずいわゆるノーブランド品として販売する場合とが考えられ、学説の中には両者を区別して検討するものもある。

 

少なくとも現行法のもとにおいて、商標の剥離抹消行為の適法性(商標権侵害または不法行為等が成立するか)を正面から論じた裁判例は見当たらない。この論点に関してマグアンプK事件(大阪地判平成6224日・判例時報1522139頁) が引用されることがあるが、同事件は商品の小分け販売に関する事案であり、登録商標「MAGAMP」に類似する標章「マグアンプK」を被告が小分け商品に付して販売した事案に関するものであるから、判決文中で「商標権者が適法に指定商品と結合された状態で転々流通に置いた商標を、その流通の中途で当該指定商品から故なく剥奪抹消することにほかならず」との表現があるからと言って、商標の剥離抹消行為を商標権侵害と判断した先例と理解するのは早計である。

 

 

 

(2) 学説の状況

 

商標の剥離抹消行為の適法性については、(不法行為等については検討せず)商標権侵害の成否のみを論じたものが多く、商標権侵害の成否については肯定説と否定説とがある。肯定説は商標の機能が害されることを問題視するものが多く、否定説は条文の文言を重視する。また剥離抹消後に自己の商標を付して販売する行為とセットで評価する見解もあれば、剥離抹消行為を単独で検討する見解もある。したがって学説をきれいに分類するのは難しいため、以下の肯定説・否定説の分類は便宜上のものであることをお断りしておく。

 

 

 

(3) 商標権侵害肯定説

 

肯定説の代表的な見解として、網野誠先生は、商品に付された商標を商品の流通過程において剥奪抹消し、これに代えて自己の商標を使用して流通させる行為も商標権侵害であるとする(網野誠「商標〔第6版〕」846頁)。

 

小野昌延先生は、優れた新製品の他人商標を取り去って自己の商標を付し、他人の商品を自己が製造した商品と見せかけ、他人の商標の信用を無断で利用する行為(逆パッシングオフ)が商標権侵害になりうることを示唆、問題提起する(小野昌延・三山峻司「新・商標法概説」300301頁)。小野説は肯定説として紹介されることが多いが、よく読めば商標権侵害が成立するとは断定しておらず、必ずしも肯定説とは言えない。

 

 

 

(4) 商標権侵害否定説

 

否定説の代表的な見解として、田村善之先生は、商標権者が指定商品に付した登録商標を、流通過程で抹消したり、さらには自己の商標を使用して流通させる行為は、解釈論として商標権侵害と構成することには無理があるとしつつ、競争法上、違法と目すべきであり、立法論として、商標が登録されているか否かに拘わらず禁止すべきであるとする。また、商品に付された商標を抹消し、自己の商標等、他の商標を付する行為は製造元・販売元を偽る行為として不正競争防止法2112号(現行法20号)に該当し、単に抹消するだけでノーブランド品として販売した場合でも民法709条の不法行為には該当するとしている(田村善之「商標法概説〔第2版〕」150151頁)。

 

弁理士の眞島宏明先生は、剥奪抹消行為は商標法上の「使用」にも372号以下のいずれの行為にもあたらず、商標権侵害とすることは商標法の規定の解釈として無理があることのほか、罪刑法定主義との関係を看過することはできないとして、結論としては否定説が妥当であるとする 。また眞島説は、剥奪抹消行為は不正競争防止法上も規制されないが、不法行為の成立を認めることはできるとし、さらに田村説と同様、立法的な解決が望まれるとする(眞島宏明「商標の剥奪抹消と商標権侵害の成否について-商標の冒用以外の行為にも商標権侵害は成立するか-」パテント614号(2008年)120頁)。

 

 

 

(5) その他の見解

 

紋谷暢男先生は、流通過程を経る以前の商品に付された表示商標の抹消行為は、商標を付する行為たる「使用」の侵奪であり、商標権侵害にあたるが、流通過程を経た以降の商品に付された表示商標の抹消行為は一般的には不問とされるとする(紋谷暢男編「商標法50講〔改訂版〕」163164頁(紋谷暢男) )。

 

 

 

(6) 検討

 

