アルファロメオの登場する短編 Season15-3 | 社会不適合オヤジⅡ

社会不適合オヤジⅡ

好奇心、いよいよ旺盛なもので・・・

最終章です。
出来ていたことが出来なくなる。当たり前だったことが当たり前ではなくなる。
それがその人とその周辺の人達にどのような影響を及ぼすか。
定年という人生の節目を前に、幸太はどのように生きることを選ぶのでしょうか。
そして愛車のアルファロメオの行末には何が待っているのでしょうか。
文中の画像はイメージです。予めご了承下さい。

題:星空に描いた夢

第三章 受容

11月19日 9時03分

救急病院から地元、立川の病院へ転院したのは8月の末。
今日はその病院を退院するためカンファレンスを開く予定日だった。

あれから幸太には表情というものが無くなった。
喜びも悲しみも、嬉しさも苦しさも彼は淡々と受け流す日々を過ごしていた。
会社は今回の休職を傷病休として認めてくれたため、離職せずに済んだことは幸いだった。
顧客管理を業務の中心とした部署の部長職だった彼は、この金融機関の重責な地位についていた。



カンファレンスは10時から予定されていた。
朝食を済ませ午前中の回診を受けた彼は、カンファレンスまで身だしなみを整えて手持ち無沙汰にベッドに寝転んだ。
その時彼のタブレットにメールの着信を示すメッセージが表示され、訝しげに思った幸太だったが無機質な表情でそのメールを開いてみると、それは彼の愛車アルファロメオ2000GTVを購入し、その後もメンテナンスをしてくれている新和自動車のサービス主任、甲斐からのものだった。

外山幸太様
ご無沙汰しています。新和の甲斐です。ご事情をお聞きして驚きましたが、その後いかがでしょうか。奥様からは外科的処置は順調に回復しているとお聞きしております。
今はリハビリに取り組まれていて、ほぼご自分のことはお出来になるまでになったともお聞きしております。
さてあのGTVですが、もう3ヶ月ほどエンジンに火を入れていないとも聞きました。
状態としては健康なジュリアだと自負しておりますが、時には軽く走らせることも必要かと存じます。
実は先日ご子息の幸輝様からお電話を頂き、GTVの維持管理についてご相談を受けました。
それは・・・・・・・


長いメールだった。
内容としては幸輝は父親の身体状況を憂慮してゆくゆくは、GTVは手放すことも考慮しなければならないのではないかという相談を持ちかけてきたということだった。
甲斐は車検も取ったばかりであることや、例のクラッチレリーズも新品へと交換したことも加え、すぐに結論を出さなくともよいのではないかと返答したと書かれていた。

だが幸太はすでにアルファロメオの運転についても興味を無くし始めていた。
『俺が車を運転する?この体でか?馬鹿なことを言うな。あのクラッチをこの左足で切れというのか。この右手であのギヤボックスを操れというのか。それにジュリアのステアリングはノンアシストだ。肩に力を入れるだけで右手の指が痺れてしまう今、あのステアリングを操作できるわけがない』

彼は自分の中で様々なことが終わってくことを実感していた。
仕事はなんとか続けられそうだ。だが以前とは違い定年まで波風が立たないようにじっと過ごすことを望んでいた。
以前の彼は仕事には貪欲で、普段の生活や登山の時とは温厚で柔和な彼だったが、いざ仕事になるとイチかバチかの賭けに出るような事もあった。努力家で緻密な計算を厭わない彼の性分はそのような賭けに味方してくれて、彼は常にチームのリーダとして成果を上げてきたのだった。

『自分の不注意が産んだ結果だ。誰のせいでもない。その上たくさんの人に迷惑を掛けちまった。幸輝もそうだ幸司にもそうだ。それに何より恵美子には申し訳ないことをした。これからようやく二人の時間を楽しめるはずだったのに、俺のせいであいつには今後ずっと不要な苦労を負わせちまうんだからな』

幸太はメールには返信を書き込まず、メールを閉じた。

11月30日 9時22分

19日のカンファレンスは淡々と進み、通院によるリハと入院していた時のリハを自宅でも行うようにと、結局それだけが具体的な結論になった。
11月末の今日、幸太は退院の日を迎えていたが相変わらず彼の表情からは自宅へ戻れる嬉しさを伺えさせることはなかった。
担当医師と看護師に見送られて幸太はタクシーの後席に恵美子と二人で座り、病院をあとにした。

