お時間あれば是非ごゆっくりしていってくださいませ~
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題:我が心のジュリア
第一章 父
「・・・と、まぁ奥様にもご子息様にも非常に言い難い内容ではありますが、櫻井様のご容体は決して楽観できる状態ではありません」
大学病院のカウンセリング・ルーム。
櫻井と呼ばれた患者の妻と息子に向かって、担当医の川口医師は言葉を選びながらも、目の前に居る二人の親族に向かって正面から切り出し、そして言葉を繋いだ。
「すでに悪性リンパ腫はかなりの部位に転移が始まっており・・・」
「分かりました。全てお話くださらなくとも結構です。覚悟はして参りましたから」
と、突然櫻井の妻、道子が川口の言葉を遮った。
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「・・・・おふくろ。。。」
智之は母親の毅然とした口調にけおされて思わず声を出した。
「智之。お父さんもね、自分自身少し前からわかっていたのよ。お爺さんも最後は結局悪性の癌でお亡くなりになった。お父さんは家系だろうと、やるせなさそうに、でも悔しい気持ちで私にそう言ったのよ」
智之はこの事実を受け入れることが自分に可能なのか自問自答していた。
まるでテレビのドラマを見ているような、そんな実体の無い作り話のような時を過ごしているように思えてならなかった。
「・・・先生、このことは既に親父に伝えたんでしょうか」智之が訊ねた。
「いえ、まずはご家族へお伝えするべきだと思い、その後告知をするかどうかのご判断も含め、お話をさせていただくつもりでした」
まだ若い、しかしこの世界では非常に高い評価を得ている医師、川口は智之を見つめてそう答えた。
「おふくろ、告知はするべきかな・・・」と智之が困り果てて道子に訊ねた。
「しましょう。いえ、していただきましょう。川口先生、あの人には、櫻井賢治には、きちんと先生の口からお伝えしてください。そしてこれから先どれほどの人生を過ごせるのか、どう過ごしていきたいのか、過ごすべきなのか、諸々の解いておかなくてはならない問題を皆で考えることからはじめましょう」
道子は若い頃から強い女性だった。それは向こうっ気が強いというだけではなく、自分の意思を決めるときも決めてからも、決して情に流されたり自分の信念を曲げることがない女性だった。
もちろんそれこそ、若き櫻井を惹きつけた彼女の魅力であることには違いなかった。
再度自分の母親の強さに圧倒された智之は、次第に今ここで起こっていることが現実世界の出来事で起こっていることであり、それは取りも直さず、もうしばらくの後、父親との別れを受け入れなくてはならないことだということも理解し始めていた。
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「おぉ!智之。なんだ母さんもいたのか。今日はいつもより遅かったじゃないか」
川口医師と面談していたため、いつもより面会時間を少し割り込んで、二人は父の病室を訊ねた。
二人を待ちわびたような顔をしてベッドから半身を起こした賢治は、そう言うと子供のような笑顔で微笑んだ。
そると突然、そう、なんの打ち合わせもなく、道子は突拍子もない事を言い出した。
「お父さん。今日は父さんに良い知らせを持ってきたの。智之がね、車を買い換えるんだって」
『・・・え!なんだって母さん!俺が車を買い換える?そんなことなんで言い出すんだ!』
智之は心のなかでそう叫ぶと、父親に悟られないようにしながらも、怪訝そうな顔で道子を見つめた。
「ほら、前から智之の車、調子悪かったでしょう。私もね、こうやって病院やらショピングセンターやら、時々送り迎えしてもらう手前、少し援助しようかと思ってるのよ。ねえ、智之」
「う、うん。ああ、そうなんだ。今の車は調子が良くなくて、だから・・・・」
急に話の矛先を向けられた智之は、道子の話に上手く合わせようと必死だった。
「そうか母さん。俺もあの車のことが気にはなっていたんだ。智之は俺に似て車が好きな部類だから運転も扱いも人並み以上だとは認めてる。だが、あの車はイカン・・・」
車の話になると、とたんに賢治は饒舌になった。
「でしょう?そこでね、父さんに相談があるの。父さんだってここにずっと居たいわけじゃないでしょう?だから退院して家に戻ったら、あなたも智之の運転で通院したりドライブに出かけたりするじゃない?だからどんな車にするか、父さんの希望も聞いておこうかと思ってね」
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20160521/20/alfa1900colli/bd/9e/j/o0800053313651873648.jpg?caw=800)
そうか、そういうことだったのか。智之は全てを察知した。
面会時間が終わってから、川口医師は父に癌の告知を行うことになっている。そして母はそのことを知らないんだと言わんばかりに、こんな話を父に切り出したんだ。
全くいくつになっても母さんはぶっ飛んだ女性のままだ。俺が物心ついてからずっと、母さんはこんな調子だったよな、と。
「そうだなぁ。どうせなら国産車じゃなくて、久しぶりに外国の車に乗ってみたいな」
はるか遠くから記憶をたぐり寄せるような目をして、賢治はそう呟いた。
「え?・・な、な、何言ってんだよ親父!外車なん俺、嫌だよ。何だか敷居が高そうだし、壊れたらどうするんだい?それこそ目玉が飛び出るほど金がかかりそうじゃないか」
ますます訳の分からぬ展開に翻弄され始めた智之は、両手を顔の前で大きく振りながらそう言った。
だが再び道子がこう切り込んだ。
「そうね。昔を思い出すわ。智之が生まれる前だったかしら。お父さんは若い頃から見栄っ張りで、私をデートに誘うのに、って理由でイタリアのクーペを無理して買ったのよね?そうよね、お父さん?」
道子は微笑みながら賢治の手を軽く握り、賢治と同じくはるか遠くの記憶をたぐり寄せているようだった。
『まったくなんて夫婦だ。親父は自分の余命の危うさを薄々感じているんだし、おふくろは担当医から生きて退院することはまず不可能だと言われてきたばかりだっていうのに・・・』
新たに購入する車のことをネタにして、結婚前後に起こった様々な思い出話に興じている二人を見て智之は不思議な感情を抱いていた。
そして次の瞬間、智之は自分の中に全く別な考えが浮かんで狼狽した。
『・・・ふたりとも絶対に俺の運転する車に親父が乗れないことをわかっていての上で、こんなに陽気にはしゃいでいるのかもしれない。もしそうだとしたら、この光景を俺はどう受け止めればいいんだ。今生の別れがあと数ヶ月で来ることを知っていて、そしてもうしばらくすればベッドから離れることだって難しくなるという、この親父の状態を知っての上で』
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病室の窓の外には古木と呼んで良いような桜の巨木が見え、そしてたくさんの若葉をつけた枝が静かに揺れていた。
親父はきっと再びこの桜の、枝が見えなくなるほどたくさんの桜が咲く光景を見ることはないだろう。
智之は窓の外に揺れる桜の枝を見て、その柔らかで生命力に輝く若葉が父親に力を貸してもらえないかとぼんやりと考えていた。
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さて、第一章はここまで。
暗い話で申し訳ありません。。。。
賢治、道子、智之の年齢などについては記述が足りず、イマジネーションしにくかったかもしれませんね。
全部で5章で完結する予定です。是非明日もお楽しみに(^_^)/
久しぶりの「小説・の・ようなもの」気合入れて参ります!! また明日(^_^)/~~~
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