相殺の準拠法 | 知財弁護士の本棚

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企業法務を専門とする弁護士です(登録30年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

 昨日は東弁の国際取引法部の講演会に出席した。


 講師はあの北澤安紀先生(慶応義塾大学教授)だというので速攻で「出席」にマルをして出した。北澤先生は美貌の国際私法学者なのである。


 テーマは「契約債務の準拠法に関する欧州議会及び理事会規則」(略してローマⅠ規則)、とりわけ相殺の準拠法に関する17条の規定について。


 法の適用に関する通則法(平成18年)を作ったとき、EUの立法作業をにらみながら作ったのであるが、日本の方が先にできてしまったため、結果としてEU法とは違う内容になったところが結構あるそうである。


 相殺の準拠法については(1)累積的適用説(自働債権の準拠法と、受働債権の準拠法の両方で要件を満たすときのみ相殺を有効とする)と(2)受働債権準拠法説とがあり、(1)がわが国の伝統的通説、(2)が最近の有力説。


 法制審議会の議論では(2)が有力だったが、結局、議論がまとまらず立法化は見送ることになった。


 そもそも「相殺」の概念について、(a)要件を満たせば意思表示を要せずに当然に相殺の効力が生じるという法制(フランス、イタリア)、(b)要件を満たすときに、一方当事者の意思表示で相殺の効力を生じる法制(ドイツ、オランダ、日本)、(c)司法手続においてのみ相殺できる法制(イギリス)とがあり、「相殺」の概念が各国まちまち、また(a)の法制では自働債権と受働債権とを区別しないのでそういう用語もないらしい。


 しかしローマⅠ規則では、結局「合意による相殺の場合を除き」受働債権の準拠法によるとされた。「受働債権」は英語版ではthe claim against which the right to set-off is asserted である。日本法に則して解すれば 「受働債権」という訳になるというだけである。じゃあ「受働債権」の概念のないフランスではどうやって訳すんだとか、突っ込まないでもらいたい。


 いやはや奥が深い。国際私法学者というのは英語、フランス語、ドイツ語と全部できる人たちなんである。実にアカデミック。


 とにかく北澤先生に久しぶりにお目にかかれてよかった。