「お父さん、久しぶりの我が家よ。今夜からは自分のベッドで眠れるのよ。消灯時刻も決められていないし朝だって寝坊できるのよ。良かったわね」
恵美子は夫である幸太の手を握りそう話しかけた。恵美子はまだ痺れの残る右手をゆっくりとマッサージするのはもう習慣になっていた。

「うん、そうだな。今日はゆっくりしたいが・・・運転手さん、次を右に曲がってくれないか」
恵美子はすぐに理解した。幸太は会社へ寄るつもりであることを。

「お父さん、今日は真っ直ぐ家に戻りましょうよ」恵美子はそれだけ言うと言葉を切った。



『これから先は私の役目だわ。これまで仕事も子供のことも登山も、それに様々な全てにだって一途な父親だったし夫だった。でも私はいつの間にか幸太さんと一緒になれた幸運に次第に慣れてきてしまった。これはきっと神様から私に与えられたメッセージなのだと思う。神様はあの岩棚を用意してくれた。命を落とさないまでも自分たちは何者なのかを見つめ直させるためにね。きっとそうよ、ね?あなた・・』

恵美子は幸太の右手をマッサージしながら自分の気持ちを自分なりに決めていた。
結局幸太は会社へは立ち寄らず、やがて車は住宅地に入り自宅マンションへ到着。自宅では息子二人が仕事の休みを取り、待っていてくれた。

「おぅ!親父お帰り。ようやく戻ってこれたな。まずはおめでとうだ」
ドアを開けると長男の幸輝が笑顔で迎い入れた。

「親父、お帰り。大変だったな。知り合いの工務店に頼み込んで家の造作を親父が使いやすいように改修してもらってあるぜ。ベッドも3モーターのギャッジアップできるものに取り替えてある。これから少しづつ体の動きを取り戻していこうぜ」
次男の幸司は建築業に従事しているため、父親が入院している間に入院先のPT、看護師と打ち合わせを行って住宅の改修工事を終わらせてくれていた。

「ねぇ父さん。あなたの息子たちは頼もしいわね。いつの間にこんなに立派な大人になったのかと思うほどだったわ。さぁお部屋に入って。畳よりも椅子の生活でないと難しいだろうって、リビングとダイニングはフローリングにして間仕切りを取り払ってあるから」

幸太は複雑な心境だった。もちろん自分に対して家族の皆が精一杯の献身的な行動を起こしてくれていることの感謝の気持ちでいっぱいだった。
病院での生活は単一目的で、リハビリと傷病の改善だけを目的に生活していた。それは非常に殺風景な生活内容だった。
退院に臨んでどうだったかと聞かれれば、嬉しくなかったはずはない。殺風景な生活環境が騒音と静寂と色の氾濫とネオンサインの輝く街へと戻ってきたのだったから。
しかしそれは同時に今まで経験したことがない未知の領域へ足を踏み込まざるをえないという不安とある種の恐怖を感じていたことも事実だった。

「みんな、迷惑かけるが申し訳ないな。だらしがない事になったが俺は何も悔やんではいない。これまでやってきたことの延長線に今があるんだと理解するしかない。予想していた歩み方とはすこしばかり違ったがな」

幸太は悲観したような言葉を出すまいと努めて明るく振る舞った。が、それが却って恵美子の胸に深く差し込まれるような悲しさを感じさせて恵美子は思わず目を伏せた。

11月30日 11時51分

この日の午前中はそれぞれが大忙しだった。
恵美子は退院後の洗濯物や片付け、そして脱ぎ履きがしやすいように仕舞う場所を変更した洋服ダンス、小引き出しなどの整頓を行い、久しぶりに家族揃っての食事の買い物に出掛けていた。

幸輝は車の洗車をしていた。父親が入院してから以降、幸輝は新和自動車のサービスの甲斐主任と蜜に連絡を取りあい、この70年代初頭のアルファロメオのクーペのことを学んでいた。
彼の免許はAT限定ではなかったこともあり、時々運転をしてみたりもしていた。
唯一慣れなかったことは、この車が左ハンドルであるということで、右手でシフトノブを操作することも、左手でウインカーレバーを操作することも中々慣れなかった。
庭の水道栓からホースで水を出し、洗車用のシャンプーをセームクロスで静かに洗う。
まるでそれは父親の背中を洗っているかのような、変な感傷に浸れる行為だった。



