さて第二章です。
ひょんなことから知り合った朋子と進藤。今は愛する子供、大翔との生活をだけを大事にしたい朋子は暫くのあいだ、男性との関係を持ちたくないとさえ思っているのでしょうか。
題:『遠い呼び声』
第二章・・希望はどこに
**銀座 伊東屋**
ホテル業は年中無休が当然なので職員は交替勤務を取り、休日もバラバラでシフト勤務になっている。
朋子は大翔を学校に送り出したあと銀座へと足を向けた。
先日進藤からプレゼントされたボールペンに朋子は満足していた。
もともと文房具に興味があった朋子だったが、暫くそんなことからも遠ざかっていた。
そんな彼女に再び文房具への興味を持たせてくれたのも進藤のおかげだった。
銀座伊東屋は以前からの朋子の行きつけのお店で、学生の頃から半ば遊び場のような、一日でも過ごしていられるくらいお気に入りの店だった。
「え・・っと。万年筆のインク・・・は・・」
朋子はチェックインの時に自分が記載する筆記具は会社のを使わずに自分の万年筆を使うのが常だった。
安くない料金を支払ってくださるお客様には、きちんとした万年筆でお書きしたいと。
銀座通りに面した内階段を上がって、朋子は見るともなく商品を見遣りながら歩く。
学生の頃は美術を勉強していた彼女は将来は油絵の具の匂いと床に散らばる消しパンくずの中で木炭を走らせることを夢見ていた。
『そうだ、大翔の誕生日が近いから、グリーティングカードとケースを見てみよう』
愛用するウォーターマンのインクを購入したあと、朋子は半地下のフロアーへ降りてカード売り場に向かった。
するとその時・・・
「木嶋さん?もしかしたら木嶋さんじゃありませんか?」
唐突に声を掛けられて朋子は驚いて声のする方へと振り返った。
そこにはいつもの大きな黒いバッグを持った進藤の姿があった。
「え・・どうしたのですか進藤様。今日も東京にお越しになっていたんですか?お泊まりならばご連絡をいただけると思っていましたが・・・」
朋子は途端にホテルマンの口調になって進藤へ質問した。
「あ、やっぱり木嶋さんだ。いつもはユニフォーム姿しか拝見していないけど、さっき僕の前を横切った時、横顔でなんとなくそうとわかったんです。実は今日は営業会議に参加するため東京本社に参りました。このあと午後から本社で会議に出席したらそのまま名古屋へ戻ります。木嶋さんのホテルに宿泊できないことは残念ですが仕方ありません。宿泊する時は必ずお世話になりますから。約束です」
進藤はそう言うと朋子に笑顔でお辞儀して、階段を昇り店を後にした。
『進藤さん、ボールペンのこと聞かずに帰っちゃったね。忙しいんだねきっと。名刺の肩書きは営業部長だったけど並べて取締役とも書いてあったよね。名古屋支社長を兼ねてるのかな、大変なお仕事してるんだ・・・』
朋子は可愛らしいけど男の子が喜びそうなグリーティングカードとケースを見つけてレジへと進んでいった。
**午後の誘惑**
帰宅した朋子は購入したインクを仕事用の筆入れに仕舞い、大翔へのグリーティングカードを用意し始めた。
こうして一つ一つと年を過ぎて大翔は大きくなっていく。去年の誕生日に買ったシャツはもう袖も丈も短くなっている。
きっと別れた夫に似て背が高くなるんだろうと思う。今はもう何の未練もないけれどお付き合いし始めた頃、抱き合うと彼の顎が小柄な私の額に当るのが嬉しかった。包み込まれているような感覚が好きだった。
でも大翔の顔かたちは私に似てる。面長な顔もやや丸く広い額も、丸い形の目も。
それは別れた夫の体つきに自分の面影を持つ二人の子供であることを意識させる。夫婦は他人になれても子供は他人にはなれない、朋子はそんな当たり前なことをぼんやりと思いながらカードを取りだした。
グリーティングカードとお気に入りのウォーターマンの万年筆。インクはお気に入りのブルーブラック。
カリグラフィを得意とする朋子は普通のペン先でも何とかそれらしくメッセージを仕上げてみた。
駅ビルで買ってきたお弁当で遅めのお昼ご飯を済ませ、出掛けに干していった洗濯物を取り込んだ。
まだ大翔が帰ってくるまでには数時間ある。明日の勤務シフトの確認をして夕飯の下ごしらえをして、朋子は再びダイニングの椅子に腰をおろす。
『進藤さん、帰っちゃったよね。。きっと』
なぜか突然朋子は伊東屋で突然出会った進藤のことを思い出した。
