ダブルトラック問題について(2) | 知財弁護士の本棚

知財弁護士の本棚

企業法務を専門とする弁護士です(登録30年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

 特許の有効性について裁判所と特許庁の両方が判断権限を有するため、審理の重複(ムダ)や矛盾が生じるいわゆる「ダブルトラック」問題は、知財高裁平成20年7月14日判決 がきっかけになって、急に注目を浴びるようになりました。

 この事件では、「生海苔の異物分離除去装置」という、結構有名な特許侵害の事件において、原告特許権者勝訴の判決が確定した後、被告が起こした何回目かの無効審判請求がやっと認められて確定しました。そのため、再審事由(民事訴訟法338条1項8号)あり、つまり「特許権者が勝訴した確定判決は、初めからなかったことにする」ということになったものです。


 現行法の適用としては、そうならざるを得ないわけですが、無効理由の主張なんて被告は侵害訴訟の中でいくらでも言えるわけです。侵害訴訟で負けが確定しても敗者復活戦が何回でもできるというのは、どうなのでしょう。価値判断として「そりゃあんまりひどいじゃないか」と多くの人が思ったわけです。


 現在、いろいろな所で議論されているようですが、解決の方向性としては、大きく言って(1)裁判所の権限を拡大する(特許庁の権限を縮小する)か、(2)特許庁の権限を拡大する(裁判所の権限を縮小する)か、2つしかありません。


 以前の記事 で触れた村林隆一先生(弁護士)の私案は知財ぷりずむ2009年4月号9頁以下「ダブルトラック問題の解決方策案」に掲載されています(私は昨年に拝見しました)が、村林先生の案は、(2)裁判所の権限を縮小する方向です。


 村林先生の案は、無効理由によって、裁判所に特許無効の訴えを提起する場合と、特許庁に特許無効審判を請求する場合とを分けるというのが特徴です(特許法104条の3は廃止)。


 たしかに、「特許庁が得意な無効理由」と「裁判所が得意な無効理由」というのはあります。事実認定の訓練を受けていない審判官に公知・公用(29条1項1号、2号)の判断を任せられるとは思いません。冒認出願など権利の帰属に関する無効理由も、村林先生が指摘されるように、たしかに裁判所に任せたいと思います。反対に刊行物公知(29条1項3号)は、できれば審判官に判断してもらいたいと思います。36条(明細書の記載要件)に至っては、現在の裁判所は、はっきり言って「でしゃばりすぎ」です。キルビー判決(平成12年)の直後は裁判所は特許を無効とすることに慎重だったのですが、今の状況は「俺は何でもわかるんだ」という感じで、ひどいものです。


 しかし、無効理由の種類によって裁判所と特許庁の権限分配をする案は、実際には難しいと思います。例えば、今、私が被告側でやっている侵害訴訟で、29条1項1号(公知)による無効理由と3号(刊行物公知)に基づく進歩性欠如をともに主張している事案がありますが、もちろん両者は密接に関連しています(無効審判は請求していません)。「1号、2号は裁判所、3号は特許庁」(村林先生の提案)などとしたら、かえって審理の重複と矛盾が生じます。無効理由の種類によって裁判所と特許庁の権限分配をする案を唱えているのは、私の知る限り村林先生だけで、着眼点はよいと思いますが、支持する見解はないようです。


 ラジカルな考えとしては、無効審判制度をなくしてしまえ、という意見もあります。しかし、無効審判の廃止には(特許庁の審判官たちのみならず)産業界も反対しているとのことであり、実現の見込みは低いでしょう。私も無効審判の廃止は反対です。


 おそらく、侵害訴訟の提起後は、被告は無効審判の請求ができず、侵害訴訟の中で争わなければならない、という制度になるものと思われます。無効審判の除斥期間(登録後一定年数を経過すると審判請求できなくなる制度)も復活するかもしれません。


 これに対しては被告が「ダミー」を使う、つまり関係者に第三者を装わせて請求させることにより制限が回避されてしまうという反論があります。しかし、無効審判の請求は現在は「何人も」(誰でも)できることになっていますが、以前のように、利害関係人だけが請求できる制度に戻すことによって解決できます。



 また、原告特許権者側も、訂正のできる回数が制限されることになるでしょう。