幸司は父親の書斎兼寝室に設置された電動モーター付きのベッドのセッティングと部屋の掃除を行っていた。
右手の握力の回復と可動域の獲得がまだ不十分であったため、突っ張り棒式の縦手すりを幾つか設置して、実際に幸太に寝たり起きたりの実演をしてもらった。
書斎の椅子も今までより安定感のあるパッドの厚いチェアーに取り換え、掴まり歩きをしながらも安心して立ち座りができる動線を確保しようと試みていた。

「さあ、ごはんにしましょう」恵美子は何年ぶりにか、家族全員のお昼ごはんを食卓に並べ、それぞれに声を掛けた。
『あぁ家族が一緒ってこんなに素晴らしいことだったのかしら。母親の仕事は雑務に追われることばかりだと思っていたけれど、こうやって皆がまとまって心を一つにできる。その中心に居られることがなんて幸せなことだってこと、今になって分かったように思うわ』

豪華ではないが子供の頃から慣れ親しんだ母の味だ。幸輝と幸司は久しぶりに食べる母親の味を楽しんでいた。
幸太といえば病院食の味気なさから開放され、結婚してからずっと口にしていた妻の恵美子の食事に感謝を感じながら、ゆっくりと箸を口に運んでいた。

「親父、あのアルファロメオさ、俺あの車・・・・」突然幸輝がGTVのことを話題にした。

「あぁ、新和自動車の甲斐さんからメールが来てたよ。お前があの車のことを気にしてくれていたってな」幸太は淡々と言葉を返した。

「俺さ、あれってずっと家に置いておきたいって思い始めてる。今の親父にはあの車は走らせるには重荷だよねきっと。けれどもあれがなくっちゃこの家は絵にならない。親父が帰ってきたのにあれが置いてないんじゃ駄目だと思う。あの車には俺の思い出も詰まってるしな。旅行も大学受験もあれで一緒に行ったし、コンパで飲まされて酔いつぶれた時も、いつも親父はあの車で俺を迎えに来てくれた。俺には俺の思い出とともにあの車がいる。だからきちんとメンテナンスしていこうぜ」

「エアコンも弱いし、雨が降ると前が見難くなるし、渋滞に巻き込まれたらアイドリングが不安定になったりするけれど、それでも私もあの車は好きよ」恵美子が幸輝に続いてそう言った。

幸太は少しづつ心が解れていくのを感じ始めていた。自分が病院ですさんだ心でいた時間はたかが数ヶ月だ。これまで馬鹿正直に戦ってきたことが瓦解してしまったような脱力感と無力感に苛まれ、自暴自棄になっていたってことは否定しない。だが今の自分の置かれた状況を客観的に見れば、この先の未来に希望などというものは抱けないことも確かだ。
どうすればいい。拗ねているんじゃないが、笑顔ではしゃぐような演技は何の役にも立たないだろうことも十分に分かっていた。

「親父、おれね、友人に社会福祉学を勉強している友人がいるんだよ」と、今度は幸司が口を開いた。

「奴の専門は事故や病気で体の機能を低下させる結果となった、中途障碍の方たちの社会参加について勉強しているんだけどね、奴の言った言葉でさ『受容』って言う言葉があったんだ。それはね『自己を受け入れる』ってこと。つまり中途障碍の方は、それまでのいわゆる『健常者』から『障碍者』と呼ばれることになってしまうんだ。生まれつきであることも不幸かもしれないけど、中途障碍ってのは本人が抱える苦悩はもしかしたらそれより上かもしれないんだよな。つまり普通に生活出来ていた記憶は消せはしない。あの俺が・・・ってついつい比較して今の自分を悲観してしまう」
「そこで必要なのが『受容』という考え方なんだって。親父はさ、杖を使って歩くのが今の親父のスタンダードな歩き方なんだよ。俺はさ、子供の頃から近眼だろ?小学生高学年からメガネを掛けてるよね?だからこのメガネは俺の体の一部。メガネをせずに狭い道を歩いたらきっと車に撥ねられる。だから朝起きてから寝るまでメガネを掛けることは当たり前のことだよ。親父もさ、杖を使わないと車に撥ねられるかもしれないぜ。杖はもう親父の足そのものだ。だから自分の今を受け入れて、今の歩き方で、今の右腕の可動域で、右手の握力で今後生きていくってことを自分自身で受け入れることが必要なんじゃないかってことさ」

