ことごとくヒロシの希望を打ち壊して車は進む。
民宿山小屋を通過してからはヒロシはうつむいたまま動かなくなった。
観念したのだろう。
むなしく車内に響く「翼の折れたエンジェル」が終わるころ、靖史が「そろそろやで」と言った。
俺はやっと飯が食えると思って少しは気分が上がったが、ヒロシは無反応だ。
しかしこの後、ヒロシをまたも落ち込ませる出来事が起こるとは、さすがに予想していなかった。
車はその後数分で靖史の家に到着した。
「ついたでー。飯や飯ー!」
割りと大きな敷地の家だった。
靖史はガレージ前に車を移動させ、車を止めた。
俺と靖史は早速車を下りたが、早く密室から開放されたかったはずのヒロシがなかなか車から下りない。
「早く下りろよヒロシ」
俺がそう言うとけだるそうにドアを開けた。
靖史のあとをついて玄関をくぐると、靖史は「おかーん!朝飯三人前ー!」と大きな声を出した。
家の奥からは「ただいま位言わんかーい!」と母親らしき女性の声が聞こえてきた。
俺達は靖史に促されて居間に通された。
大きな木製のテーブルがあり、「まぁ座れや」と言われた。
俺達が座るとすぐに母親が部屋に入ってきた。
「おはよう!あら、初めて見る顔やん。靖史の友達?」
声の大きな母親だ。靖史には似ておらず、美人だ。
俺は「靖史に誘拐された少年です。お腹空いてます」と答えた。
俺の言葉を聞いて、正面に座った靖史が笑った。
「そっちの赤い坊主君も誘拐されたん?」
靖史の母親は冗談の分かる気さくな人だった。
ヒロシは上目遣いで母親を見ながら黙って頷いた。
「おかん、ええからはよ飯」
「あんた、ほんまに誘拐してきたんか?」
「んなワケないやろ。こちつらに飯食わせろって脅されたから連れてきたんや。俺が被害者やっちゅうの」
靖史と母親の冗談めいたやり取りが少し続いたあと、母親は台所に戻り、俺達の分の朝食を出してくれた。
深く詮索するわけでもなく、当たり前のように出してくれた。
きっとこういう突拍子も無い状況は初めてではないのだろう。
俺の母親と同じで、デキの悪い子を持つと親が大変だという典型的な光景だった。
腹だけは正直なもので、ご飯が出されると、ヒロシは少し元気になった。
その後男三人して競い合うようにご飯をお代わりしたのだった。
「ごちそうさまでした」
俺が食べ終わった茶碗を台所に持って行くと、靖史の母親が換気扇の下でタバコをふかしていた。
その横顔を見て、誰かに似ていると思った。
どこかで会った事があるような感覚だった。
「おーし、そんじゃお前ら、行くでー」
靖史が居間から声をかけてきた。
俺とヒロシは靖史の母親にお礼を言って家を出た。
井口達也
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