アルファロメオの登場する短編小説Season13-1 | 社会不適合オヤジⅡ

社会不適合オヤジⅡ

好奇心、いよいよ旺盛なもので・・・

久しぶりに小説に挑戦してみます。
ダラダラと書かないように、今夜と明日の二話で終わらそうと思ってます。
それではお楽しみに(^_^)/

題:侵されざる聖域

第1章:始まりは食卓から

「もしもし。はい・・・あ、そうですか、分かりました。それでは午後一番には現場事務所へお伺い出来るように参ります。例のパンフレットをお見せしてご説明しましょう。それではよろしくお願い致します」

富澤はそう言うと電話を切り、打ち合わせがてら昼飯を食いに来たレストランのテーブルにスマホを置いた。

「・・・電話、監督さんから?祐也さん。今日から現場の打ち合わせなのね。」

裕也と呼ばれた彼の前には、テーブルを挟んで女性が一人座っている。
富澤とは結婚こそしていないが、もうすぐ10年ほどの付き合いになる良きパートナーだった。

「うん。いよいよだな。俺の、いや俺達の目標が少しづつ形になり始めてきているね。菜津子にもこれからは今まで以上にたくさんの知恵と力を貸してもらわないといけない。よろしく頼む」

菜津子と呼ばれたその女性は緊張することもなく微笑んで、先ほど運べれてきたアペのグラスを持ち上げて乾杯する素振りを見せた。

「おや?もう乾杯か?そりゃぁまだ早すぎる。開店の花輪が俺達の店の前にずらっと並ぶまでは乾杯はお預けだ」



ここのレストランは富澤のお気に入りで、菜津子と知り合う前から時々ランチを食べに来ている。
色、香り、素材、季節感など、どれも癇に障ることがないばかりか、飯を食うという行為を気持ちよくさせてくれる店の在り方全体が彼を満足させていた。
今は経済誌に時々執筆したり、大きなホールを若い経営者で満席にしてしまうほどのレストラン経営学のホープとさえ呼ばれている富澤だったが、若いころはレストランで働くシェフだった。

「祐也さん、時間がないでしょう。現場は代々木上原でしょ?早く食べて出掛けないと間に合わないわ」鷹揚としている富澤を見て、菜津子が心配してそう声を掛ける。

「ここからなら20分で行くよ。大丈夫。このノンアルコールの白ワインモドキ、そこそこ旨いじゃないか。やっぱり此処の店はいつ来ても面白い」

そう言うと彼はウエイターを呼びワインのお替りを頼んだ。


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「それでは皆様お揃いになりましたので、これから第一回目の『Colle di speranza』建築工事打ち合わせを始めまさせていただきます」

ブルーの作業着上下を着た、小柄ながらもガッシリとした現場監督が司会を努めていた。
富澤はこの代々木上原でイタリアレストランを開業すべく、ここ数年彼の持ちえる能力を総動員して開発に努めてきたのだった。
レストラン経営学に於いては右に出るものが居ない彼だったが、食に対してはそれ以上の情熱を持ち続けていた。
しかしそれでなくとも睡眠時間が4時間を切るような生活をしている彼にとって、いくらオーナーズシェフの店を持つことなど絶対に不可能だった。

「富澤さん、お聞きしてきた内容を当社の設計部が設計して来ました。色々御意見はございますでしょうが、先ずは御覧ください」

監督はそう言うと富澤の前に図面を広げた。

「富澤さんのおっしゃる最大のポイント、お客さんは他人の目線を気にせず食事ができて、お店のスタッフからは極力死角ができないようにというレイアウト。あくまでもあの敷地での私どものご提案はこれです」

なるほど上手いこと線が引けていた。座席数もこれだけ確保してあれば回転率の少ない業態であっても何とか一定以上の売上は見込めそうだった。

「よく判ります。さすがは豊国建設さんですね。あの狭小な敷地で且つ低い建蔽率なのに、ここまでスタッフの動線と、必要な設備機器を組み込んでもお客さんには窮屈さを感じさせない図面に仕上がっていると思います。流石です」

お世辞ではなく富澤は心からそう賛美した。監督も主任設計士も軽く微笑んで富澤の言葉に安堵したようだった。
しかし続けて彼が告げた言葉がその二人を驚かせた。

「残念なことが一つだけあるんです。申し訳ないが。外観のパース絵だけじゃなく、店内の幾つかの見え方が判るパースまでつけてくださってますが、私には豊国建設さんが何を作りたがっているのかが見えてきません。条件に出された要素を潰すことには満点以上の評価を付ける所存ではありますが、デザインコンセプトが殆ど表現されていません。これでは私が愛着を持って接することができないんです。厳しい条件をクリアーするのが目標ではなくて、厳しい条件の中で表現したいことをお客さんに訴えることが私が願った設計とデザインです。もう一度練り直しをお願いします」

