アルファロメオの登場する短編 Season16-2 | 社会不適合オヤジⅡ

社会不適合オヤジⅡ

好奇心、いよいよ旺盛なもので・・・

さて、認知機能に顕著な低下が明らかになった堺家の家長、和夫氏。
妻の美代子はただただ、変わりゆく夫の姿を受け入れられていない。息子の康介氏と云えば、断固として社会通念の論理が通用しない相手であるという、彼なりに苦渋の決断をしてこれからの行く末に臨むことを決心していた。

文中の画像はイメージです。予めご了承下さい。

題:忘れ得ぬこと

第二章 錯誤

和夫が交番に保護された翌朝、同居している長男の康介は朝食を済ませたあと、母親の美代子に向かってこう言葉を投げかけた。

「お袋、親父のことはもうのんびり構えている状態じゃないってわかったよね?それで妹の明美だけれど、奴は医療機関に従事しているんだからこういう問題には大なり小なり係ることってあるんじゃないのかな。看護師ってのは交代勤務だから俺と休みがうまいこと合わないんだ。お袋から連絡してもらって、明美と俺とお袋の三人で家族会議を段どってくれないか」
康介は和夫の車についての問題は一刻の猶予もならないとばかり、家族間で話し合い、対策を講じるべきだと提案した。

「そうね。お父さんにはかわいそうだけれど、よそ様を怪我させたりしたら取り返しのつかないことになるわよね。わかった。明美は今日は夜勤明けだって言っていたから、あとで母さん、電話してみるわ」

「うん、よろしく頼む。それとこれ今月の勤務表だ。これでスケジュールを調整してくれよ。それじゃあ行ってくるよ」
康介は母親に自分の勤務表を手渡すと勤め先へと出掛けていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おはよう」
しばらくすると和夫が起きてきた。
「母さん、今日は朝飯のあとちょっと出かけるからな」

「お父さん、車はよしてよ。昨日ぶつけてきてそのままだから、あんなので運転しているところをおまわりさんに見つかったら止められて注意されるわ」

「何?俺が車をぶつけただと?馬鹿なことを言うな。だいいち昨日は一日家にいたじゃないか。くだらんことを言ってお前まで俺から車を取り上げるつもりなのか!」

美代子はこれ以上何も言えずに和夫の朝食の準備を始めた。
『本当に康介の言う通り。もう決断を下す時間は過ぎてしまっているのかもしれない。お父さんには可哀想だけれど、このままにしておいたらみんなが不幸になるわ』

すると美代子は和夫が食事を取っている間に、幼馴染のヒロさんに電話を掛けた。

「・・・・というわけなの。ヒロさん忙しいところ本当に申し訳ないけれど、これから家に来てお父さんの相手をしくださらない?そうでもしないとまたきっとどこかで車をぶつけてくるわ。そう思うといてもたってもいられなくて・・・」
美代子はヒロさん、安藤博之にそうお願いすると電話を切り、和夫に向かってこう言った。

「父さん、ヒロさんがね、これから父さんに会いに来るって。だからしばらく出掛けずにいてくれないこと?」
すると和夫は食事の箸を止め、朝からずっとのしかめっ面が、途端に破顔した。

「なんだって?そうか久しぶりだな。ヒロが来てくれるのか。俺もそろそろ奴のところに行ってヘボな将棋の相手でもしてやろうかと思っていたところだ。そうだ母さん、将棋盤を出しておいてくれないか」
「よーし、そうと決まったら出かけるのはやめだ。母さん、ヒロが来てくれるんだから、昼飯は村喜寿司の特上をとってやろうな。よしよし面白い、楽しくなってきたぞ」



どうにか今日のところはヒロさんのおかげで和夫は外出せずに済みそうだった。
しかしこれを毎日やるわけにも行かず、美代子は背中を押されるように、娘の明美ヘ電話を掛けた。

「わかったわ母さん。ちょうどこれから帰るところだけれど、直接そっちに向かいます。え?大変じゃないかって?何言っているのよ。本当に大変なのは父さんなのよ。嫁に行ったとは言え、私だって父さんの娘なんだから、こんな時ぐらい娘の役をさせてもらいたいわ」

