アルファロメオの登場する短編Season14-4 | 社会不適合オヤジⅡ

社会不適合オヤジⅡ

好奇心、いよいよ旺盛なもので・・・

さていよいよ最終話

賢治と道子とそして智之を乗せた147Ti2.0は、彼らにどんな将来を見せてくれるのでしょうか。
そして賢治は天に召される前に、彼の全てを家族に開陳出来るのでしょうか。
文中の画像はイメージです。予めご了承下さい。

題:我が心のジュリア

最終章 受け渡す者と受け継ぐ者

赤谷湖に着くと、三人は147から降りて湖岸で休憩することにした。
智之は二人と少し距離を置いて離れた方向へ歩き出した。

「なんだ?智之のやつ。どこに行こうっていうんだ」
訝しげに賢治が呟く

「きっと自動販売機で暖かい飲み物でも買ってきてくれるんじゃない?気が利くわね。とてもあなたの息子とは思えないわ」
道子が賢治をからかう

やがて智之は道子の予想通り、お茶とコーヒーと紅茶をそれぞれ一本ずつ手にして帰ってきた。
「オヤジはお茶だろ?これでいいよね。オフクロはこれ、ミルクティーにしたよ」

「ありがとう。この前ここに来たのは結婚する前だったわ。確かお父さんのアルファロメオはあの隅の手すりの前に停めたんだったわ。ブレーキが遅くて手すりにぶつかるんじゃないかって、びっくりしたこと覚えてる」

「あれからもう30年だものな。智之が生まれたのはその2年後だ。昭和から平成に変わった時だものな」
賢治は自分が20代後半にここに来たことを思い、気がつけば息子の智之がその当時の自分と同じ年令になっていたことに不思議な気がした。
と、智之のスマホが着信を知らせた。

「あ、ごめん。ちょっと・・・」
着信の画面に目を落とした智之は、そう言うと二人から離れ、スマホで会話を始めた。

「彼女さんじゃないの?きっとお昼休みだから掛けてきたのかしら」道子が嬉しそうに言う

「え!そうなのか。奴には彼女がいるのか。知らなかったなぁ。なぜ教えてくれなかったんだ」
賢治はまんざらでもない顔をしながらも道子の脇を軽くつついてそういった。



湖面から渡って来る風が心地よかった。もし真上からこの風景を見ることができたら広大な湖面の端の薄茶色の駐車場に僅かな人影と数台の車が小さく見えることだろう。
そして湖面から吹いてくる風は、それぞれの人と車の間を駆け抜けて、北側に聳える山嶺へと向かって駆け上がっていく。ここから始まった賢治と道子の30年間の記憶を所々蘇らせながらあの大きな山並みへと運んでくれていった。

国道17号から別れて入る法師温泉への入り口は、とても狭い山道のような県道だった。
両側に杉木立に囲まれ、対向車が来たらすれ違うのにも気を使うほどの道だった。

「智之、お父さんはね、この狭くて見通しの悪い林道みたいな道をすっ飛んで行ったのよ。信じられないでしょう?こっちはもう生きた心地もしなくて、ドアの上にあった吊革みたいなベルトを握りしめて目をつむっていたわ」
後ろの座席で道子が当時の思い出を口にする。

「そうだったかなぁ。そんなひどい運転をした覚えはないけどなぁ。ただこの景色は今でもはっきりと覚えていた。お前と来たのは秋口だったし、その時はもう夕方近くだったから薄暗かったような印象があるよ。17号線から外れてようやくジュリアGTVの本領発揮!って俺は思ったのかもしれないな」
悪びれたふうでもなく賢治はそう言うと、左手に見える木立の隙間から前を走る小型の観光バスを見つけた。

「おいおい観光バスが行くぜ。静かな鄙びた長寿館も今は昔、か。」
賢治は少し気落ちしたかのような顔をして呟いた。



「こんにちは。予約した東京の櫻井です」

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。遠いところお疲れ様でした。どうぞこちらへ」

玄関を入り、すぐの間には大きな木の根がテーブルに作られ鎮座していた。
この温泉は日本各地にある弘法大師巡礼の伝説の一つで、お大師様が巡錫の際に見つけたという秘湯だとのいわれがあるという。法師温泉という名前もそれから付けられたものだということだ。



