小説・遠い呼び声 3/3(最終話) | 社会不適合オヤジⅡ

社会不適合オヤジⅡ

好奇心、いよいよ旺盛なもので・・・

さていよいよ今夜が最終話です。

シングルマザーで男性への不信感を持ってしまった朋子にとって、突然現れた進藤は一体朋子の人生にどんな影響を与えるのでしょうか。

そして二人の人生の行く末には何が待っているのでしょうか。

 

題:『遠い呼び声』

第三章・・いつもいつまでも

 

**新橋駅にて**

新橋のバルに出向いた朋子。木製の大きなドアに手を掛けてゆっくりと店に入った。

最初は緊張していた朋子だったが、進藤の仲間は気さくな人ばかりで次第に朋子はこんな時間の過ごし方の楽しさを思い出していた。

『・・・いいなぁ皆さん。きっといつもお仕事でそれぞれに大変な思いをされているに違いないわ。でもこうやって仲間と肩を組んで進んでいける関係があるんだわ。私達は交替勤務だからこうやって中々一同に会して飲食をともにすることはできないのよね、羨ましいわ。それに私はお酒はそれほど好きじゃないからお酒の場は苦手。ところが皆さんのお酒は楽しいわ。こういう時間、以前は私にも有ったのにね・・・・旦那からの監視と世話と子育てと家事に追われる毎日でずっと忘れてたわ・・・・』

 

進藤から皆へ紹介された朋子はノンアルコールビールを手に何度も何度もお辞儀をして、何度も何度も乾杯をしなくてはならなかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

22時を前に散会し、メンバーたちは手を振りながらそれぞれの地へと帰っていった。

進藤はもちろんホテルへと戻らねばならず、朋子は母親に任せてきた大翔のことが気がかりで一刻も早く自宅へと帰らなければならなかった。

二人は新橋駅の前までいっしょに歩いてきたが、いつから付いてきたのか先程のメンバーが声を掛けて過ぎていった。

「よぉ!お二人さん。お似合いだぜ! 進藤、お前今度こそ決断しておふくろさんを安心させてやれよ~

俺らも皆、お前のこと全力で応援してるからなぁ~じゃぁな~しっかりやれよ~!」

 

朋子は恥ずかしくてうつむいたまま頭をペコリと下げ、今の言葉の意味をどう理解すればいいのか、もしかすると進藤さんは・・・と顔を上げると進藤は照れくさそうに肩をすくめて朋子へ声を掛けた。

 

「有難う、木嶋さん。まさか来てくださるとは思わなかった。僕は東京への出張が楽しみで仕方ないんだ。木嶋さんの笑顔とともに部屋のカードを受け取って、翌朝はまたあなたの笑顔で商談へと向かえる。あなたの笑顔で出掛けるとね、とても前向きになれるんだ。次の宿泊のときにはいい結果の報告ができればいいなぁ、とかね。

本当にいつも僕は木嶋さんから力をもらっている気持ちなんだよ。ま、朋子さんはそんなことを考えているとは思っていないけどね、僕の勝手な思い込みだとね」

進藤の言葉は本心からだった。そしてそれが嘘でないことは朋子も理解できた。

ここ何ヶ月というもの、ホテルへ戻ってくる進藤は毎回商談の結果を朋子へ報告するようになっていた。

朋子はその堂々としたビジネスマンらしさ溢れる進藤の姿と、充実した仕事ぶりを全身で表現する進藤の姿に癒やされていた。

 

「・・・いえ、そんな。私こそ進藤さんの優しさに触れて勇気づけられました。有難うございます。この仕事はとてもやりがいがある仕事なのですが、充実感と共に後悔するようなことも多いんです。それでもそんな時、自分を奮い立たせてくれたのは進藤さんの・・・」

 

朋子は自分たちの脇を通り過ぎる人々を気にもとめず自分の心情を語っていた。そして、

 

