知財弁護士の本棚

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企業法務を専門とする弁護士です(登録25年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

弁護士 木村耕太郎のブログ

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前回記事のつづきである。

https://ameblo.jp/kimuralaw/entry-12565263676.html


前回、紹介した知財高裁令和元年6月7日判決・平成30年(ネ)第10063号(炭酸パック事件)は、特許法102条2項および3項に関する事件であった。


今回、紹介する知財高裁令和2年2月28日判決・平成31年(ネ)第10003号(美容器事件)は、特許法102条1項に関する。


発明の名称が「美容器」なので美容器事件としたが、この商品は、「美顔ローラー」「美容ローラー」「小顔ローラー」「マッサージローラー」「コロコロ」など実に様々な名称で呼ばれている。数千円以下のものから高いものは数万円もする。我々、男性には、ちょっと意味の分からない種類の商品である。


同種の商品でありながら価格帯が幅広い、というところがこの事件のポイントである。原告製品は判決文によれば2万3800円(税抜)、被告製品は「実際には3000円ないし5000円程度の価格で販売されている」。


判決は、102条1項ただし書(令和元年改正前)の「販売することができないとする事情」につき、


 

「侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいい,例えば,①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当するというべきである。」

 

として、①のあてはめとして、以下のとおり判示している。

 

「原告製品は,大手通販業者や百貨店において,23800円又はこれに近い価格で販売されているのに対し,被告製品はディスカウントストアや雑貨店において,3000円ないし5000円程度の価格で販売されているが,このように,原告製品は,比較的高額な美容器であるのに対し,被告製品は,原告製品の価格の8分の1ないし5分の1程度の廉価で販売されていることからすると,被告製品を購入した者は,被告製品が存在しなかった場合には,原告製品を購入するとは必ずしもいえないというべきである。したがって,上記の販売価格の差異は,販売できない事情と認めることができる。」


102条2項の推定覆滅事由に関して知財高裁令和元年6月7日判決も上記①から④と似たような表現を用いていた。しかしよく見ると、知財高裁令和元年6月7日判決では「特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)」と言い、「価格」の相違については明確に言及していない。


どちらかと言うと、原告製品と被告製品に価格差がある(大きい)場合にこそ特許法102条1項の存在価値があると思われ、価格差があることが102条2項の推定覆滅事由になるのはよく分かるが、102条1項ただし書の「販売することができないとする事情」とすることには、若干、躊躇を覚える。



従来は主に、「販売することができないとする事情」として②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力が想定されていたと思う。



また④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することについては、寄与率の問題なので、私見では相当因果関係の問題として102条1項の外側で扱えばよく、「販売することができないとする事情」に含める必要はない。

寄与率の問題を「販売することができないとする事情」に含める考え方もたしかにあるが、そうすると102条1項と2項とで統一的な議論ができないので、どうかなと思う。




 今年(2020年)4月に施行された改正民法(債権法)はなんでこんなに難しいのかというと、旧法と改正法とで、条文が対応していないからだろう。


 部分的な修正で済まされ、条文番号が動いていないところはよい。しかし、完全に削除された条項があり、その後にまったく別内容の条文が入っている箇所がある。ほぼ同内容で条文番号がずれている場合もある。

 

 たとえば元の条文が3か条あったとすると、1つは完全に削除され、残った2つが1か条に統合され、新たな条文が2つ追加され、結果、条文の数は同じ、というようなやり方をしている。

 

 「新旧対照条文」なるものは、単に、条文番号で対比しているだけなので、内容的に「新旧」が対応していない箇所が多々あり、あまり役に立たない。条文番号ではなくて、内容で対比した(内容上の対応関係を示した)対照表を作ってくれたらよいのに、と思う。

 

 上記のややこしさは、売主の担保責任(旧法560条から572条あたり)の規定の改正において顕著である。


 そうした中で、法務省のHPの一般向け解説はなかなかわかりやすい。解説書はいろいろあるが、「一問一答民法(債権関係)改正」がやはり一番良い。


 旧法において売主の担保責任は目的物の「瑕疵」に関するもので、瑕疵には「権利の瑕疵」と「物の瑕疵」があり、一般に「瑕疵担保責任」と言えば、物の瑕疵に関する担保責任(旧570条で準用される566条)をいう(内田貴「民法Ⅱ」122頁)。


 「瑕疵」とは目的物に何らかの欠陥があることであり、 「隠れた」瑕疵とは取引上要求される一般的な注意では発見できないことを意味し、買主には善意・無過失が要求される(判例・通説)という(内田132頁)。


 今回の改正について、多くの解説では「瑕疵」を契約内容不適合に変えたことがポイントであると説明している(改正法562条~564条)。しかし、最近の判例では「瑕疵」が実質的に「契約の内容に適合しないこと」であると解釈されているというのであり(一問一答275頁)、そうであるなら、ここは表現を変えただけで意味は変わっていない、つまり重要な改正ではないということになる。むしろ「隠れた」の要件を削除したことが重要な改正点ではないだろうか。