しばらくすると明美は、きちんとした身なりの中年の男性とともにやってきた。

「母さん、こちらはあたしのところの法人の理事さん。村上さんっていうの。もともと心療内科のドクターで、今は入院している認知症高齢者のフロアーを管理してくれているのよ。入院しているとは言え、いつかは在宅に戻らなきゃならない方々でしょう。そのときに家族の負担をいかに軽減するかとか、その患者さんの望ましい生活について助言や支援をしてくださっているの」

何も知らされていなかった美代子はそんなに偉い方を連れてくるとは思わず、村上医師へのお礼の気持ちと驚きで胸がいっぱいだった。
「まぁまぁわざわざ有り難うございます。本当にありがたいことです。是非お力をお貸し下さい」

奥の和室では和夫とヒロさんが大声を上げながら下手な将棋に興じていた。美代子は最近起こった問題をかいつまんで村上に説明し、家族の意向もそれに加えた。

「わかりました。そういうことだったんですね。でも是非一度ご主人にお会いしたいですね。いま奥のお部屋で将棋を打っていらっしゃるのでしょう?実は僕も将棋は子供の頃から大好きで、こう見えてアマチュアの六段なんですよ。多分ご主人より強いと思いますが」

「それは凄いわ!主人は初段です。六段の方とお相手できるなんてきっと嬉しがるに違いないわ。明美、ちょっとお父さんを呼んできて!」



流石にこれから一局を構えるというわけにも行かなかったが、和夫は自分の娘の上司がアマチュアの六段をもっていることに驚き、近々必ず対局の約束を交わして再びヒロさんと将棋を始めるのだった。
そして村上はこう切り出した。
「お話をして私はご主人の大まかなアウトラインだけは理解できたように思います。ご主人がなぜあんなに意固地になるのか。それは今、ご主人の生活の中にご主人を守ってくれる味方がいないことによるものなんです。いえ、奥様はご主人のことを心から心配されていらっしゃいますし、明美くんもご自分の父親を本当に愛している。しかしそれ故今のご主人の行動を否定してしまうことになっていることをご理解いただきたいんです」
それを聞いた美代子と明美は思わず目を合わせた。
そして村上は尚も続けて
「本当に残念なことです。でもこういうケースはとても多い。血は水よりも濃いと言いますが、まさにその通りです。愛しているから故に行動を規制したり、こちらの思いが伝わらないこと、理解してくれないことに憤慨してしまう。気をつけなければならないのは、お父さんは理解できないだけで理解しようとしていないんじゃないのです」

そこまで聞くと、美代子は何かを喋らねばならないという責任を感じてゆっくりと喋り始めた。
「そうです。たしかにそうなんです。今のお父さんは前のお父さんとは違う人格に見える時もあるんです。でもそれを私は受け入れられていないって、それもわかっているんです。あの人と結婚してもう65年近くになります。あまりに長すぎてお父さんは私の一部になってしまったかのような錯覚を覚えることもあります。それはお父さんもそうだと、数年前に聞いたことがありました。私のことは全て分かっていて、買い物に行く前から今夜の献立を当ててみたりして笑うこともありました」

「どうでしょう。あの車は今では珍しいイタリアのセダンですよね。きっと古くからお付き合いしているお店がお有りなんじゃありませんか?そこのご主人にも協力してもらって、こんなことでなんとかこの問題を解いてみてはいかがでしょう」
村上はそう言うとカバンの中から便箋と万年筆を取り出し、図解しながら説明を始めた。

村上の提案はこうだった。
まず古くから付き合いのある自動車修理屋さんのご主人にもきちんと説明して、父親がいない間に車を引き上げてもらう。
理由は「車検整備に出した」ということで皆に周知徹底させること。代車がないことに疑問を持った時は、代車の用意ができないのは今日だけで明日には代車を用意してくれると説明して「今日一日だけ車が使えないこと」を理解してもらうことに注意するということだった。

