小説:天空(そら)翔ける希望 | 社会不適合オヤジⅡ

社会不適合オヤジⅡ

好奇心、いよいよ旺盛なもので・・・

続いて、昨年の11月下旬に発表した作品もお送りいたしましょう。
こちらはショート・ショートで、アルファロメオ916スパイダーを題材にしてあります。
ショート・ショートならではの、早い展開をお楽しみくだされば幸いです。

第1章

『おい、どうするんだこれから』

井元祐也は開け放たれた安物のアパートの玄関ドアの前で立ちすくんでいた。
彼は数年同居した彼女と別れ、僅かばかりの荷物とともにこのアパートへ引っ越してきた。
自問自答する彼のやるべきことは、まずガス会社や電力会社、水道局へ利用手続きをすることだった。

彼は前のマンションを出る際、家具などは殆ど彼女にくれてやって綺麗さっぱり新しい生活をゼロから作っていこうと決めていた。
それはそれで誤った決心だったわけではなかったが、今は自分の座る場所さえ椅子ひとつ無いのが現実だった。

アパートの前には駐車スペースがあり、そこには今では彼の財産といえばこれだけだと思える、愛すべき車が停めてあった。



祐也は特別なアルフファロメオ・フリークではなかったが、ある時街中で見かけたこの独特なデザインと魅力的なエンジン音を発する、屋根の空く916スパイダーに惚れ込み、そして手に入れた。

『でもこれを見ると、アイツのことを思い出すな』

アパートの窓からそのスパイダーの後ろ姿を見て、祐也は別れた彼女との楽しかった頃を思い出していた。

『夏の海、秋の高原は良かったが、冬にはスキーにまで出掛けたな。スタッドレス履いていったのは良かったけれど、夜のうちに雪が積もってソフトトップが雪の重みで壊れるんじゃないかって、智子と二人で大慌てで雪を下ろしたっけ』

別れた女性、智子との思い出は全て916とともにあった。
だからといって祐也はこの車まで手放す気にはなれずにいた。
彼は傷心を抱えながら毎日このクルマで通勤することを考えると智子がいつまでも一緒のような気がして堪らなかった。

じつはそれが彼にとってまた新しい世界を呼ぶことになるのだったが。

第2章

「・・・というわけだ、井元君。初めての取引先だから失礼のないようにな」

祐也の上司は納品書の束と納品物をバケットに入れ、裕也に手渡した。
3Dプリンターでベンチャー企業の試作品のモデリングを受け、今日はその納品に行く。

「あの、この会社、鴻巣ですから直帰しても構いませんか?」

「ん?あぁ、構わないぞ。その代わり自分の車で行ってくれよ」

祐也の会社もベンチャー企業で、立ち上がりの資金は限度があり、営業車に余裕はなかった。



届け先は車のエンジンを主に製造している会社らしい。
納品するのはインテイク・マニホールドの試作品。レーシングエンジンのエアインテイクの試作品を数個依頼され、それを井元の会社が3Dプリンターで作り納品するというわけだ。
制作しているエンジンをテストベンチに載せ、モータープレーニングを行い、空気が求められる流速とボリュームで送り込まれているか、内壁面での乱流発生がないかなどを実験するということだった。
そのためには少しづつ形状の異なる試作品のインテイク・マニホールドが必要と言うわけだ。

