分割出願の謎 | 知財弁護士の本棚

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企業法務を専門とする弁護士です(登録30年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

 特許法で「分割出願」(特許法44条)ほど難しいものはありません。あまりに難しいから、学生にも教えません。


 分割出願の要件について、東京高裁昭和61年12月2日判決は次のように言っています。わりと有名な判例です。


 


 「いわゆる一発明一出願主義の下において、二以上の発明を包含する一個の特許出願をした出願人に対し、当該特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とするという手続をとらせ、新たな特許出願は原出願の時にさかのぼつて出願したものとみなすことによつて、原出願とは別個に特許を受けることができるものとした分割出願制度の趣旨及び特許法第四四条の規定に照らすと、分割出願が適法であることの内容上の要件としては、(甲)分割前の原出願がその願書に添附した明細書又は図面の記載において二以上の発明を包含し、分割出願に係る発明がその二以上の発明の一部であること、(乙)分割出願に係る発明と分割後の原出願の発明とは同一でないことを要するものと解される」


 上記の表現と違うのですが、一般的に言われているような分割出願の要件は、おおむね以下のようなところです(人によって若干表現が違います)。


 ①分割出願に係る発明が分割直前の明細書・図面に記載されていること。

 ②分割出願に係る発明と、原出願に係る発明とが同一でないこと。

 ③分割出願に係る発明が、原出願の当初明細書・図面に記載されていること。



 上記の東京高裁昭和61年12月2日判決の事案では、オプティカルファイバーの材料を原出願の「透明固体材料」から分割出願の「透明ガラス」にしたことが、②の要件に反するとされました。


 ここで注意すべきは、①と③については、「分割出願のクレーム」と「原出願の明細書・図面」とを対比しているということです(ものすごい昔の実務は違うのですが、それは省略)。これに対して、②は、「分割出願のクレーム」と「原出願のクレーム」とを対比しています。


 ②については、平成6年の審査基準の改正により、「同一」の場合は分割要件違反とせず、39条2項を適用して、出願人にどちらかを取下げさせる扱いになりました。

 難しいのは、平成6年の審査基準の改正前後で、特許法44条自体は変わっていないということです。

 法改正があったわけでないのに、審査基準が変わっただけで特許法が変わったことになるのか疑問があるとされています。

 また39条2項は出願中しか適用がないので、登録後に②の要件違反が問題になったらどうなるのかという問題があります。


 上記東京高裁昭和61年12月2日判決のようなケースが今出てきたら裁判所がどう扱うのか、実はよく分かっていません。


 詳細は省略しますが、上記と逆の「上位概念取り出し型」の場合は①または③の要件を満たさないとされる場合が多いようです。


 次に、実務上、分割出願と同日に原出願の補正を行い、たとえば実施例の一部を削除し、原出願で削除したその実施例を分割出願で残すような場合があります。

 この場合、①の要件に反するとはされていないようです。つまり、原出願の同日補正は、分割出願の次の日以降に原出願を補正したのと同じことになります。





 ③の要件は、分割出願の効果が原出願の出願日に遡るという効果から、解釈上、必要とされています。

 竹田稔監修「特許審査・審判の法理と課題」475頁では、現行法上、要件③を満たせば要件①を満たすとしていますが、私にはよくわかりません(俄かには同意しかねます)。


 ときどき「分割出願は補正の一種」という人がいます。特に平成5年改正(補正の新規事項追加禁止)前はそういう雰囲気が強く、「分割要件と補正要件は一緒」というような暗黙の理解があったようです。少なくとも現在は、「分割出願は補正の一種」というのは誤りです。平成5年改正前でも厳密には誤りだと理解していますが、異論があるかもしれません。私は、あくまで比喩のようなものだと思います。


 とにかく、弁護士でも弁理士でも「分割出願」をすっきり理解している方にお目にかかったことがなく、個々の論点で「こうじゃないかなあ?」とやっているのが実情です。