小説 / 車窓 4(再掲) | 社会不適合オヤジⅡ

社会不適合オヤジⅡ

好奇心、いよいよ旺盛なもので・・・

さて今夜で完結です。

彰の目指す人工栽培レタス支援システムは、多紀が求める農業の未来につながっているのでしょうか。

そして奇跡的な再会を果たした二人の先には何が見えてくるのでしょう。

 

その4:車窓に映る二人

 

幸いにも彰が行ったプレゼンテーションは予想以上に役員たちの評価を得られた。

それには滝田教授のまとめ上げた補足資料が経営者の意思を固めたということもあったが。

ただし彰の会社で扱うには初めての内容で、まずは研究チームを立ち上げることになった。構成員は部長をリーダーに彰のほか4名の、合計6名によるチームだった。

それに加えてもちろん多紀も参与として参加を依頼され、プロジェクトが一定の結果を残すまでの期間はラボと彰の会社との往復を求められた。

 

この頃は毎晩終電近くの電車で帰宅しなくてはならない日々が続いていた。

「多紀、あのね」彰は多紀に声を掛ける。

「うん?なぁに」少し眠くなり、目を閉じていた多紀は虚ろに目を開けて彰を見る。

「あのさ、このプロジェクトって社会に凄い影響を与えるんだと思うんだ。だから僕らの手でやり遂げられたらそれは自分の自信にも繋がるし、今まで積み上げてきたもののひとつのゴールになるほどのことじゃないかって思う」

彰は車窓の外を眺めながら呟くように言って、多紀の返事を待たずに言葉を続けた。

「でもね、今の俺はこの仕事はそれよりももっと重要な意味があるんだ。それは多紀と一緒に多紀が求めていたことを創り上げているっていうことなんだ。卒業するときに多紀とは別れ別れになってしまうことを受け入れられなかったよ。それでもどうあがいてもどうしようもなかったからね、現実を黙って受け入れるしかなかったんだ」

彰は車窓に映るお互いの姿を見つめながら、相変わらず呟くように語った。

 

その時車内アナウンスがそろそろ国分寺につくことを告げた。

何か言おうと思っていた多紀は、そのアナウンスに場を外されてしまったような感じがして、結局何も返事ができないまま二人は国分寺駅に着いた。

 

もうこの頃は多紀は自分のアパートに帰ることもなくなって、いや、連日遅い帰宅が続く日々だったので、それは彰の母からの提案だった。

駅から終バスに乗りいつものバス停で降りる。路地に入って暫く歩き、次の角を曲がれば彰の家に着く。暫く黙ったまま歩いてきた二人だったが、ふと多紀が口を開いた。

「・・・彰くん、明日ラボに来てくれない?ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」

「あ、あぁもちろんいいよ。明日の予定ならラボに行ける時間は取れるし」

それだけの会話を交わして、二人は彰の家についた。

 

・・・・翌日、ラボにて・・・・

 

多紀が所属するラボは大学の研究室のOBらによって設立されたものだった。

滝田教授は大学の教授で、多紀の恩師でもある。

今はレタスの人工栽培に取り組んでいるものの、今までのヒット作は人工的に培養した乳酸菌だった。

その乳酸菌はLDLコレステロールを劇的に減少させ、そのかわりにHDLコレステロールを年齢に応じた適正値まで引き上げる効果が顕著だった。

現在の農業大学の研究室は土壌の改善や有機肥料の開発、分析などをも専門に研究開発することも当たり前になった。

この乳酸菌の製造もその研究の大いなる成果で、ラボの運営費を稼ぎ出す大黒柱の役割を果たしてくれていた。

彰は人工栽培レタスの苗床を、多紀の説明を受けながら見学していた。

 

「・・・って言うことなの。現在の課題はこの育成サイクルを日別に解析して、レタスの成長を促進させる細胞と、なぜか成長を抑制する働きがある細胞の役割を解明することなの。なぜわざわざ成長を抑制するような働きを備えているのかよく分かっていないんだ。それを阻止できれば成長細胞の活動は誰にも邪魔されることなく活性化するはずなの」

発芽から収穫までのサイクルを早めることで製品のコストダウンを図るという、今回の基本理念を実現させるには、今までよりも成長を促す必要があった。

けれど科学的な合成物を用いての成長促進は、そのコストを回収するための原資を結局売価へ上乗せすることになり本末転倒である。その上、化学合成薬物を使うことは消費者の購入意欲を阻害するという悪影響を及ぼすことは火を見るより明らかだった。

 

・・・・・・・・・・・半年後・・・・・・・・・・・

 