「そうだ、進藤さん。ごめんなさい私、子供を母にお願いしてあるの。もうすぐ帰らなくちゃいけなんですけれど、一度母に電話をかけてもいいでしょうか」

進藤は微笑んで頷き、優しい顔で朋子を見つめていた。朋子はスマホを取りだして母親へ電話を掛けた。

「・・・もしもし? 母さん?有難う。もう仕事場から出て新橋の駅なの。すぐ帰るからもう少し大翔のこと、お願いしてもいいかな・・・」

「・・もしもし?あ、朋子かい?ううん、いいのよ大丈夫。お仕事大変だね。うん、大翔はご飯食べてお風呂にも入ってさっき寝かしつけたから。私と一緒だからパソコンのゲームができないことが不満だったようだけれど、学校での出来事などを喋っているうちに寝込んだよ。

それよりもお前、仕事と家事と育児だけでいいのかい?私は大翔といっしょにいられるのが、寝顔を見ているだけで嬉しいんだからね。たまには仕事や育児以外のことでも時間を使いなさいね。母さんはそう思う。お前にはまだまだこれから長い時間があるでしょう?自分から殻を作ってほかのことに目もくれずひたむきに大翔を守りたいことはよく分かる。私だって母親だからね。でもね、自分の人生の歩き方を忘れては駄目よ。だから今夜はゆっくりしていらっしゃい。大翔は大事な孫だけれど、お前も私の大事な娘だもの。幸せになってほしいことは変わらないよ」

 

なんということだ。朋子は母が電話を切った後も暫く下を向いたまま母の言葉を反芻していた。

 

『・・・母さんは、母さんは分かっていたの?私が嘘をついてること・・・・謝らないと。母親に嘘をついて男性と一緒にいたなんて自分が恥ずかしい。でもなぜ母さんは・・・』

母が電話を切る前に行った言葉を朋子は思い出していた。男性と一緒にいることは分かっていたはずなのにゆっくりしてこいと言っていた。

母は私のこれからのことを案じている。自分にはもう大翔しかいないと思っている。不幸な結婚をして父にも母にも迷惑と心配をかけてきた。男性との付き合いなどはしたくないと、朋子は心を封印してきたのだった。

電話を終えたのに話を始めない朋子に向けて進藤が声を掛ける。

「どうでしたお母様?大丈夫でしたか?」

「・・・はい、えぇ、息子はもうベッドに入っているようです。母は付き添っていてくれて、急いで帰ってこなくてもいいと・・・」

「木嶋さん。ちょっとお茶でも飲みましょう。30分も要らない。僕は木嶋さんに伝えたいことがあるんです」

 

**カフェでの告白**

「木嶋さん。まず僕の方から話をさせて下さい。僕は荻窪に生まれ、育ち、そして今の会社へ入った。若い頃に父を失くして一人っ子だった僕は、就職してすぐにおふくろと二人で暮らすことになったんです。本社はご存知の通り日本橋ですから、実家の荻窪からの通勤は楽ではなかったけれど大変でも無かった。ずっと本社で勤務しているうちになぜか名古屋支社をテコ入れするような人事が起きて、いまこうやって名古屋と東京を往復する生活になった。

気がついたら50歳を過ぎていた。結婚の話は何回か貰った。けれど僕はその頃から猛烈に忙しくて、結婚したら実家ではおふくろと妻と一日のほとんどの時間を過ごすことになるだろう。僕はそんなことをさせたくなかった。

40歳を過ぎ、50歳に手が届くようになるとおふくろも結婚のことについて僕に言わなくなってきた。今から思えばそれもおふくろに対してひどいことをしてきたんだと反省している」

進藤は結婚していないこと、そしてその理由をまず伝えた。そして続けて

 

「こんなことを言い出すと、木嶋さんは僕のことを嫌いになるかも知れない。けれど今夜言わないと僕はきっと生涯後悔することになると思った。

僕は木嶋さん、いや朋子さんに会ってから仕事に弾みがついた。何故かって?それはね、商談を終えてホテルに戻ると朋子さん、あなたが私を笑顔で迎えてくれる。もちろん客商売だからそうするに決まってる。でもそれだけじゃない。丁々発止のせめぎあいを求められる今の自分にとって、ホテルに戻った時に出会うあなたの笑顔は一番の安らぎとリフレッシュメントを与えてくれる。もしかしたら僕は朋子さんの笑顔と声を聞きたくて、そしてその声に胸を張って答えられるために仕事に打ち込んでいるのではないかとさえ思えるようになった」

 

