著作物の引用 | 知財弁護士の本棚

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企業法務を専門とする弁護士です(登録30年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

 知財ぷりずむ4月号の原稿は、著作物の引用について書いた。


 著作権法32条1項は


「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」


と定めているが、この解釈が難しい。


 長らく基本判例とされている最高裁昭和55年3月28日判決(ただし旧法事件)は

①明瞭区別性(引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができること

②主従関係(上記両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があること)

③著作者人格権を侵害するような態様の引用でないこと

の3つの要件を示した。


 その後の下級審は①、②の要件のみを踏襲している。


 問題は、最高裁判決が示した「明瞭区別性」、「主従関係」の2要件と、著作権法321項の規定する「公正な慣行に合致する」、「引用の目的上正当な範囲内」であるという要件との関係がはっきりしないことである。


 考え方としては、(A)「公正な慣行」、「正当な範囲内」は「明瞭区別性」、「主従関係」とは別個の要件と考える、(B)「公正な慣行」、「正当な範囲内」の要素として「主従関係」を考慮する、(C)「主従関係」の要素として「公正な慣行」、「正当な範囲内」を考慮する、といった方向性が考えられる。

 裁判例の多くは(C)によっていると思われるが、いかにも不自然であり、これは、最高裁判決が厳然として存在するためにやむを得ずそうしているという面がある。これを中山先生の教科書では最高裁判決の「呪縛」と言っている。


 近時は、「明瞭区別性」、「主従関係」の呪縛から脱却して、条文の文言に忠実に要件構成しようとする裁判例も現れてきている。東京地裁平成13年6月13日判決(絶対音感事件)とのその控訴審(東京高裁平成14年4月11日)がそれである。さらに、最近の知財高裁平成22年10月13日判決(美術鑑定書事件)も同様である。


 これらの問題を考えるにあたって、よく引用される基本文献として以下のものがあるので一読をお勧めする。

(1)上野達弘「引用をめぐる要件論の再構成」半田正夫先生古稀記念論集「著作権法と民法の現代的課題」(法学書院、2003年)307332

(2)飯村敏明「裁判例における引用の基準について」著作権研究269196頁(2000年)