なんのことかとお思いでしょうが、パソコンデスク横に掛けてあるカレンダーの題材のことです。
2ヶ月分が一枚に収められて、それぞれに五島美術館の収蔵品が採り上げられています。
この抹茶碗が11月と12月のモチーフ。同館所蔵の黒織部茶碗で、銘は「わらや」です。
時代は17世紀前期(桃山時代)、美濃(現在の岐阜県)の地で焼かれた織部焼。
織部とは古田織部が監修した「織部好みの美濃焼」であることを指します。
美濃は古来より陶芸に秀でていた地方ではあったものの、特に桃山期に入ってからは独特な味わいが茶の湯の侘び寂びに通ずるとされて重用されるようになりました。
そこに古田織部という茶道の第一人者からのプロデュースを受け、「織部好み」の焼き物を焼くようになるわけです。
古田織部の人となりは省略しますが、茶道は当時政治を動かすほどの影響力を持っていて、千利休も秀吉の側近という地位にまでなったほどです。ま、それでも結果的には利休は切腹を命じられるわけですが。
閑話休題、五島美術館の所蔵するこの黒織部は、古来よりその名を知られた逸品であることになんの疑いもありません。銘の「わらや」とは、千利休の孫である千宗旦が高台に「わらや」と漆で書き記しています。
スジの良さ(来歴の良さ)は天下一品ですが、私が惹かれるのはなんと言ってもそのデザインと絵付け。
「沓」とはご存知のように当時の貴族が履く靴のこと。
両脇がすぼめられたような靴の形状に似ていることから、ろくろで引いた後意図的に楕円形に変形させた抹茶碗を沓茶碗と呼ぶのです。
その歪め方も意図的ではなく、まさにその歪んだ形が元々の形状であるかの如く自然な造形で創り上げられるのも陶芸作家の力量の高さ、美意識の高さの証です。
陶芸作家と言いましたが当時には作家などという概念はなく、織部がプロデュースした通りの作域を生み出せる技量のマイスターが存在したと言うことですね。
写真に天井の照明が反射してしまったので少し見にくいですが、この黒釉でくろぐろと塗りつぶされた碗の1/3ほど残された生地に描かれたこの幾何学模様のようなデザインはなんという凄さでしょう。
具象なのか抽象なのか判別できない図案ではありますが、見た者に様々な想像を巡らす余地を残したかのようです。
このような一見抽象的なデザインを、焼き物のような造形に描くことを織部は指示したことは確かです。
手慰みに筆を取ったなどという稚拙な筆運びではなく、あくまでもこのデザインを完成形としてこの茶碗に描き切るだけの指示を出したとしか考えられません。
これはもちろん絵画ではありませんが、言うなればこれは「タブロー」でありデッサンでもエチュードでもないことの凄さに、ただただ感服する次第です。
キュビズムや新造形主義などという表現が美術史に登場するのは第一次世界大戦前夜の1900年初頭のことです。
しかしその遥か以前、西暦1600頃にはすでに織部は抽象絵画、前衛絵画のような表現を美濃焼で行っていたわけで、私はこの事実に驚きと尊敬以外の言葉を見つけることができません。
茶道における侘び寂びを心象風景の具現化として捉え、狭い茶室の中で無限大の空間を感じさせるような茶の湯の世界を構築していた桃山の茶人達。
その茶人の頂点に立つ数人の方たちは、使うべき取り合わせる道具にもその表現を求めていたに違いありません。
この黒織部の沓茶碗はいつ見ても、何度見ても飽きることはありません。
私にはこの造形と絵画は漆黒の宇宙を背景にして、様々な卑小なことが渦巻く世間を引きで鑑賞するような感じさえします。
もしそうであるならば、その器に茶を点てて飲み干し胃の腑に落とすことは、全宇宙を我が身の胃の腑に仕舞い込むような壮大な行為であるわけです。
日本人の日本人たる美意識や世界観を見て取れる焼き物が、500年の時を跨いで鑑賞できることは素晴らしいことではありませんか。
また明日ね(^O^)/~~~
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