あれからずっと多忙な毎日だった。多紀は西荻窪のアパートを引き払い、彰の兄の部屋を間借りするようになっていた。もちろんそれは彰の母からの提案で、彰の父も賛成していた。

家賃は無料という訳にはいかないという、多紀の強い意思で若干の賃料を払うことになった。

休みの日には多紀は彰の母とS.Cへ出掛け食事の用意を二人でするなど、傍目には親子か仲の良い嫁と姑のような姿に見えるほどだった。

父もそんな光景を見るのがとても心地よく、このままずっと多紀がこの家に住んでもらえないものかと願うようにさえなっていた。

 

プロジェクトチームは一つ一つ課題を解決していったが、現段階では目標の七合目付近までやっとたどり着いたに過ぎなかった。

今日はトーマス社へプロジェクトの進捗具合を報告に出向く日だった。

榊と彰、そして多紀の三人はトーマス社へと向かう途中、他愛もない雑談を交わしながら歩いていた。

 

「・・・でさ、田邉さんは多紀さんと一緒になるんでしょ?このプロジェクトが上手く行こうが行くまいがもう良いよね(笑)だって田邉さんのご両親もお気に入りなんでしょ?」

榊は羨ましそうにそう言うと、彰の肩を軽く小突いた。

「え、え、そ、そんな事まだ分からないですよ。いやだなぁ榊さん、そんな事突然言い出して」

彰は少し取り乱しながら答えた。

「あ~ぁ、そんなこと言って。多紀さん、可哀想~」榊が多紀の顔を覗き込む。

すると多紀は二人が予期しなかったことを言い出した。

「う~ん。。。私ね・・・一通りの成果が出せたら三重に帰ろうかとも考えているんだ。母もこの頃弱くなってきたし、妹もそろそろ家を出る時期だし。それに組合だけに米作りを任せるわけにも行かないし。。。」

 

それを聞いた榊と彰は、上手い返事も解決策も言えなかった。

『・・・そうか・・・多紀はそんな事考えていたんだ。。。』彰は言葉にできない自分の不甲斐なさを感じ、やりきれない気持ちでいっぱいだった。

しかし彰は『そうだ、それならば今夜多紀にぜひ言っておくべきだ。仕方ない』と自分に言い聞かせていた。

トーマス社への報告は概ね良い報告ばかりで、このプロジェクトもほぼ予定通りのタイミングで完了することの目鼻がついていた。

トーマス社をあとにした三人だったが榊は気を遣ったのか、自分は会社にすぐ戻らなければならないと言い、タクシーに乗り込んで二人と別れた。

彰と多紀は榊の乗ったタクシーを目で追って、そしてどちらからともなく手を取ってあるき出した。

「あのね、多紀。ちょっと話をしたいんだ。母さんに食事は済ませてくるって電話しておくから」

彰はそう言うとタクシーを拾って多紀を促した。

 

この頃SNSで話題になっていた個室のある居酒屋で、彰は多紀と話をしようと思い立った。

彰はこのプロジェクトにかけていた。自分が目指すものが社会に貢献できる仕組みを生み出すという事実に、彰は一生を費やしても後悔しない仕事だと決めていた。

「多紀。さっきの話は本当だよね。三重に戻るというのは」彰は単刀直入に切り出した。そして「俺さ、この仕事に就いて、このプロジェクトに参画できて幸せなんだ。これってきっとすごく発展性がある技術なんだって分かってきたんだ。人工栽培のレタスのシステムが完成してもそれだけじゃなく、多紀が言う通り様々な野菜や果物の栽培へ転用できる。多紀が取り組もうとしている農業後継者の問題や、海外からの安価な野菜に対抗できる国産の農業生産品を安定的に供給できることになるのだからね。だから俺は決めたんだ。おれは技術者としての自分のこれからを、この技術だけに絞って取り組んでいこうって。消費者にも生産者にも喜ばれる技術を作り出せるなんて、技術者としては最大の幸せだよ、きっと」彰はそう言って多紀を見つめた。

 

「・・・凄いわ彰さん。大学の頃から私は彰さんのそういう真っ直ぐなところが好きだったの。彰さんのお家は皆さん優秀で、私は彰のお母様のような大人になりたいって思ってる。だけどうちは違うの。決して貧しいってことはないけれど、父も母も若い頃から働き詰めで稲を育てたりナスを作ったりほうれん草を作ったり。長期の家族旅行も行けなかったの、畑があるからね」

多紀は目線を上げて遠くを見るような目をしていた。きっとそれは故郷の田畑で働き詰めに働いてきた両親の姿を思い出していたに違いなかった。そして多紀はこう、続けた。

「働いて働いて、ようやく楽ができると思ったら父は病気を患って、今度は母がすべてをしなくちゃならなくなっちゃった。だから今度は私の番。大学へ行かせてもらえた父と母にお返しをする時が来たのよね、きっと」

