生産アプローチと消尽アプローチ | 知財弁護士の本棚

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企業法務を専門とする弁護士です(登録30年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

 大事な訴訟で勝訴判決を得たので、ニヤニヤしている。


 さてリサイクル品に対する特許権の消尽について、学説を「生産アプローチ」と「消尽アプローチ」という整理により分ける人がいる。


 非常にわかりづらい用語であり、どうしてこういう用語が普及してしまったのか、残念である。江戸から京都に行くのに「東海道アプローチ」と「中山道(なかせんどう)アプローチ」があるというなら理解できるが、「東海道アプローチ」と「京都アプローチ」があると言われても理解できないのと同じことである。


 横山久芳教授の造語らしいのであるが、特許判例百選[第三版]62事件の解説を見ると、生産アプローチは、消尽理論によって免責されるのは「使用」や「譲渡」であって、「生産」は消尽理論では免責されないことに着目するという。これに対して消尽アプローチは、特許製品の変形行為が「生産」と評価できない場合でも、社会通念上想定されうる範囲を超えた「使用」には特許権の権利行使を認めるものである。


 であるなら、「生産アプローチ」と「消尽アプローチ」ではなく、「生産アプローチ」と「使用アプローチ」と言ってくれれば良かったと思う。(ただし、横山教授の解説そのものは大変わかりやすく、素晴らしいと思った。)


 もう少し端的に言うと、生産アプローチというのは、物理的(または化学的)破壊ないし変形があって初めて「生産」と認め、特許権の権利行使を認める考えと思う。高林龍教授の判例時報1940号140頁の評釈を読んでそのように理解した。


 これに対して、消尽アプローチは、物理的破壊ないし変形がない場合でも、たとえば使用済み注射針のリサイクルのような、社会通念上効用を喪失した物の再生品についても権利行使を認める考え方である。


 私は、使用済み注射針のリサイクルのような事案は、薬事法や医師法で規制すればよく、特許権の消尽と関係付ける必要があるのか疑問に思っている。つまり生産アプローチを支持したい。


 最高裁平成19年11月8日判決(インクタンク事件)は、特許権者が流通に置いた特許製品と「同一性を欠く特許製品が新たに製造」されたと認められるときは消尽せず、権利行使できるとしており、一見、生産アプローチを採っているように見える。しかし仔細に検討すると、物理的(または化学的)破壊ないし変形があって初めて「製造」と認める考え方ではない。また、特許法上の「実施」の一つである「生産」という言葉を注意深く避け、敢えて「製造」という言葉を使っている点からしても、横山教授の分類による生産アプローチとは異なると思う。