 法定責任説によれば、瑕疵担保責任は、特定物の売買において、買主に本来は(=債務不履行の一般理論では)認められない救済を特に与えるものであるゆえ、「隠れた」の要件を課することは整合性があるような気がする。


 改正法が契約責任説を採用したことは、損害賠償・解除に関して一般の規定を適用するとした新564条から明らかであるが、「隠れた」の削除も、契約責任説の帰結なのであろうか。


 担保責任の規定は任意規定であると言われる。今回の改正の影響で、契約実務においても、目的物が「契約の内容に適合しないとき」といった表現がよく見られるようになった。

 しかし、「瑕疵」という表現を使っていけないということではないし、むしろ「契約の内容に適合しない」より「瑕疵」とか「不具合」の方がわかりやすい場合が多いと思われ、無理に改正法の表現を使う必要はない。


 最近見た英文契約でも「明らかな瑕疵」(patent defect)と「隠れた瑕疵」(latent defect)について規律を分けるものがあったが、それで特に問題はなかった。


 商人間の取引では受入検査を行うが、受入検査において、通常の注意力を払っても見つからないような瑕疵が「隠れた瑕疵」であろう。非常に分かりやすい概念で、むしろこれを区別する方が合理的であるように思われる。


 担保責任に関する今回の改正はいろいろあるが、いままで権利の瑕疵と物の瑕疵で扱いに大差がなかったのに、改正法では、権利の瑕疵(新565条)については、1年の期間制限(新566条)は適用されない(消滅時効にかかるだけ)(一問一答284頁)。


 したがって、今後は、物の瑕疵と権利の瑕疵の区別が重要となる。そんなのはっきりしてるじゃないかと思うかもしれないが、判例は、土地に行政法上の利用制限があったため建物を建てられなかったケースを物の瑕疵に含まれるとしており、そう簡単ではない。


 知財の実務でよく問題になるのは、目的物が他人の知的財産権を侵害しているケースに担保責任が適用されるかだ。判例はなく、文献も極めて少ないが、実務家の間では、旧570条が適用されるのではないかと言われていた。これが仮に権利の瑕疵の問題だとすると、1年の期間制限が適用されないことになり大違いだ。


 しかし突き詰めて考えると、目的物が他人の知的財産権を侵害することは物の瑕疵でも権利の瑕疵でも、どちらでもないのではないか。むしろ「契約の内容に適合しない」ことを要求する今回の改正で、より明らかになったように思われる。


 また今回の改正で、売主の担保責任と請負人の担保責任をなるべく同じものとした点は高く評価できる。売買と請負の区別は相対的なもので、シームレスという思想があるのだろう。


 同じ1年の期間制限でも、旧法では、売買は「事実を知った時」から1年以内に権利行使をする、ただし商法526条により「瑕疵を発見したときは、直ちに」かつ引渡しから6月以内に通知することを要する。これに対して請負では、引渡しから1年以内に権利行使をすることを要する(旧637条)。土地の工作物についての特則もあった。


 改正法では、売買、請負いずれについても、不適合を知った時から1年以内にその旨(不適合の事実)を通知すればよいことになった。商人間の売買では、直ちにかつ引渡しから6月以内に通知することを要する商法526条の規定も引き続き適用される。今回の民法改正による通知内容と商法526条の通知内容はほぼ同じものと解される(一問一答285~286頁)。


 契約上の注意としては、売買にせよ請負にせよ「知った時」基準では売主・請負人の立場が不安定になるということである。「1年」でも「2年」でも「保証書記載の期間内」でもよいが、売主・請負人しては、とにかく引渡時を基準にするべきであろう。




 


 


 

以前に(10数年前か)弁理士さんたちと行った勉強会で、「アメリカにはグラハム判決があるのに、日本には進歩性に関する基本判例がない」とおっしゃった方がいた。

   

アメリカ最高裁の1966年の判決であるGraham v. John Deereは基本判例とされているが、その内容自体は簡単なもので、進歩性判断についての近時のわが国の裁判実務のような精緻なロジックを示すものではない。しかしながら、基本判例が存在するという、そのこと自体に意味があるのだというようなことを、その方は主張しておられた。

   

その後、知財高裁平成21128日判決・平成20年(行ケ)10096号【回路用接続部材事件】が現れたとき、一部の専門家は、大変注目すべき重要判例が出たように、もっともらしいことを述べていた。

   

回路用接続部材事件は、特許発明の課題を重視する考えを打ち出したもので、もっと言うと(そこまではっきり書いていないが)特許発明と引用発明の課題の共通性を重視する見解ではないかと思われる。平成21年から23年ころの知財高裁の判決には、特許発明の課題を重視する態度を前面に出したものが目立つ。

   