富澤の行っていることはまさに正論だった。
オーナーとしてこれから15年の間、借入金を銀行に返済していかなければならない。それには彼が心から愛せる設計をして欲しいし彼の琴線に触れるデザインをして欲しかった。



暫し沈黙の後、口を開いたのは主任設計士の関口だった。

「・・・・分かりました。もう一度ゼロベースで設計をしてみましょう。富澤さんの仰っしゃること、私も全く同意見です。それには少し時間が必要です。できましたらうちの事務所でお互いの考えをすり合わせる時間をいただければありがたいのですが」

関口も本音だった。大手建設会社である豊国建設に入社以来、ずっと設計畑を歩んできた彼だったが、今までに作り上げた建築物で彼が心から愛せる建物はそれほど多くなかったのも事実だった。入社してもうすぐ30年になる関口は、オーナーにもお客さんにも、そしてその建築物を立てた街の人々にも愛されるような建物を建てたいと心から思っていた矢先だった。

「関口さん、でしたよね。ありがとうございます。工期が伸びることは極力避けるように私も心して取り組みます。よろしくお願いいたします」

富澤はそう言うと、携えてきた建築材料その他のパンフレットを再び抱えて現場事務所を後にした。



富澤は近くのコインパーキングに停めていた車へ向かい、菜津子に連絡を入れよとポケットを探った。
コインパーキングには、これも菜津子と出会う以前から彼が乗り続けている、アルファロメオ2000ベルリーナが停めてあった。



「あぁ、菜津子?うん、やっぱり一回目の打ち合わせはうまくいかないよ。予想はしていたけれどがっかりだ。俺達の『希望の丘』のデザインは妥協したくないからね。一度帰るよ。もう帰ってきているんだろう?菜津子の意見ももう一度聞いておきたいから、豊国さんの設計士さんと打ち合わせをする前に、俺達ももう一度打ち合わせをしておこう」

彼はそう言うと駐車料金を精算し、ベルリーナに乗り込み、エンジンを掛けた。
チョークレバーとハンドスロットルを両方使って、彼は一発でオールアルミの1972年型4気筒ツインカムを目覚めさせた。
デロルトのDHLA40の2バレルキャブは穏やかに目覚めるのが、彼のお気に入りだった。そして1750のハコもいいのだが、ややロングストローク気味の2000のトルクの出方が好きだった。
左奥のローへのシフティングはいつもギヤが鳴いた。もう暖かくなったとはいえ、オイルはまだ固い。オイルプレッシャーゲージは殆ど右に振り切れている。

そっとクラッチを繋ぎ、いや暫し半クラッチの儘、ゆるゆるとパーキングを出る。
歩道から車道に降りた瞬間、セカンドにシフトして少しだけスロットルを開ける。ボアを広げるのが不可能な為ストロークを伸ばして、やっと1962ccの排気量を得た「2000エンジン」は、1トンを少し上回る車重には低回転から十分なトルクを発生し、薄くブルースモークを曳きながら代々木上原の街を駆けていった。

第2章:希望の丘

「でね、そう言わざるを得なかったんだよ。関口さんとか言う設計部のお偉いさんもけっして嫌々ながら、といった風情でもなかったぜ。俺の言ってることにはきっと賛成していたよ、あの口っぷりはね」

帰宅した祐也は菜津子が用意してくれた夕飯を口に運びながら昼間の出来事を話していた。

「祐也さんは頑固だものね。きっと豊国さんの監督も困ったんじゃないこと?予算だって限られてるんでしょうし工期だって伸ばしたら余計にお金がかかるでしょう。第一、豊国さんが個人のお店を建築してくれるってことそのものが珍しいことよ」

最後の下りは本当だった。豊国はサブコンとして、大手ゼネコンの受けた数十億の物件を受けて建築するというサブコンの中でも図抜けてメジャーな建設会社だった。個人の、しかも100坪もないレストランなどは滅多に手掛けることはない。
それは祐也が今まで数多く行ってきた様々な開発行為で得てきた人脈ならではの快挙だと言って良い。