次男の幸司はいつの間にこんなに理路整然と親に向かって話ができるようになったのか。
幸太は話の内容よりも幸司の話し方そのものに感動を覚えていた。

「幸司、お前はいい勉強をしているんだな。仕事を通じてそんな話ができるようになったってわけだ。俺は嬉しいよ。お前のような子供を育てた男親でいられることが」

いつの間にか恵美子は席を立って汚れた取り皿を洗い始めていた。
大皿で4人前の料理を作り、銘々が好きに取り皿を使うものだから取り皿が足りなくなったからだった。
二人の息子が独立してからというもの、いつもは幸太と二人の静かな食事。それもいつも仕事が遅かったので時々は恵美子一人でこの広いテーブルで一人ぽつんと夕食を取ることも多かった。
洗い物を拭きながら、恵美子は何度も何度も目も拭わなければならなかった。

「幸輝、今度の休みにあのGTVの運転をしてくれないか。俺が助手席に座ってお前の運転をチェックしてやろう。あの車を上機嫌に走らせるのは手強いぞ、常に奴の主張を聞いて反応して奴の望むとおりに操作しなきゃダメだ。つまり会話しないとな。そんな機械との会話を感じながら自分の思い描くドライビングを重ねていく。車に従うわけでもないし、車を服従させるんでもない。そんな車はそうは多くないんだ。アルファロメオの魅力はそこにある」

幸太はそういいながら久しぶりに微笑んだ。そう凡そ4ヶ月ぶりに表情らしい表情を表したのだった。

『そうだ俺はすでにあのジュリアクーペを受け入れているじゃないか。幸司のいうことは間違っていない。おれはこれから杖をついて歩き、左手で鞄を持つ。若いころ北アルプスの山小屋で見上げた星空に俺は誓ったじゃないか。気が利く嫁を貰い聡明な息子を授かり、自慢の家族に囲まれて暮らす。あの星空にそう夢を描いたじゃないか。ようやく今その夢が叶い始めているんだ。俺は発語の障碍は無いのだから言いたいことはきっちりと言わせてもらう。GTVは幸輝に受け継いでもらおう。奴があの車のことを気に入ってくれるなら』



幸太はそう決心すると流しの前で肩を震わせている恵美子に向かってこういった。

「母さん!ビールあるかい!?ほら母さんもこっちに来てみんなで乾杯をしようじゃないか」

恵美子は小声で「ハイ」と答え、大きく頷くと冷蔵庫の扉を開けた。


******************了****************


ハイ!三章でまとめられました\(^o^)/
中途障碍を持った方は社会参加について問題を多く抱えているようです。
ジュリアクーペを愛し、山岳を愛し、仕事を愛し、そして何より家族を愛する幸太。
受容がますます進むことできっと彼は彼らしい壮年期~老年期を過ごすことができることでしょう。
そう、何の後悔もしないままにです。

久しぶりの小説、のようなもの、いかがだったでしょうか.
時間がなくて走っちゃた箇所もありましたが、お書きしたいことは書けました。
最後までお付き合い下さりましてありがとうございました。

またそのうち構想をまとめてお送りいたしましょう~ また明日(^_^)/~~~




ペタしてね
オリジナルペタボタンです! ペタもヨロシク(^_^)/

こっちも再登録しちゃいました(〃∇〃)
ポチッとよろしくお願いしま~す

にほんブログ村 車ブログ アルファロメオへ
にほんブログ村

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

「和歌で遊ぼう!」今週中には更新しましょう!
記事は下のハートマークのアイコンから入れます。ご興味のある方、是非ご覧ください。



以前アップしたアルファを題材にした小説のショートカットを作りました。
ご興味があれば是非御覧ください。
第1作:第1話第2話第3話第4話第5話第6話ネタばらし(^_^)/
第2作:第1話第2話第3話第4話
第3作:第1話第2話第3話第4話第5話
第4作:第1話第2話第3話第4話
第5作:第1話第2話第3話第4話第5話
第6作:第1話第2話第3話第4話
第7作:第1話第2話第3話第4話第5話第6話
第8作:第1話第2話第3話第4話第5話
第9作:第1話第2話第3話第4話
第10作:第1話第2話第3話第4話
第11作:第1話第2話第3話第4話第5話第6話
第12作:前編後編
第13作:第1話第2話第3話
第14作:第1話第2話第3話第4話

ショート・ショートはこちら
その1
その2
その3


あ・・・・社会不適合オヤジⅠのバックナンバーはこちらから