アルファロメオの登場する短編Season14-2 | 社会不適合オヤジⅡ

社会不適合オヤジⅡ

好奇心、いよいよ旺盛なもので・・・

リンパ腫の病に冒され、余命僅かな告知を受けることになった櫻井賢治。
若い頃からアルファロメオを愛し、仕事に恋に遊びにと自分を楽しんできた男。
そして彼の良き伴侶で強き女性、道子。
そんな二人の間に生まれてきた息子、智之。

さぁ第二章はどんな展開になるのでしょうか!!乞うご期待!!
文中の画像はイメージです。予めご了承下さい。

題:我が心のジュリア

第二章 息子

「父さんがね、もう元気になっちゃって大変なの。川口先生も驚いてるわ」
道子は買い換える車の選定に最後の命の炎を燃え上がらせているかのような、そんな賢治の姿が嬉しくもあり悲しくもあった。

「でね、父さんが悩んだ末に下した結論がこれ。この車よ」
道子は雑誌のコピーを智之に差し出した。



その画像は今はもう生産中止になった、アルファロメオ147だった。
賢治が再び古いアルファロメオに乗ろうなどと言い出さなかっただけ儲けものだったが。

「なんだこれ?外車っぽくないね。でもまあ変にひねくり回したようなデザインじゃなくて、外車って言う変なオーラもあまり無いから、目立たなくて良いかもしれないね」
智之は初めてのイタリアの小型車をそんな風に見ていたようだった。

「お父さんはね、1750GTVっていうオフホワイトのような色目の車に乗っていたの。あなたが生まれる前に国産車に乗り換えたから、あなたは全く知らないことだけどもね」
するとこの前病室でそうであったように、道子は遠くを見るような眼差しをしてその頃のことを思い出しているようだった。

「アルファロメオって有名なんだろう?それも俺はほとんど名前を聞いたことがあるくらいで、俺の周りには乗っている奴なんかいない。いったいこの小股が切れ上がったようなデザインの小型車はどんな車なんだろうね」
かれは賢治が言うとおり、この世代の若者にしては車に対して興味を持っていたし、実際に買い替えを決めようとしていた車もスポーツタイプの国産の小型セダンだった。

「そうね、イチナナゴーは乱暴な車だったわよ。お父さんの運転がそれに輪をかけていたのかもしれないけど、とにかくうるさくて暑くて乗り心地が硬くて。クーラーは助手席の小物入れの下にぶら下がっていたけれど、梅雨の時期を過ぎたら全く効かなくなって困ったわ。それに乗っている時はずっとガソリンかオイルの匂いが室内に満ちていて、窓を開けられればいいんだけれど、寒い時期や雨の日には余り乗りたくなかったなぁ」
1750GTVをイチナナゴーと呼ぶ、この50代の女性も凄いが、不平や不満を言っているにもかかわらず何故かその表情は僅かに微笑んでいることが智之には不思議だった。

ともあれ、次の日曜日には一番近くのディーラーに出向き、新車購入の下取りで入庫したという白い147の下見に出かける手はずになっていた。



「お待ちしておりました櫻井様。私はこの営業所のサービス担当課長、国枝ともうします」
国枝と名乗ったその営業マンは、道子と智之に大きく一礼をし、話を続けた。

「さっそくですが、お車をご覧頂きましょうか。お伝えした通り、今回新車をお買い上げになられたお客様から下取りさせていただいた147です。そのお客様は以前から当店をご利用下さいまして、この147も当店で販売し、整備させていただいておりました。ですからこの147に関しては整備記録も全て私どものスタッフが把握しておりますので、初めてのイタリア車であってもご不安なくお乗りいただけることと存じます」
国枝は手慣れた調子で店の奥のサービスヤードへ進み、147が停めてあるパーキングスペースへと二人を案内した。

それから先はお決まりの手順で一通りの説明のあと、国枝の運転で営業所周辺を一回りしたあと戻ってきた。

道子は久しぶりに、そう本当に久しぶりにアルファロメオという車に乗った。そして1750GTVの記憶と照らし合わせてまったく別な次元の乗り物であることも理解して、自分たちの時代はやはり遠くなってしまったことを改めて実感せざるを得なかった。
まして自分が生涯添い遂げようと思っていた男性が、もうじき死んでしまうことがほぼ確実となるなんて道子には何を呪えばよいのか。また、新しい時代のアルファロメオに触れた日が、自分たちの時代の終焉を確認させることになるなんて。と、やり場のない怒りと絶望に打ちひしがれる思いだった。

車種を確認すると、2008年モデルの2.0Tiというモデル、走行距離は47,000kmほどでそろそろ色々なパーツを交換しなければならなくなるステージを迎えつつある個体だった。エンジンはツインスパークで、国枝がやや乱暴にアクセルを開けると、その排気音はイタリアの車だということ主張する、やや勇ましい吹け上がりを見せた。
しかし智之には些細な事だったけれど、一つだけ気になることがあった。それはギヤボックスがマニュアルだったこと。車好きの智之はもちろんAT限定などというわけではなかったが、免許を取得するときの教習車以降、MTの車を触ったことがなかった。

「おふくろ、これマニュアルだね。大丈夫かな、おれ」智之が聞くともなく聞く。

「何言ってんのよ。お父さんの息子でしょ?マニュアルが扱えなくてどうするの!あなたを保育園に送り迎えした時は、お母さんだってイチナナゴーから買い換えたマニュアルの車を運転していたんだから」
道子は我が息子の情けない、そしてちっぽけな不安を吹き飛ばすようにそう言ってのけた。