しかし、(このブログで述べたことがあったか覚えていないが)特許発明と引用発明の課題の共通性をあまり重視するのは、端的に言うと間違っていると、個人的には考えている。理由は、理科大の講義などで話したことが何度かあるが、ここでは書かない。KSR事件として知られる2007年のアメリカ最高裁判決は、特許発明と引用発明の課題の相違を重視して非自明としたCAFC判決を取り消した。

   

回路用接続部材事件の一時期のブームの後、同判決が基本判例として定着したと言えるのかは疑問がある。

   

最近、注目されている判例が2つある。

   

1つは、知財高裁平成30413日判決・平成28年(行ケ)10182号、10184号【ピリミジン誘導体事件】であり、進歩性判断における引用発明の適格性に関するもの。大合議判決として、初めて進歩性に関する論点を取り上げた。化合物の発明において、副引用発明が相違点(化合物の構造の一部)に係る上位概念(2000万通り以上の組み合わせ)を開示しているという事案である。

   

本判決は、主引用発明を認定し、本件発明との一致点・相違点を認定し、副引用発明から相違点を埋めるような組み合わせ・置換を論理づけできるかを検討する、という近時の実務で定着したロジックを確認しているほか、「①主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆、技術分野の関連性、課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して、主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに、②適用を阻害する要因の有無、予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断することとなる。」という部分が一般論として役に立ちそうだ。

   

メインの論点については、「当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され、当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には、特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り、当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず、これを引用発明と認定することはできない」としているが、これはむしろ当然か。

   

隠れた論点?として、容易想到性(進歩性なし)を基礎づけるのに、主引用発明(甲1発明)を選択したことの合理的理由が必要かが争われた。判決は何も判示していないから、「言うまでもなく不要」ということであり、これが現在の実務だ。塚原朋一先生の「特許の進歩性判断の構造について」(片山英二先生還暦記念論文集「知的財産法の新しい流れ」417頁)が、唯一の必要説かと思われる。ここは、不要説でよいのではないか(なお上記塚原論文自体は傑出した論文であり、是非読むべきである)。

 


もう一つの判例は、最高裁令和元年827日判決・平成30年(行ヒ)69号【アレルギー疾患用点眼剤事件】であり、進歩性判断における顕著な作用効果に関するものだ。判決の内容は他の論文などに譲る、というか原文を見た方が早い。

   

この判決の位置づけは難しく、単なる事例判決かもしれない。高橋淳先生は、進歩性に関する審決取消訴訟の判決が、実体判断の誤りを理由として最高裁により取り消されることはないという長年の特許実務家の常識を打ち破った判決であると述べている(知財ぷりずむ20203月号1頁)。たしかにおっしゃるとおりだ。しかし常識を打ち破ったかもしれないが、内容が単なる事例判断であることと別に矛盾はしないので、常識外だから重要判例とも言いきれない。実務家にとっての重要判例とは、何らかの基準を明確に提示しており、他の事件に応用可能であるような判例である。

   

顕著な作用効果については2つくらい論点がある。論点1は、独立要件説と二次的考慮説と呼ばれるもので、清水節先生の特許判例百選【第5版】69事件解説が大変、わかりやすい。独立要件説とは、たとえ相違点にかかる構成が容易に想到できるとしても、当該発明の効果が予測しがたい顕著なものであるときは、これを独立の要件と見て進歩性を認める見解である。これに対し、二次的考慮説とは、発明の進歩性は、構成の容易想到性を意味するが、その論理付けの際に、当該発明の効果も二次的な考慮要素となるとの見解である。

   

二次的考慮説というと、アメリカ法のsecondary considerationsを連想してしまうが、どうも直接の関係はないと考えた方がよさそうだ。

   

自分の感覚としては、まさに二次的考慮説なのだが、下級審判例や学説は独立要件説が優勢なようである。

   

アレルギー疾患用点眼剤事件の最高裁判決がどうなのかと言うと、高橋淳先生によると、独立要件説を前提にしているとのこと(知財ぷりずむ20203月号3頁)。そこまではっきり書いていないような気もするので、もう少し考えてみたい。

 

  

顕著な作用効果についての論点2は、作用効果が「顕著」というのは、従来技術(引用発明)の作用効果と対比してなのか、引用発明を組み合わせた構成から予測される作用効果と対比してなのかという論点がある。拙稿「知的財産法エキスパートへの道(36回)特許権の実体的成立要件(4)進歩性」知財ぷりずむvo.10 No.11320122月号)87頁で触れたり、理科大の講義では何度か話をしたことはあるが、あまり知られていないマイナーな論点だ(当然①だと思っている人が多い)。

   

本判決は、①説を前提とするが、従来技術と言っても、あくまで引用発明に記載された作用効果を問題とすべき、としたものだろうか。

   

本判決は、基準を一般論として定立していないし、進歩性判断の数ある問題のうちの、顕著な作用効果に関することだけに関するものである。だから単なる事例判決であって大して重要ではないかもしれないし、もしかしたら重要なメッセージが隠されているかもしれない。よくわからない、位置づけが難しい判決というのが正直なところである。