豪華とかいう言葉とは無縁な宿だったが、精神的にはとても贅沢な宿だと言っていい。全館木造の2階建て、風呂場は元々河原だった場所に湧き出る湯をそのまま建造物で取り囲んだものだ。
源泉から湯を引き込むのではなく、浴槽の床からそのまま湯が自噴しているのだった。

「こちらへどうぞ」

宿屋の従業員に案内されたのは二間続きの、こざっぱりとした部屋だった。
まずは賢治の体が心配で、訳を話して最初から奥の部屋には布団を一組だけ敷いてもらっていた。
道子は賢治に横になるように言い、鞄の中から血圧計と体温計を取り出した。

賢治は思いの外元気であったが体温がやや高く、微熱が続いたら気をつけてくれと医師からは言われていたため、少し時間は早かったが病院に電話し、担当の看護師に測定結果を報告した。
外泊の許可をもらう際、現在の賢治は直ぐに危険な状況に陥るようなことはないと言われていたので道子はあまり病人扱いをせずにいようと決めていた。

「お父さん疲れたでしょう。直ぐにお風呂へ行きたいのでしょうけれど、少し休んでからにしましょうね」

そう言うと道子は隣の部屋に行き、お茶を淹れる支度を始めると智之が戻ってきた。
布団に横になった父親の、びっくりするほど細くなってしまった腕を見て、智之はもうあまり時間がないことを悟らされた。若いころから山登りやスキーに興じていたため、賢治の二の腕はがっちりとした筋肉質だったはずだ。子供のころからずっと腕相撲では決して賢治に勝つことができなかった。もっとも智之は二十歳を過ぎるころにはもう腕相撲などやらなくなってしまったが。

「オヤジ、風呂に行けるか?横になっているのが楽ならしばらくそうしていてくれ。俺はさすがに運転しっぱなしで疲れたようだ。湯に入って緊張から解放されたい気分なんだ」

「おぉそうだな。俺もひとっ風呂浴びてくるか。いいだろう母さん?血圧も脈拍も問題ないんだよな?」

「そうね。長湯をせず、のぼせないようにしてくださいね。長く入っていたかったら半身浴のようにヘリに座って足だけを湯船に入れるのもいいわね。体が冷たく感じたら時々掛け湯をすればいいわ。行ってらっしゃい」

賢治と智之は連れだって大浴場へと向かった。
途中にはあのポスターが貼ってある。



「これ・・これだよ智之。おれはこのポスターにやられてこの温泉に母さんを誘ったんだ」

「へぇ、おやじはまたずいぶん渋い趣味だったんだね。このポスターを見て20代の男が彼女を温泉に誘おうなんて思わないだろう。変だよ絶対。信じられないね」

その頃はまだ温泉ブームとやらは起きておらず、温泉なんて言うのは年寄りの行くところだというのが一般的な認識だった。それでも賢治のような山歩きを好む若者たちの間では、登山の帰りに温泉で汗を流して着替えて電車で帰るということは当たり前に行われおり、中には山に登るのが楽しみなのか、帰りの温泉が楽しみなのかわからないようなものまで現れる始末だった。
そんなわけで賢治は温泉の素晴らしさと心地よさを知っており、このポスターを見て道子にもその良さを感じてほしいと思ったのだった。
それには「秘湯」みたいなロケーションが必要だった。
なにしろ結婚ということを念頭に置いてのドライブ旅行だ。ムードがなけりゃぶち壊しだと、賢治はそんな気の利いたことは得意でもないくせに、このポスターを見た瞬間にインスピレーションを感じたのだった。

賢治の言う通り、ここの温泉は素晴らしかった。
二人はゆっくりと湯につかり、ウロウロと歩き回り、時々女性が入ってくることに驚きつつも滑らかでさらりとした泉質の湯を楽しんだ。