 

そこに料理と飲み物が運ばれてきて、しばし話は途切れたが彰は本題から話し始めた。

 

「多紀、俺ねこの前、このプロジェクトの検証をトーマス社へ提案してきたんだ。そして検証するエリアを日本全国で探してみた。都府県別の産業分布や人口分布、大都市への若年層の流出率、高齢化率とその進み具合など。もちろん気候とかインフラとか生産野菜市場へ与えるダメージの少なさもね。俺らが乗り出して既存の農家さんにダメージを与えたら元も子もないからね。で、本当に偶然なんだけれど最も候補地として望ましかったのが亀山市だったんだ。そう三重県の亀山市だよ。だからこのプロジェクトが稼動するときには、おれはトーマス社へ出向して、亀山市に御茶ノ水のラボの12倍ほどの規模を持つ工場を立ち上げることになるんだ。まだこれは社外秘だったから今まで黙っていたんだけれど、さっき多紀の気持ちを聞いて、黙っていちゃいけないって決心したんだ。だからこの話は秘密にしておいてほしい」

 

「・・・彰さん、それって・・・もしかして。。。」多紀はあまりの驚きで自分の想像することが本当に正しいのか不安になるほどだった。いや、驚きだけではなく嬉しさのほうが遥かに勝っていたのだったが。

「そうさ。このまま計画が予定通り進めばあと半年で亀山工場は着工されるんだ。そして竣工は来年の今頃。俺は総責任者としてトーマス社へ出向しているに違いない」

「実は滝田教授にはそれとなく打診したんだよ。研究だけじゃなく実際に大量生産できるメドがついたので、ご協力いただけないかって。でもね、教授はラボが好きなんだって。それにもう今の年齢でまた新天地を切り拓くというのは重荷だって。根っからの研究者なんだね」

 

多紀は話の意外性と夢のような幸せに打ち震えていた。亀山市ならば実家から僅かな距離で行ける。自宅で母の面倒を見ながら先祖代々の田畑も守れる。そしてそんな近いところに彰が居てくれる。

さらに彰は続けて「でね、多紀。多紀もその工場に勤めてほしんだ。内々にはトーマス社も認めてくれているんだ、多紀の能力と夢とを理解してくれているよ」

 

何ということだ。まさか自分がその工場に携われるという話にまで行き着くとは、多紀は予想だにしなかった。

「彰くん・・・私、嬉しくて幸せで言葉にならないの。ありがとう。何と言ってお礼を言えばわからないの。ごめんなさい」

 

「うん。俺のやらなきゃならないことはこれからもっと責任重大になるね。自分のためにも会社のためにも、そしてトーマス社、消費者、生産者のためにもね。でも多紀のために精一杯頑張るよ。約束するよ」

「ハイ!ありがとう。ね、彰、乾杯しようよ。私はお酒飲めないけれど、今夜は乾杯だけはお酒でするわ」

「よし!そうしよう!」

そう言うと彰は廊下にいるであろう店員に向かって大声で頼んだ。

「すいませ~ん!あの~、お猪口もう一つ貰えますかぁ~!」

 

彰は思い出していた。8ヶ月前に夕闇の中に浮かび上がった総武線のドアに見つけた多紀の姿を。実は車窓は並行して流れていたんだ。卒業からずっと。

でもいまは二人の姿が車窓に映っているって思う。並んで座って同じ線路を走っていると。

多紀はお猪口を掲げて微笑んでいた。

 

*******************了******************

 

ハイ!これで完結(^_^)/

若い二人に栄光あれ!ですね。

 

今夜は実は私も本社の忘年会。ひとまずアップしますが、あとがきはまた後ほど~

・・・・うん?今夜は雨?場所によっては雪?・・・ま、雨男だから(^_^;)

 

<あとがき>

忘年会から帰ってきました~

氷雨とは言わないものの、とても冷たい雨がたくさん降っています。

今回のテーマは”ニュージェネレーション”でした。

土とお日様と風と雨とともに、額に汗をして作る農業は貴重な産業です。

ただ、実際は高齢化が急速に進み耕作放棄地がじわじわと増えていることは事実です。

「埋め込みコンピュータ」とのセッションで「新しい世代」へと農業を産業化出来ないか。

そんな妄想から始まった小説でした。登場する人物は皆、一途に思いを込められる人たち。

一途な想いは、きっと社会を変える力になるのだと、私は信じているのです。

また明日ね('-^*)/

 

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