ウィーン売買条約の解説(3) | 知財弁護士の本棚

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企業法務を専門とする弁護士です(登録30年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

 ここから、段々、面白くなりますよ。


 外務省が作成した条約の日本語公定訳は、こちら。

 http://www.mofa.go.jp/MOFAJ/gaiko/treaty/treaty169_5.html


 外務省の「解説」は解説になっていない。条文をコピーしただけ、何の役にも立ちません。


 さてウィーン売買条約(CISG)の特徴として、契約当事者によって適用排除が可能であることがあげられる(6条)。「ウィーン売買条約は適用しない。」と書けば、適用を免れるのである。


 実際、英米の弁護士が書いた契約書では、ウィーン売買条約の適用を明示的に排除していることが少なくない。


 

 なぜ、それほど嫌われるのか?理由があるのか?日本企業としては、やはり排除した方がよいのか?といったことに読者は興味を持たれるであろう。


 文献①のジュリスト17頁以下では、アメリカの実務家がなぜ条約の適用を排除するのかについての研究を紹介しており、面白い。「よく分からないものよりよく分かるものを好むのは合理的であること、経験のないCISGに取り組もうとすれば調査の時間と費用がかかるため少額の事案では割に合わないこと」。至極もっともである。

 

 結論として、私は適用を排除した方がよいと思う。理由の1は、ウィーン売買条約の特徴である解除権の厳しい制限のほか、黙示の保証的な規定などの存在。後者は特に、売主側にとって不利に働く可能性が高い。

  

 理由の2は、調査の負担の増大。ウィーン売買条約は締約各国の裁判所によって適用され、加盟国は外国の判例も参照すべきことになっている。判例が突出して多いのはドイツ、次いで中国であるという(文献①14頁)。日本企業とアメリカ企業が契約を締結しようとするとき、ドイツと中国の弁護士を雇う余裕がありますか、という話である。


 この点、NBL887号24頁は、「日本企業は、国際私法による準拠法指定に伴う不確実性のコストおよび外国法が準拠法に指定された場合のコストを回避することができる」「多様な外国法制に対応する必要がなくなる」と書いているが、とんでもない間違いであると思う。条約によって「不確実性のコスト」は増大するのである。


 理由の3は、ウィーン売買条約の対象領域の狭さ、特に契約や条項の有効性については対象としていない点。したがって、有効性の問題は、「本契約はウィーン売買条約による」と書いても、いずれかの国内法によるのである。そんな中途半端なことならば初めからいずれかの国内法を準拠法と指定した方が簡明である。


 さて、「ウィーン売買条約は適用しない。」と書けば排除されるのは間違いないが、黙示の排除ということもあるのか。

 条約には、排除は「黙示でもよい」とは書いていないが、かと言って「明示に」なされることも要求していない(文献③6263頁)。


たとえば「イングランド法を準拠法とする」という規定。このように、非締約国を準拠法として選択する場合はCISGの適用を排除する合意と解されると考えて問題ないようである(文献①7頁、40頁)



問題は「日本法を準拠法とする」のように、締約国を準拠法として選択する合意が、CISGの適用を排除する合意と解されるか否かである(文献①78頁。同16頁、40頁も参照)。


同じく締約国である「イタリア法を準拠法とする」につき、CISGの適用を排除する黙示の合意としたイタリアの仲裁事例(日本企業が当事者であった)がある(文献①16頁脚注20))。一方で、「ニューヨーク州法を適用する」では黙示の排除とならないという学説がある(文献③63頁注5)。