道子はさすがにこの時間帯に混浴に入ることはせず、深夜こっそりと入ろうということにした。
すぐに夕飯の時間になり、ここは山の中であるということを十分に感じさせられる素朴な料理が並べられた。
もともと賢治は酒の類はあまりたしなまず、飲み物は番茶、煎茶、ほうじ茶、抹茶と食事に合わせてそれぞれを好んで用意していた。
それでも今夜くらいは乾杯でも上げようと、道子は地元の地酒を頼み三人で乾杯の運びとなった。

「お父さん、ここに来れてよかったでしょう?私もいつかまた来てみたかったのよ。秘湯って呼ばれる温泉宿はここが生まれて初めてだったし、混浴もはじめてだったわ。でも後から次々に男の人が入ってくるから、湯船から出られなくなって困ったけど」

「え?おふくろはその時いくつだったの?そうか、その年齢じゃそりゃぁ恥ずかしいよな。ひでぇなオヤジも。今もさ、女の人が入ってきたんだけど、5人~6人くらいで集団で入ってくると結構大胆だよな、俺たちのほうが遠慮して隅のほうにじっとしていたよ。え?多分若かったと思うよ。だってそんなにじっくり見ることなんかできないからさ。パッと見た感じ20代かなって思えた。俺とあまり変わらないよきっと」

「まったくだ。風呂に入るから脱衣場に眼鏡を置いてきたんだけれど、眼鏡外さなければよかったなぁ」

他愛もない話でゆっくりと夜の闇があたりを包み始めていく。
この他愛もない話というのが今の賢治にとっては極上の幸せだった。白とグレーと、そしてブルーしかない病室を離れ、緑に溢れ太古の昔からうっそうと茂ってきた深い森、そして国の保護を受けているこの由緒ある温泉宿でこうやって親子三人で杯を交わし、飯を食う。ごく普通のちょとだけ贅沢な時間の過ごし方。
おれはがむしゃらに働いてきてそれなりに生きてきたつもりだった。ひどい仕打ちを受けるような道に外れたような振る舞いをしたわけでもなかった。
それでも俺の命はもうじき潰える。もし命の蝋燭とやらがあったのなら、おれのその蝋燭はもうほんの僅かになっているんだろう。

ふと窓の外に目をやると、植込みの木々が柔らかく揺れているのが見えた。草木は夏に向けていよいよその若葉を生い茂らせて太陽からの日差しを体中で受け止めようとしているのだろう。
そよ吹く風はその枝を僅かに揺らして、まるで彼らを応援しているかのようだった。
こんな風景に命というものを感じさせるなんて、いよいよ俺も無の境地とやらに近づきつつあるのかと少し可笑しくなった。



すると酒に強い智之が、酒に強いことは道子の家系からの遺伝だったのか、少しほんのりとした顔で賢治に向かってこう言った。
「オヤジ、聞いてくれ。今日はオヤジに言わなきゃならないことがある」
「突然で申し訳ないが、実は俺はもうじき嫁さんを貰おうと思っている。おふくろにはこの前その話をしたんだ。だけどちょうどオヤジは入院やら検査やらでバタバタしているときだったから、ついぞ言いそびれちまっていた」
「相手の細かい話はあとできちんと説明するから、とりあえず今日は俺の決意だけ言いたかったんだ。大丈夫だよおやじはこんなに元気じゃないか。俺の結婚式にはおやじもおふくろも二人揃っての席と料理を用意することにしてある。だから気持ちを強く持ってくれ。この頃おやじを見舞いに行くと、なんだか達観したような死ぬことを恐れていないような、この世から去ることに未練がないような、そんな気がしてならなかった」