肯定説は商標の機能が害されることを問題視するが、「商標の機能が害される」というのは「商標権侵害が成立する」というのとほぼ同義であり、商標の機能が害されるから商標権侵害が成立するという議論は循環論法である。また、商標権侵害が成立する場合に商標の機能が害されるとは言えるが、商標の機能が害されるか否かを侵害成立のメルクマールとする考え方は、罪刑法定主義との関係で大変危険である。

 

さらに肯定説は他人の商標の剥離抹消行為、ひいては剥離抹消した商標に代えて自己の商標を付して販売することが、他人の商標の「使用」にあたらないこと自体は争っておらず、商標権侵害が成立するということは条文の解釈としてあまりにも無理がある。

 

少なくとも不法行為が成立するという考え方については、北朝鮮著作物事件最判(最高裁平成23年12月8日判決)の趣旨からして、知的財産法で規律されている(許される行為・許されない行為の線引きがなされている)領域に関しては、成文法上、認められる行為について不法行為の成立を認めることは原則として許されない(少なくとも極めて慎重であるべき)ことを指摘したい。前掲の田村説、眞島説はいずれも北朝鮮著作物事件最判以前の学説であり、現在では、同最判との関係を避けて通ることはできない。

 

 

 

以上より、前半期間に関する「当初の商品名により販売すべき旨の合意や製造者が譲渡する際に付した条件、あるいは商品の性質上当然そのようにすべき特段の事情や公的規制のない限り」、元の商標を剥離抹消し自己の商標を付して販売することは自由との本判決の判旨は妥当であり、またこの判旨は後半期間(商標権成立後 )にも妥当すると考える。

 

これを補強する一つの論拠として、本件では議論されていないが、メーカー同士の契約では、当初から買主のブランドで販売することを前提に売主が自己の製品を供給する契約(OEM供給契約)も普通に行われているということがある。そして、本判決はYらを「卸売業者又は小売業者」と認定しているが、実際にはY1はメーカーと思われるのである。OEM供給契約のような取引も普通に存在する以上、買主がどのような商標を付して(どのような商品名で)売主の製品を販売するかは、まさに当事者間の合意の問題であり、ここに商標法が強制的に介入して、原則として売主の商標のまま販売するべきというような規範を押し付けるべきではない。

また、他人の商品を物理的に改変(いわゆるリメイクや、小分け・詰め替えを含む)して販売する場合は、商標を剥離抹消しなければ商標権侵害に問われるのだから、商標の剥離抹消行為自体に違法性があるとか、立法で規律すべきという発想がそもそも間違っていると言える。

 

 著作権の保護期間を著作者(作家、画家、作曲家等。以下「作家等」といいます)の死後70年と理解している方が多いですが、それだけでは判断を誤ります。

 

 まず保護期間は暦年主義ですので、起算点は死亡「年」だけが関係し、満了は常に12月31日です(著作権法57条)。具体的には、「死後70年」というのは、死亡年の翌年を1年目として計算しますので、死亡年プラス70年の年の12月31日24時に満了するという意味です。

 また死亡年を基準にするのは実名公表された著作物であり、無名・変名公表の著作物は原則として公表年が基準になります(著作権法51条、52条)。

 

 さらに、経過措置との関係で、死後70年経過していなくともパブリックドメインになっている(許諾なく利用できる)可能性があります。著作権の保護期間が(映画以外の著作物について)70年に延びたのは平成28年改正です。その施行時(平成30年=2018年12月30日)に期間満了で著作権が消滅している著作物は、改正前の保護期間(映画以外の著作物は死後50年)の延長はありません。

 

 具体的には、1967年12月31日までに死亡している作家等の実名公表した著作物は遅くとも2017年12月31日までに保護期間が満了していますので、パブリックドメインになっています。

 死後70年、保護されるのは1968年1月1日以降に死亡した作家等のみですので、注意してください。

  

 ただし連合国の国民が第二次大戦前または戦中に取得した著作権については戦時加算があるため、例えば1967年死亡の作家等が実名公表した著作物の著作権が平成28年改正法の施行時に消滅していない(よって70年に延長される)可能性があります。

 

 要するに、その作家等の死亡年と、戦時加算の適用の有無によって結論が変わりますので、「死後70年経過していればその作品を許諾なく利用できる」という理解は正確ではありません。