朋子は信じられない気持ちで進藤の告白を聞いていた。声を発するタイミングを失っているだけではなく、どう返事をすれば良いのかさえわからずにいた。

「僕はこの夏に56歳になる。こんな僕がとんちんかんなことを言うと笑ってくれてもいい。僕は朋子さんと暮らしたいと決心したんだ」

 

予想もしなかった結論を聞いた朋子は、それならば自分のことも理解して欲しいと思いこう切り出した。

「・・・・進藤さん。あまりのお話に今は気が動転しています。どのようにお返事すればいいのか、正直今はわからないというのが本音です。お返事する代わりに今度は私のことを話します」

「私は数年前に離婚して、今は父と母の暮らすマンションの別な階に息子と二人で暮らしています。実はそのマンションも父の援助を貰って住んでいるんです。おかげで非常勤の身分でも離婚した元夫からの慰謝料と養育費で何とか生活はできています。結婚する前にも何人かの男性とお付き合いすることはありましたが、私は結婚には臆病でした。いえ、父母は私が子供の頃からずっと仲が良くて、私は父母からの影響ではなくその数人のお付き合いの経験から男性を心から信じられない経験を重ねてしまったのです。

男の影には必ず女がいたんです。私は信じるたびに裏切られて、それでも何とか安心できる男性と知り合えました。それが別れた夫だったんです。暫くは幸せな結婚生活でした。子供が生まれてから暫くの間までは。

子供が生まれて私の気持ちは子供へと移っていったのでしょう。それが独占欲の強い夫には癪に障ったようでした。

母親としての愛情と夫への愛情は違うのに、彼はそれを分かってくれなかった・・・

離婚を決める時に私は決心したんです。今は子供だけいれば私は幸せなんだって。もうこれ以上嫌な思いをするくらいなら、私は大翔と二人だけで生きていく、そう決心したんです・・・・・けれど今、母に電話をかけたら母は分かっていたんです。わたしがきっと男性と会っていることを、そしてそれを応援しているとも言ってくれたんです」

 

朋子は一息ついて目の前の飲み物を口にし、そして休まず話し始めた。

 

「進藤さんが私のことをそんなふうに思ってくれているなんて思いもよりませんでした。それどころかいつもプロフェッショナルの接客をしたかった私は、感情を殺すことで日々を送っていたんです。自宅と駅と職場の往復。そして子供の世話と家事、学校のこと。それが離婚してから今までの自分の全てでした。

それが少し変わったのは、心の中に風が吹いてあたかも一面の麦の穂が風になびくようにざわざわと音を立てるようになったんです・・・・進藤さんとお知り合いになってから。

いつかボールペンを頂いたでしょう?試作品の。インクが切れてかすれた時涙が出たんです。進藤さんがいなくなってしまうようで。そしたらその次の日、進藤さんは来てくれた。まるで私の涙を知っているかのように。嬉しかったんです。それまでは自分の万年筆でカードへ記入していたんですが、あの日以降、私は進藤さんから貰ったボールペンを胸ポケットに入れているんです。いつも進藤さんが見てくださっているような気がして。

勇気をくださる、元気にしてくれる、いつもいつだってお仕事の後には満面の笑顔でホテルに戻ってきてくれる。私の方こそ進藤さんにどれだけ助けていただいているか。有り難いことだと思っています。ですから今夜のお誘いも一度は断ったのですが、せめてそのいつも私が勇気をもらえていることの御礼をしたくて・・・・勇気を出して電話をかけました」

 

進藤はずっと微笑んでいた。朋子は喋り終えると深々と頭を下げ、もう一度震える声で「有難うございます。進藤さん」というのがやっとだった。

「うん、朋子さんあのね、いつだったか突然部屋をお願いしてツインルームに泊めてもらったことがありましたよね?商談が一日で終わらなかったことは嘘じゃないけれど、宿泊場所を幾つも探してどこも満床で困ったと言うのは嘘だったんです。僕は朋子さんのホテルに泊まりたかった。難しい交渉で悩ましい案件だった。だからこそ次の朝は朋子さんの笑顔と声で送り出して欲しかったんです。背中を強く押してくれる朋子さんの声で」

 