「どうだった?あのアルファロメオの乗り心地は。おれはさ、外車って興味がなくて何の予備知識も持たないままあれに試乗して驚いたんだ。あの車は生きている面白さを感じさせてくれるんじゃないかって、そんな気がした。そうだ生き生きと生きる。今のオヤジに必要なのはまさにそれだ」
「生き生きと生きる。このテーブルに乗っている山菜やその料理はちっとも洗練されてはいないけど、でも本当に滋味に富んでいるじゃないか。俺は思うんだ、一見無駄に見えたり不要なものに見えるものこそが、本当に大切なものをより一層引き立ててくれるんじゃないかってね」
「だからこの料理はこの大地を口にしているって実感があるよ。体に染み渡るような味だ。オヤジもさ、病院で過ごす時間は必要なんだろうけれど、それは生き生きと生きているってことにはならないよ。また家に帰ってきてくだらないコレクションを集めたり、それをおふくろにたしなめられたり、そういう時間こそが今のオヤジには必要不可欠なんじゃないかって、俺は思う」

「言っとくが、俺が嫁さんを貰うのはオヤジを喜ばせたくて結婚するんじゃないぜ。俺は俺のために結婚を決めたんだ。そうやって一つのジェネレーションが次のジェネレーションへと受け継がれていくんだろうさ。俺ももうあと数年で30歳になる。アルファロメオを買うには少したくわえを使っちまったけど、おふくろがずいぶん援助してくれた。俺が運転して、おやじが助手席で、おふくろと嫁さんが後ろの座席で。そうやって4人でまた旅行に行こうぜ」
「オヤジの乗っていた1750GTVと俺の147では40年ほどの開きがある。これだってほとんどワンジェネレーションじゃないか。俺はオヤジとおふくろの遺伝子を受け継いでオヤジの愛したアルファロメオの新しい世代を愛していく。ここまで走ってきて、あの車にしてよかったって心底思っているんだ」



いつの間に子供は大人になるのだろう。
俺から見たらいくつになっても自分の子供は子供と呼んでおかしくない。
だが目の前で胡坐をかき、浴衣をはだけて俺を食い入るように見つめる智之は、もう子供じゃなくなっている。
そうだよな、おれだって奴の年にはもう道子のことを生涯の伴侶だと決めていたんだもの。
ワン・ジェネレーション、か。
確かにそうだ。おれも何事もなければあと数年で還暦を迎える年齢になったんだものな。

それはそうと奴の嫁さんっていうのはどんな人なんだろうか。
まぁいいさ。きっと道子はすべて知っているに違いない。道子が賛成するのなら、俺はそれでいいさ。
どの道俺はそれほど長いことはない。道子と智之と嫁さんと三人でうまいことやってくれるんだったらそれがおれの望むところだ。

「さてオヤジ、もう一風呂浴びてこようぜ。一杯飲んだら汗かいたよ。明日は湯沢から津南を抜けて小布施の北斎館だ」
「親父は北斎館も行きたかったんだよな?今夜はゆっくり休んでくれよ。運転は俺に任せろって。酒の強いのはオフクロに似たが、運転のセンスは親父から受け継いでる。大丈夫だよ。さあ、風呂に行こうぜ」

はだけたままの浴衣の裾を気にもせず智之は賢治を誘い、風呂へ向かった。
道子はヨロヨロと部屋を抜けていく二人の背中を見ながら、私の人生ももしかしたら結構素敵なものなのかもしれないと、少し微笑んで目の前のぐい呑みを一息に飲み干した。

『あ~!おいしいお酒!。。私もそろそろお風呂に行こうかしら。フフ、30年ぶりの混浴だわね』


***************完*******************



さてこれで全話終了の巻。

生き生きと生きる。悔いのない人生を過ごすには、残された時間だけでは測れないのでしょう。
新しい家族が増える櫻井家には、世代交代という家族のそれぞれの役割がきちんと背負われて行けそうです。

ジュリアは素晴らしいアルファロメオであることに違いありません。
けれど40年後のアルファロメオもまごうことなきアルファロメオでした。
私の156は1999年製です。20世紀最後のアルファロメオのベルリーナを大事に乗り継ごうと思っています。

やっぱり小説は難しい。次はもう少し練りこんでから書きましょう。 また明日(^_^)/~~~




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