『え・・・私、なぜ進藤さんのこと思い出したんだろう』
第一、彼はおそらく朋子より一回り以上年上で、父親と同じとは言わないもののおそらく50代後半であろう。
きっとできた奥さんがいてお子さんはもう独立して社会人として働いているに違いない。
私は仕事で出かける先の宿泊地の従業員にすぎないのに・・・・と、朋子は心の底で進藤のことが気になっている自分を感じていた。
しかしすぐに
『今度はいつ出張で東京にお見えになるのかしら。今日はそんな話題が出なかったから、当分先のことなのかなぁ』
などと、再び進藤のことを考えていた。
自分とは世代も生活環境も違うであろう彼のことがなぜこんなに気になるのだろう。
不幸な結婚生活を過ごしてきた朋子にとって、進藤は始めて出会った男性のタイプだったのかも知れなかった。
父親の優しさとは違う、けれど口調や仕草、表情などはとても穏やかであり、優しい男性とはきっとこういう人を言うのだろうと感じさせることに気が付き始めていた。
**邂逅**
「はい。お電話ありがとうございます。セントラルホテル新橋、木嶋がお受けいたしました」
翌日出勤した朋子は朝食の喧騒が過ぎた後、一本の電話を受けた。
「あ、良かった木嶋さんだ。私です。進藤です。今週の木曜日にそちらに出掛けるのですが、シングルの部屋を一つご用意いただけないでしょうか」
進藤の声を聞いた朋子は、なぜか胸の奥の方で衝撃のようなものが走るのを感じた。
「は、はい・・・し、進藤様でございますね・・・いつもご利用いただきまして有難うございます」
彼が来る。朋子は進藤のあの優しい笑顔と柔らかな身のこなしを思い出しながらリザベーションノートに、進藤から貰ったボールペンで名前を書き込んだ。
そして木曜日・・・
「やあ。先日は変なところでお会いして驚かせてしまったようですよね。申し訳ない。木嶋さんがそそくさと足早に立ち去るのを見て、声など掛けなければよかったかなと少々反省したんですよ。ごめんなさいね」
チェックインにやってきた進藤はいつものようにゆっくりとした口調で微笑みながら声をかけてきた。
「いらっしゃいませ、進藤様。こちらにご記入をお願いいたします」
口調はいつもと同じトーンで挨拶をし、接客の見本のような接遇で進藤を迎い入れた。
「え~と、これでいいかな。部屋は・・・うん、7階ね、見晴らしが良くて有り難い。」
進藤はルームキーのカードを受け取り、部屋へ向かおうとバッグを手にしたが、すぐに再びバッグを床に置いて
「あ、そうだ。木嶋さん、この前のボールペンいかがですか。それにそろそろインクが心細くなってくる頃じゃありませんか?今日はリフィルの替芯をお持ちしました。太さは0.5mmと0.7mmの二種類です。お渡ししたときには0.5mmのものが付いていたはずですが、あの後0.7mmも追加したんです。モニタリングの結果では0.7mmのほうが評価が高かったもので、是非木嶋さんにも使ってみて欲しくてお持ちしたんです」
進藤は胸の内ポケットからリフィルを取り出して朋子に差し出した。
彼が言う通り、つい昨日からボールペンは時々かすれるようになって来ていて、朋子は進藤が遠ざかってしまうような寂しさを感じていたところだった。
「あ。有難うございます。これまだ試作品ですから替えのインクが手に入らなくて困っていたんです。有難うございます」
突然の展開に朋子は少々驚いたが、同時に湧き上がる嬉しさを感じながら礼を述べた。
進藤はチェックインの後どこかへ電話を掛け、そして朋子にタクシーの手配をお願いした。
「木嶋さん、これから本社のかつての仲間と夕食をしようということになって集まるんだ。良かったら木嶋さんもおいでになりませんか?いえ、僕はこのホテルが気に入っていて、しかも木嶋さんの接客が素晴らしいと公言しているものでね。本社の皆がせっかくだからご一緒してもらえと言うんです。失礼な話だとは重々承知ですが、お時間があれば是非ご一緒においでいただけませんか」
朋子は何が起きたのかすぐには理解できずにいつもの微笑みが一瞬消えてしまうほどだった。
しかしすぐに気を取り直し、静かに微笑みながらこう答えた。