そして数日後、結局最初からそう決めていたかのように、その白い147Ti2.0は櫻井家にやってくる事になった。



「どうだい親父?気分はどうだ」見舞いにやってきた智之は、賢治に向かってぶっきらぼうにそう訊ねた。

「・・・・う・・ん。  ちょっと・・な、気・・分が・・優れん・・な」
いつになく賢治が弱音を吐いた。しかし智之は父と母との会話を聞いてからというもの、その場の空気に飲まれこまないように、気持ちを奮い立たせてこう続けた。

「そうか。実はあのアルファロメオ、納車の日程が決まったんだ。それを伝えたくて今日は来たんだ」

納車は4日後、日曜日の午前中に納車されることになっていた。
それを一刻も早く賢治に伝えたくて、智之は一人で病室を訪ねてきたのだった。

「そう・か。俺も・頑張らにゃ・・いかんな。この前・・・見せてもらった・写真では・そのアルファは・・4ドアハッチバックの・・・ようなボディだったな。お前の運転で・・ドライブに行かなぁダメだな。弱音を・吐いている場合じゃ・・ないな」

息継ぎが辛いのか、賢治はとぎれとぎれに言葉を繋いで147の納車を心から喜んだ。
だが智之は思う。この頃はベッドをギャッジアップしての上体保持すら辛くなってきている父親を見て、とても147に乗せてドライブに出るなどということは不可能ではないのか、と。

その夜、自宅へ戻った智之は母、道子へ聞きにくいことを聞かざるを得なかった。

「おふくろ。親父のことなんだけどさ、今日病院に行って147の納車の報告してきたよ。親父はとても喜んでた。だけど、随分衰弱が進んだなぁ。寝たままでしか会話ができなかったし、息苦しいようで、言葉もとぎれとぎれだった」
道子が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、智之はカップを覗きこむように話す。
あたかも母親の目を見て話をすることが、一番聞きたくない言葉を聞いてしまうのではないかと言う恐れを感じるているかのように。

「智之、お父さんはね、もしかしたら今が一番幸せなのかもしれないわ。死というものが現実味を帯びてきている時期に不謹慎かもしれないけれど、お母さんはそんな気がしているわ。目をつむって意識が遠のき、やがて朝を迎えると自然に目を覚ます。そうやってお父さんもお母さんも50年以上日々を過ごしてきたのよ。あなただってそうでしょ?」
「それがね、お父さんは目をつむって意識が遠のいたら再び目を覚ますっていう保証がない夜を毎晩迎えているんだわ。だから今日一日を大切にしているのよ。この前は私とあなたが車の下見をしてきた。で、その写真を持って来た。お父さんはね、この車がどんな車かは知らないけれどきっと嬉しくて仕方ないのよ」
道子はやはりコーヒーカップに目を落とし、智之とは目を合わせずにそう呟くように喋り、そしてこう結論づけた。

「智之、悔やんだって仕方ない。おとうさんは今この時間も恐怖と戦っているのかもしれないわ。このまま目をつむったら、あなたの新しいアルファロメオを見ることができなくなるかもしれないという、そんな恐怖に苛まれているのかもしれないわ。だから私達も戦いましょう。お父さんの苦しみと恐怖を少しでも遠ざけるには、私達の姿勢そのものなのよ、きっと」

今度は道子は智之の目をしっかりと見つめてこう続けた。

「納車まであと4日。あなたはお父さんを連れてドライブに出かけるコースを考えてくれる?私は急に無理かもしれないけれど、有給を申請してみるわ。あなたも部長さんに何とかお願いして、今度の金曜を休ませてもらいなさい。いいわね、金曜の朝に出発して日曜の午前中に帰ってくるの。残念だけどその時には病院に直行ね。外泊の申請はすぐに降りるわよ。大丈夫」

智之はもうほかに考える余地など無かった。確かに母親の言葉には疑問や反論を差し挟む気もなく、両手を挙げて降参する他には残されていなかった。

『オヤジ、俺の運転でドライブに行こう。俺の知らないアルファロメオに乗って、オヤジの知っているアルファロメオの話をたくさんしてくれよ。親父がおふくろと若いころに、俺が生まれる前にどんな人生を過ごしてきたのか、今聞いておかないと二度と再び聞くことができなくなるんだ。』

今が一番幸せだなんて、おれにはどうしても考えられない。おふくろの気持ちを考えれば、泣き言のひとつやふたつあっても良いはずなのに。
智之は、夫婦とはこういうものなのか、それとも自分の所だけが世間とはズレているだけなのかわからないままパソコンを立ち上げてドライブコースを探し始めた。


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ってことで第二章の完

後期モデルの2.0TiツインスパークでMTの147。156乗りの私には興味津々のモデルでもあります。
2009年まで生産されていたんですってね。
程度の良いタマがあったら心が動いちゃいそうです。

あ、小説の話をしないといけません。
上半身を保持するのも難しい状態の患者さんを二泊三日のドライブに連れ出すなど、狂気の沙汰でしょう。
一体ドクターの許可は下りるのか、そしてもしドライブに出掛けてしまったら賢治のその後はどうなるのか。

そして智之と道子の今後は・・・

第三章を待て!!! また明日(^_^)/~~~




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