納品は淡々と進められた。
もともと愛想のいい祐也は遣り取りも卒なくこなし、さて帰ろうかと916のドアノブを引いた。

「あの、すみません。部長がこれをお渡しするようにということで・・・」

受付に座っていた女性が祐也にファイルを差し出した。

「あ、はい。どうもありがとう」

メールで送ってもらえたほうが良かったな、祐也はファイルに綴じ込んであった書類に目を通しながらそんなことを考えていた。

「あの、すみません。これ、井元様の車ですか?」

「え?はい。僕の車です。今日は直帰するものですから自分の車で行けと言われて」

「これアルファロメオの916スパイダーですよね。兄もこの車に乗っているんです。私、この車大好きです」

「へ~え、偶然ですね。僕のは2Lですが、お兄様のもツインスパークですか?」

「ちょっと前の盾がもう少し下まで回りこんでるような気がしました」

「それは最終モデルですね。ステアリングは左でしょう?」

「よくご存知なんですね。その通りです。エンジンは見たこと無いから分かりませんが」

井元は突然の展開にたじろぎながらも、スパイダーの話を女性としていることを不思議な気がしていた。

「あ、余計なことで足を止めさせてしまって申し訳ありません。これ、私の名刺です」

そういうとその女性はIDパスのケースの中から名刺を一枚取り出して祐也に渡した。
祐也も彼女に名刺を差し出し、軽く会釈をしてスパイダーに乗り、帰路についた。

第3章

鴻巣は彼の住む所沢からはお世辞にも近い場所ではなかったが、三芳インターから関越道に入り圏央道と乗り継げば一時間ほどで辿りつけた。
名刺交換をしてからというもの、祐也はその受付の女性「志村美香」と親しくなるのには、それほど時間は掛からなかった。

そろそろ季節は晩秋、さすがの井元もオープンで走るのは昼間だけになってきていた。

「美香さん、星を見に行かないか。秋の星空は水蒸気が少なくて綺麗に見えるから」

「ハイ。なんか幻想的な話ですね。井元さんてロマンチストなんですね」

ロマンチストなどという言葉を聞いて、井元は何かくすぐったい気がしたが、却下されなかったことが嬉しかった。


・・数日後・・

「はい、これ」

秋とはいえ、もう晩秋の秩父。屋根を下ろして空を見上げるには多少なりとも防寒の準備が必要だった。祐也はイヤマフとワッチキャップを美香に渡して勧めた。

「ありがとう。上着は薄手のダウンを羽織ってきたけど、ちょっと寒いかなって心配してた」

秩父の三峯神社あたりなら星空は綺麗に見えるに違いない。祐也は下見もせずにそう決めて、神社近くの駐車場にスパイダーを停めた。

すぐにあたりには夕闇が迫り一番星が輝き始めた。



美香は悩んでいた。
祐也さんは真面目で実直で仕事も抜けがない。初めて祐也さんの会社とお取引をしてからというもの、部長は祐也さんのことを高く評価してる。
それより何より祐也さんに引きこまれていく、自分の心には嘘はつけない。

「ねえ、祐也さん」

思い切って美香は口を開いた。それでも彼女は正面を向き、次第に光を増していく星々を見つめたままだったが。

「ん?なんだい」

祐也は助手席に顔を向け、美香の次の言葉を待った。

「・・・私、実は一度・・結婚に・・・失敗して・・いるの・・・・」
「それほど・・長い期間・・じゃなかったけど・・だから祐也とのお付き合いも・・不安で・・・・」
「もしずっとお付き合いを・・続けていくのなら・・このことを・いつか言わなくちゃって・・・」

祐也は困惑していた。そりゃあ無理もない。受付の女性っていうのは目立つ仕事だし、なにより美香は美人の部類だった。

「おぅ。うん。。。。そうか。。え~と・・・で?」

祐也は上手い返事ができずに支離滅裂な返答をするほかなかった。

「こんなこと言うと祐也さんに叱られるでしょうけど、実は私、決めかねてる。だって・・・」

祐也は聞きたくなかった。
少なくとも今、この時間は二人だけのものだ。美香の過去に何があろうと構わない。俺は美香とずっと一緒にいたいし、今の美香を愛している。そしてこれからもその心は変わらない。

「あのさ、おれはモテない男なんだよ。仕事はきちんとする方だとは思う。だから社内でも取引先でも変な波風を立たせたことはないんだ。でも学生の頃から女性から言い寄られたりしたことなど一度もない。結婚なんてなんとなくその時が来たら、誰かの紹介でなんとなくしちゃうんだろうなぁなんて思ってた」
「でもね、美香と出会ってから、もしかしたらこの子なら・・・って思い始めてた。俺の事良く知ってほしいからこうやって今日も出かけたかったし」
「美香の過去にはそれ程興味が無い。だって俺は今の美香しか知らないんだから」

いつの間にか美香は祐也の方に顔を向けていた。
愛くるしい瞳に涙を浮かべ、そしてそれは今にも流れ出してきそうだった。

「そうだ!美香。これから30分の間に流れ星が5つ以上流れたら、俺は美香に結婚を申し込む。もしダメだったらもう少し時間をかけろって神様が俺に言っているんだって思うから」