記憶障害と言ってもいいくらいの認知機能の低下が進んでいるので、おそらく翌日の朝にはきっとおなじ質問をするはずで、その時には再びおなじ説明を繰り返す。その時に大事なことは「この話題は初めて交わした」という喋り方と表情ですることだとも付け加えた。
やがて和夫は朝起きてきても車のことを尋ねなくなるであろう。運転という行為からしばらく離れることで彼の記憶は次第に「運転しない日常こそが常である」と認知し始めると。



「なるほど。そうすれば毎日毎日そのやり取りで、ずっと済ませている内に、お父さんは車そのものの興味を失っていくかもしれないということですね?」
美代子は自分には考えもつかない手法を耳にして嬉しくなった。

「そうなんです。このやり方の一番意味のあることとは、愛車を車検に出したということなんです。つまり継続して車を維持することに家族全員が賛成しているという意思をお父様に伝えることになるということです。お母様も息子さんも娘さんも皆、父親の車が継続してこの家に留まるのに賛成しているということで、家族みんなは父親の味方なのだと安心していただくのです。それが最も大切なことなのですよ」
村上は美代子からヒヤリングした事実関係と、和夫本人と交わした会話から彼の不安を汲みとってこのような対処方法を提案したのだった。
また村上はこうも続けた。
「ただしこのやり方で何の問題もなくお父様の記憶から車のことが掻き消されるという保証はありません。忘れたかのように見えて突然車のことを持ち出すことも大いに考えられます。でもその時はもう皆さんお分かりでしょうが、お父様を否定したり車のことを禁止するような対応だけはしないでくださいね」

「母さん、兄さんにもこれを伝えなくちゃ!兄さん今夜は遅くなるの?私は村上ドクターをお送りしたら一度家に帰るけど、旦那が帰って来たらすぐにまたこっちに戻るわ。昼休みに兄さんの携帯にこのことを電話で話してちょうだい」
娘の明美は全てを理解して、一刻も早く行動に移すべきであると決心した。
そして
「あの車屋さんなんて言ったかしら。母さんはよく知っているわよね?そっちの連絡もお願いできる?出来るなら今夜、お店を終えてから来てくださればもっといいんだけれど」事態が急展開していくことの喜びに、明美も少し緊張気味になっていた。

「そうね。康介は昼休みなら携帯電話繋がるわ。車屋さん・・なんと言ったかしら、そうそう北斗自動車さんの北川社長さんだったわ!電話にメモリーされてるから大丈夫。私、電話しておくわね」美代子はそういうと村上ドクターに深々と頭を下げて例を述べて席を立った。

「え!母さん、村上ドクターをお見送りしてくれないの?それにまだ兄さんは昼休み前よ?」

「ううん、違うの。父さんとヒロさんのお昼ごはんの出前を頼むのよ。父さんはヒロさんに村喜さんの握りをご馳走したいんだって」
美代子はそう言うと受話器を取り、これも古くからの付き合いのある寿司屋へ特上の握りの出前を頼んだ。

「あ!村木さん?旭町の堺です。いつもどうも。今日は特上を二人前・・・・」
その時の美代子の表情はここ数ヶ月間の暗さは影を潜め、いつになく活き活きと輝いていた。


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さて第二話の終了です。
これってあくまでもお話の中での設定です。必ずしもどんなケースにもこのやり方が適切であるということではありませんので誤解されないようにお願い致します。

それにしても「家族が全員自分を敵対視している」こんなこと思うなんて不幸なことです。
たかが車、されど車。自立して生活出来ていることの素晴らしさと個人を尊重することの尊さは、普段の何気ない生活の中で忘れ去られてしまいがちです。
朝起きて仕事に出掛け、仕事では苦労しながらも自分の意思で生活をする。それがどれほど自由であるか、普段から感謝しなければならないかもしれませんね。
なぁ~んてヘンに真面目になっちゃいましたが、明日はますます急展開の予定です!!

どうやら和夫が乗っているのはジュリア・スーパー1300のようですね。私も欲しいなぁ(笑)
今回は三話で終わる予定です。明日の結末やいかに! また明日(^.^)/~~~





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