「お声掛けくださって本当に有難うございます。けれども折角のお誘いではありますが、当社の規定でお客様とご一緒に出掛けたりすることは禁じられております。それに私事ではありますが帰宅以降も自宅には雑用が残っておりますのでご一緒できる時間的余裕がありません。どうぞお仲間様にはよろしくお伝えくださいませ。ご希望に添えかねること、ご理解下さいませ。申し訳ありません」
実はこのような声掛けを貰うのは、朋子にとって初めてのことではなかった。
朋子はお客様への気配りの良さはもちろん、発声も姿も美しく、そして接遇の良さはこのホテルのナンバーワンであることは誰が見ても分かる程だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そろそろ朋子は仕事を上がる時間が迫ってきた。
既に進藤は外出して、フロントにカードキーを預けていった。彼女は進藤からの誘いを断ったことは間違ったことではないと確信していたが、なぜか彼女の心は揺れていた。
『・・・駄目よ、進藤さんが私に好意を寄せてくれているのは、あくまでも接客サービスの従業員としてなのよ。それを変に誤解しては駄目。きっと進藤さんにはご家庭があって、私のような年が離れた女性と一緒にいるところを見られたら、それこそ進藤さんのプライベートもお仕事にも悪い影響が出てしまうわ。。。。」
ユニフォームから私服に着替え、朋子はJR新橋駅へと向かった。
『・・・・帰りたくない。進藤さんにもう一度あってから帰りたい・・・・』
いつの間にか朋子は今までの決心を翻している自分に気がついた。
『そうだ!進藤さんから頂いた名刺!携帯電話の番号が印刷してあったわ!』
朋子はSL広場の端に立ち止まり、バッグの中から名刺入れを取り出した。
名刺入れの中から進藤の名刺を探し当てるまでの時間のもどかしさ。足元には数枚の名刺が散らばってしまっていた。
『あったわ!進藤さんの携帯の番号、やっぱりあるわ!」
朋子はどうしてこんなに鼓動が高まるのか、どうしてこんなに胸が苦しいのか、そしてどうしてこんなに高揚した気分になっているのか自分でも不思議なほどだった。
進藤はすぐに電話に出た。皆が集まっている場所を聞くと彼は大きな声でバンザイと叫び、周りにいるであろう同僚へと朋子が合流することを大声で伝えていた。
あんなに快活で大騒ぎする進藤を、朋子は初めて目にした。
場所はすぐ近くの雑居ビルの地下、ワインとステーキの店だった。朋子は母親へ電話をして急に帰りが遅くなってしまったことを仕事のせいだと嘘をつき、大翔の面倒を見てもらえないかと頼んだ。
朋子の住むマンションは離婚後彼女の両親が手配したのだったが、両親は朋子の部屋の上階に住んでいた。
引っ越してきてからも、会社の暑気払いや忘年会には母親の助けをお願いしてきたものだった。
『進藤さんに会える。。。お礼を言わないといけない。この頃私、とっても心が穏やかなんだ。以前のように一人になると落ち込んだり、仕事でもちょっと上手く行かなかったりしたときなどは仕事などやる気も失せてしまうことも度々だったの。でもね、進藤さんに会えて毎月1~2度必ずお見えになるようになると、進藤さんはいつも私に優しく声を掛けてくれて、私を褒めて励ましてくれた。
優しい人。ううん、でもそれだけじゃない何かを私は進藤さんから頂いている。どんなに忙しくても進藤さんの優しい声と顔を思い浮かべると心が休まるの。離婚してから男性にはもう興味がなくなっていたのに。大翔と二人で生きていこうって決めたのに。
こうして歩いて、あの先を曲がって地下へ降りれば進藤さんが同僚といっしょに座っている店に着く。
私はなぜここに来ようと思ったんだろう。なぜお母さんに嘘を付いてまで大事な大翔をお願いしたんだろう。私は悪い母親かも知れない。でも自分の気持ちはこれなの。進藤さんに会って、お礼をして、そして・・・』
朋子は震えるような気持ちで店の階段を地下へと降りていった。
朋子の人生に新しい場面を開くきっかけは、もう手を伸ばせばすぐ先のドアにあった。
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はい!第二章はここまで(^_^)/
揺れる朋子の気持ち、だんだん接近してきた進藤の存在。。。。
この後二人にはどんな未来が待っているのでしょう。 続きはまた明日ね('-^*)/
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