美香は口を挟むことができない雰囲気に気負わされ、黙って頷いた。



夜の帳が下りた秩父の山間部の夜空は、文字通り降るような星空へと変わっていた。

「ヨシ! いまから数えるぞ!」

祐也はクロノグラフのタイマーを30分にセットして、そしてその竜頭を押し込んだ。

「ひとつ・・・」

思いがけず、それ程の流れ星は確認できなかった。
15分以上過ぎたがまだ二つしか流れ星を確認できていない。

「あ!・・・三つめ」

美香も不安そうな声で祐也に続いてカウントする。

『あと2つ・・・頼む』

祐也は目を凝らし満天の星空全体を眺め、見落とさないように首を回した。

「よっつ!!四つめ、見つけた!」

美香が嬉しそうな声を挙げた。左手前方に微かに尾を引いて流れ星が消えていくのを裕也は確認した。
腕時計を見てみると残り時間はあと2分。今までのペースでは到底間に合いそうにない。

祐也は決心した。
「美香・・」と声をかける。名前を呼ばれた彼女はイヤマフのせいで祐也の声が聞き取りにくかった。何かと不思議に思い、美香は反射的に祐也の方を向いた。
すると祐也はおもむろに美香を抱きしめて、そして唇を重ねた。

『・・・!・・ちょっと。。待って、一体これって・・』

あまりにも突然な成り行きに美香は混乱し、祐也から離れるべく顔を引いた。
と、その時

「あ!五つ目、見つけた!ほら美香、見つけたよ!」



裕也が足示す真正面の空には、今夜現れた中で最大に輝く、そして長い尾を引く流れ星が見えた。

「やった!美香、俺と結婚してくれ!きっと神様が認めてくれたんだ!」

美香は自分の心のなかであまりにも様々なことがいっぺんに駆けまわたためか、先ほどとは違う感情の涙がたくさん溢れ出てきていた。
それは自分の過去を受け入れてくれた祐也への感謝の気持ちなのか、流れ星が5つ見つけられたことへの安堵なのか、それともあまりにも唐突な祐也とのファーストキスのせいだったのか。

泣きじゃくる美香は祐也のプロポーズを、ただ頷いて受け入れた。何度も何度も頷いて。
そして祐也のクロノグラフからは30分を過ぎたことを知らせるアラーム音が暗闇に響いていた。

最終章

「屋根の開くクルマじゃなかったら、お父さんとお母さんは結婚できなかったかもしれないんだぞ、そしたらお前は生まれてこなかったってことだ」

祐也は膝の上で我が子をあやしながらそう微笑んで聞かせた。

「あらあら、祐也さんたら。まだ佑樹は聞こえても理解できるわけないじゃない。まったくもう」

洗濯物をたたみながら、美香は微笑んで祐也にそう言った。

「お兄さんが916のスパイダーに乗っていてくれて助かったよ。そうでなければあの時書類だけ受け取って別れちゃっただろう?」

「さて、どうかな。あの書類きちんと読んだの?敏腕営業マンの祐也さんにしてはちょっと注意力が足りないんじゃないかしら?」

「・・って、美香・・・」

「あれはね。社内に回ったファイルのコピーをプリントアウトしただけのもの。だってそうでもしないと祐也さんに会いに駐車場に出る口実が作れなかったんだもの」

暫くして祐也はようやくその意味を理解した。
そしてあの夜のことを思い出して喋り始めた。

「あの時あと2分しか無かったから俺はもうどうにでもなれってキスしたんだ。そして5つめが流れなくても俺は見つけたって嘘をつこうと決心したんだ。美香は見逃したことにすればいいって」
「だけど本当に5つ目の流れ星が流れてくれた。もう何が何だかわからなかった。俺は運がいいって。本当に思えたさ。美香に出会えたことだけじゃなく、賭けにも勝てたってね」

佑樹が誕生した井元家のパーキングには2台の車が並んで停めてあった。
一台は絶対に手放せないツインスパークのスパイダー、そしてその隣には159のSW。
そしてそのSWの荷室には、佑樹のベビーカーが載せてあるのが見えた。



******************完*******************


こちらもFC2には収められていません。
実はまたぞろこんな小説を書こうかなぁと考えている次第です。

その節はぜひ温かい目でご覧くださいませ~  また明日(^.^)/~~~





ご興味があればこちらに過去記事(2010年10月~2015年10月)があります。
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