二人は互いに互いの想いを語り合った。

気がつけばカフェに入ってから既に一時間以上過ぎていた。

 

「ごめんなさい進藤さん。いくら母がああ言ってくれても今夜中には戻らないとなりません。今夜私は進藤さんから素敵な宝物を頂いたように思っています。男性とお話してこんな気持ちになったことは初めてのように思います。有難うございます。進藤さんのお気持ちはしっかりと受け取りました。けれど私は、今は息子と二人の生活を守っていきたいんです。別れた夫は私には今は不要ですが、別れてからというもの不思議と息子と元夫はいい関係を保てるようになりました。今はまだ小学生ですから、親権を持つ私がきちんと育てます。そして彼がもう少し大人になってきちんとした判断ができるようになれたら私は尋ねようと決めていたんです。大翔はお父さんが欲しいかって。ですから今は進藤さんと一緒に歩むことはまだできないんです。進藤さんからお聞きした言葉は嬉しくて感動しているんですが、今の私にはすぐにお受け出来るような精神状態でもありませんし、生活環境でも無いのです。どうかお気を悪くしないで下さい。ごめんなさい、こんな私にそんなに優しい言葉をかけてくださったのに・・・」

 

進藤は相変わらず微笑んでいた。そして朋子の顎を軽く支えて互いの目を見つめられるようにした。

「朋子さん。僕は慌ててなんかいない。焦ることも不要なんです。僕は今の朋子さんの気持ちを聞いて喜んでいるんですよ? 気を悪くすることなどありません。それはきちんと伝えたい。

僕らはいつの間にか互いに惹かれていたことを今夜確かめられた。僕はそれが嬉しい。もちろん僕は朋子さんの私生活を知る由もなかった。今夜きちんと話しをしてくれて感謝もしています。こんなに年が離れた僕のことを嫌がらずに真正面から向き合ってくださって。

僕はその時を待ちましょう。でもただ待つことはしない。いつも、いつまでも僕は朋子さんを呼んでいます。今はまだ遠くから呼ぶ声しか聞こえないかも知れません。けれど辛いことや悲しいことがあったら僕の声に耳をそばだてて下さい。僕はいつだってあなたを呼んでいる。遠い呼ぶ声を聞き取って欲しい。

そして朋子さんも僕に向かって呼びかけて下さい。僕もいつも朋子さんの声を聞くよ、そしてあなたの笑顔を思い出すんだ。きっとそうやって互いの存在を確認し合ううちに互いの声は近くなる。直ぐ側まで声が近くなってから、それから僕らのことを僕らで決めよう。そうなれば大翔くんの意見を僕も質問して良いことになるよね?」

 

朋子は優しそうな進藤の瞳を見つめたまま頷いた。こんなに綺麗で澄んだ、心の奥まで見通せる瞳を持つ男性がいることを初めて知った。

二人は店を出て、再び雑踏の中に立った。

進藤はいつもの微笑みとともに片手を差し出し、握手を求めてきた。朋子はバッグを肩に掛け、小さな手両方で進藤のがっしりとした手を包み込んだ。

二人にとって長い時間に感じられた握手だったが進藤はそっと朋子の手をほどき、一人でホテルへと歩き始めた。

朋子は遠ざかる進藤の背中を見つめてここ数時間の出来事を思い返していた。

 

『遠い呼び声・・・か。そうですね、進藤さん。私はとっくに進藤さんを呼んでいたわ。きっと進藤さんには聞こえていたのかも知れないわね。そして私にも聞こえていた。仕事や子育てに心が荒んだ時、進藤さんが声を掛けてくれていたわ』

朋子が改札へと体の向きを変えようとした時、進藤は突然振り返り、朋子に向かって大きく両手を振った。

朋子はその姿が子供のようで可笑しくて可愛らしくてたまらなかった。

それでもなぜか彼女の頬には涙の筋が流れていた。頑なに閉ざしていた心が溶けていく自分を感じていた。そしてその時確実に、朋子の耳には進藤の遠い呼び声が響いていた。

 

 

***************了******************

 

あ~文字だらけ(・_・;)

何とか書き上げられました~

あとがきはアップしてから追加します。とりあえずアップしますね。

 

お読みくださりありがとうございました\(^o^)/

 

 

 

 


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