「でね、お店の名前はやっぱりあの難しい名前にするの?え~と、なんだっけ・・・」

菜津子は天井を仰ぎイタリア語の店の名前を思い出そうとしていた。

「Colle di speranza、コッリ・ディスペランザ、だよ。覚えにくいかなぁ。『希望の丘』って言う意味だからね。覚えてね、お願いだから」と祐也がおどけて言う

「そうそう、そうだったわ。その希望の丘っていい名前ね、なんだか映画の題名みたいね。ステキだわ」と菜津子

「あの店に俺達の希望の光を灯すんだ。いいだろう?ちょっとセンチメンタリズムだけど」と祐也

祐也は思い出していた。朝から晩までアルミや銅製の手鍋やソティパン、フライパン、ソトワールなどを手が真っ黒になるまで、そして指紋がなくなるまで毎晩磨いていた小僧の時代を。
飲食業は徒弟制度のような社会が温存されていたことは働き出して初めて知った。
大学を出て何を思ったか、祐也は一流レストランの見習いから始めることに決めた。子供の頃から洋食にある意味憧れを抱いていた彼は、経済学部で得た知識を料理の現場で生かせないものかと、傍目には無鉄砲に見える就職を決めてきた。
両親の落胆は酷いものだった。父親は何も言わなかったが、彼の母は涙を流して思い直すよう説得したものだった。

そして彼は彼なりのやり方で今のポジションへと登っていった。それは彼一人の力ではないことは彼が一番知っていた。
今回「希望の丘」を作る計画も、実は彼がキッチンに立つことは想定していない。
希望を胸にいだき、寝食を忘れて料理に打ち込む、そんな若い料理人を探しだしていた彼は、その若き料理人に、思う存分富澤の知識と技術を注ぎ込んで応援したかった。

「俺はね、前にも言ったけど若い奴に期待してるんだ。この前50人を超える面接をしてようやく一人に絞ったんだよ。勝山くんという名前のね。あ、もう結婚しているから正確には一組だけどね。若いご夫婦の料理人だ。まだ27歳だけれど高校卒業後にヨーロッパに渡り、語学も不十分なまま俺のように下働きから始めたらしい。数年後にはミシュランの星を貰えるレストランで働くようになったらしい。それでも肉を触らせてもらえるまでには2年ほど掛かったようだがね」

彼が決めた若い料理人は、代々木に作ろうとしているレストランで働いてもらう契約になっている。賃料などは破格の金額、もちろん安いという意味で。
富澤はその賃料で儲けようなどとは全く思っていなかった。むしろ少し援助してもいいくらいだと思っていた。祐也は銀行への返済と固定資産税と建築物の維持費、修繕予備費さえ貰えれば、残った利益はすべてその彼に渡すつもりだった。
今の世の中には料理人が掃いて捨てるほど居る。しかもみな優秀な料理人ばかりだ。だが食い物屋で当てるには技術だけでは無いことも、祐也は知りすぎるほど知っていた。

「希望の丘には4人の住人がいるんだ。一人はもちろん俺。そして菜津子。三人目は面接で採用した勝山君、そして彼の奥さん美穂さんだ」
「この4人で代々木上原のあの地に『希望の丘』Colle di speranzaを築きあげるんだ」

それはひとかどの成功を得た金持ちの道楽などではなかった。富澤は勝山夫妻の生真面目さと彼らの目指す将来の話を聞いて、ついぞ自分には得られなかった羨ましいほどに素晴らしい若い二人の未来想像図を自分の目で見たいと強く願ったのだった。

「祐也さん、こんどのお休みはいつ?ずっと働き続けてるでしょ、体壊しちゃうわ。祐也さんのあの車でドライブに行きたいわ。暑くなる前に。だってエアコンが殆どダメでしょう?」菜津子は意識的に話題を変えようとしたのか、祐也に小旅行の提案をした。

「そうだな、そう言われれば、建築が始まれば旅行など暫く行けなくなるかもしれない。今のうちにツーリングにでも行くことにするか」

富澤は今までの自分の人生を仕上げるかのように今回の事業を計画していた。それには菜津子が必要だ。そして何より菜津子の持つ、健康で溌溂とした感性を失わせるわけには行かなかった。

「じゃぁ決まりね!嬉しいわ、どこにしましょうか。考えるだけでワクワクする」

子供のようにはしゃぐ菜津子が愛おしかった。
そして富澤は今回の一件が落ち着いたら正式に菜津子と結婚する意思を固めていた。



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はい。前段の終了です。
・・・・もしかしたら三話構成になっちゃうかもしれません。また明日(^_^)/~~~





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粗削りで思いをそのままぶつけるような、そんな新鮮な和歌があってもいいですよね。

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