会社分割の濫用(2) | 知財弁護士の本棚

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企業法務を専門とする弁護士です(登録30年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

 リーチレター2月号には「システム開発の落とし穴」と題する記事を書いたが、3月号には「濫用的な会社分割への対抗策」という記事が掲載される予定である。


 質問、それに対する簡単な回答、解説という3段構成で書いて、なるべく読みやすいように工夫しているつもりである。


 今回はこんな感じだ。


 

「当社は、数年来の取引先であるA株式会社に対して食品原料の売掛債権を有していますが、支払いを何度も引き延ばされ、いつになっても払ってくれません。聞くところによるとA社は食品事業の業績不振のため債務超過に陥ったらしく、事業再建と称して、業績好調な化粧品事業を切り離して会社分割を行い、新たにB株式会社を設立しました。A社とB社とは、ほぼ同一と言ってもよい紛らわしい会社名です。なお会社分割について、債権者である当社に対して通知や説明などはありませんでした。分割後のA社は食品事業をしばらく継続していましたが、最近では休眠状態になっています。A社またはB社を相手方にして法的手段を講じようと思いますが、当社の売掛債権を少しでも多く回収するためには、どのようにしたらよいでしょうか。」

 

 新設分割がなされる場合、分割後、元の会社(新設分割会社)に対して債務の履行を請求することのできなくなる債権者は、新設分割に対して異議を述べることができる(会社法81012号)。このような債権者のうち「知れたる債権者」に対しては、個別の催告をしなければならない(会社法8102項)。

 ところが、設問の会社分割において、A社の食品事業の債権者は元の会社(A社)に対して分割前と同じように請求ができるため、会社分割に対して異議を述べる権利は与えられず、個別の催告もされない。


 条文を読むと、会社法は、不採算部門を切り離して会社分割を行う形での濫用事例を想定して、債権者の異議の仕組みを作ったような気がする。江頭先生の教科書を読んでも、不採算部門を切り離すことを想定しているように読めた。


 しかし現に行われている再建スキームは、優良部門を切り離して会社分割をする設問のような事例が多いようだ。あるいは、優良部門と不採算部門という区別がない場合でも、金融機関への債務は元の会社に残すといったスキームである。


 優良部門を切り離す形の会社分割については、元の会社(新設分割会社)に残された債権者は会社分割に異議を述べることができず、会社分割無効の訴えも起こせない。この点は、承継された資産に見合う新設分割設立会社(B社)の株式を分割の対価として新設分割会社(A社)が取得するため、新設分割会社の総資産額に帳簿上の変動はなく、したがって新設分割会社の債権者は害されないはずだというように説明されている。・・・本当かなー、と普通思うだろう。 不採算部門のみが残されたA社から順当に債権を回収できるとは思えない。


 そこでB社を相手にして権利行使できないかということになる。


 まず、A社とB社がほぼ同一の相紛らわしい会社名(商号)を用いていることに着目すれば、会社法22条1項の類推適用が考えられる。これは、事業の譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合に、その譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うことを定めた規定である。本来は事業譲渡の場合に適用される規定であるが、特段の事情がない限り会社分割の場合にも類推適用される(最高裁平成20610日判決・判例時報2014150頁)。


 ただし、B社が食品事業に関する債務を承継しない旨を関係各位に通知して説明していたような場合は「特段の事情」があるものとして類推適用が否定されB社は責任を負わない可能性がある。


 また、B社を訴えて民法424条の詐害行為取消権を行使することにより、A社からB社に承継された資産額の範囲内で、B社に対して直接、支払いを求めることができる。最近、最高裁は、新設分割設立会社に債務が承継されず、新設分割について異議を述べることもできない債権者は、詐害行為取消権を行使して新設分割を取り消すことができるとしている(最高裁平成241012日判決)。


 この最高裁の事例は不動産の所有権移転登記の抹消を求めた事案であるので、この最高裁の事例だけだと、金銭債権の場合に直接、自己に払うように求められるのかよく分からないところもあるが、今までの下級審裁判例や学説も総合すると、上記のように言えると思う。