新たな挑戦を目指して動き出した彰。そして同時にかつての恋人、多紀との再会。
二人の物語は、思わぬ方向へと進んでいきます。
その3:道は再び出会う
多紀からの電話は彰にとって心を揺らせるとともに新鮮な話題ばかりで、彰の心を震わせた。
彼女は御茶ノ水の駅地下にある、今は使われていない支線のトンネルを利用し、LEDと培養液で新鮮な野菜を安定供給するというプロジェクトに携わっているとのことだった。
大学で農業を学び日本の農業の役に立つような事業に関わることが多紀の夢だった。
それも突然の実父の病によって道は絶たれたかのように思えたのだが、母の思いは彼女を再び夢を目指す道へと戻してくれた。
「でね、彰くん。ようやく他の会社と同じレベルまで近づいてきたのよ。 今日で播種後2ヶ月半、 ほとんどの結球レタスは収穫を終えたわ。それも今までにない大きさと巻きの良さを示してくれたの。栄養価測定も終わって露地物と遜色ない、ううん、一部の栄養素は露地物を上回る成分量が認められたわ。これなら商品として十分に売り出せるの」多紀は形になり始めた研究が今の自分の生きがいそのもののように喜んでいた。
「へ~すごいね~。僕は自炊していないからよく分からないけれど、母が以前言っていたよ。この頃は水耕栽培のレタスの種類が増えてきて、季節によらず一定の値段で売っているから助かるって。それにこの前の台風で露地物がだめになったときだって、値段は多少高くなったけど、品切れになることはなかったって。みんなの役に立つ技術を研究して開発しているんだね。すごいね」本心から彰は多紀の仕事をねぎらい、称える気持ちで言葉を告げた。
彰は早速トーマス社から預かった企画書を稟議に掛けるべく、部長と話し合いを持った。
部長は新記事事業の可能性と広大なマーケットの存在を知るに、指先が震えるほど興奮していた。
彰は部長とともに簡潔でしかも説得力のある稟議書作成に取り掛かった。実際、コンピューター基盤を設計製造する業界は、競争相手が掃いて捨てるほどある過当競争へと突入していた。
汎用性という言葉と専用設計という相反する2つの理念を併せ持つ電算機基盤など、どのようにして開発すればよいのか。彰も部長も暗中模索でゼロから開発する覚悟で居た。
・・・・・ラボにて・・・・・
「水谷君。まずはおめでとう。こんな素晴らしい出来上がりのレタスは初めてだ。栄養価もさることながら水分含有量やアクの少なさ、そして甘味も食感の良さも今までで最大級の出来上がりだ。これならば露地物より少し高くとも消費者は必ず買ってくれるに違いない。ありがとう」
滝田教授は相好を崩して多紀の方を叩いた。
「ありがとうございます。本当に甘くて香りが良くて、サラダだけじゃなくサンドイッチにも和え物にもピザのトッピングにも何にでも合う、爽やかなのに深い味わいのレタスになりました」
多紀はそう言うと、すでに芽吹いた次の世代のレタスを眺めて微笑んだ。
しかし続けて「教授、でもこれじゃまだ完成ではないんです。これじゃ夏の最盛期の露地物には勝てません。最盛期に販売力が落ちてしまうことは葉物野菜としては致命的です。収穫を遅らせれば鬼葉ばかりが増えてしまい、苦味もアクも強くなってしまいます。つまり最盛期に於いても露地物より安価なレタスを作ることが必須なんだと思うのです。そうすれば若い労働力がいなくなった地方の農家にも若い人を呼び戻せられるんです。泥にまみれ、お日様と風と雨とに気を遣って自然とともに働く従前からの農業は尊い産業です。私の実家では江戸時代からずっとそうやって来ました。けれど世継ぎが生まれたはずの近所の農家でさえ、あとを次ぐ子供が都会へ出ていってしまって高齢化は都市部の比ではありません。価格競争力を持ち、栄養価も高く風味も食感もビジュアルも優れたレタス。それを家屋の中で通年で生産できる技術。それが大事だと、私は信じています」
一方、彰はそしてここ数日、新たな「組み込みコンピュータ」を模索していた。
もともと、組み込みコンピュータは組み込んだ機器が様々な条件下で適宜適正な制御と動作を表現できることが求められるものだった。
例えばロボット掃除機であれば、毛髪と食べ物の破片を感知し吸い取るには、それぞれ別な制御が必要であり、それは結果としてカーペットもフローリングも畳でも清潔な環境を実現できる。
つまりコンピューターそのものはあくまでも脇役であり、機器そのものが主役にならねばならない。
と、彰は突然顔を上げて叫んだ。
「・・・・そうだ!人工栽培のレタスだ!多紀が言っていた、あれだ!」
彰は人工栽培レタスを生産する過程で求められるすべての制御を司るコンピューター基盤とオペレーションシステム、それとそのオペレーティング・マシーンを開発することに気がついた。
そうと決まれば、まずは事前に情報を集めねばならない。彰は多紀に連絡を取り、退社後に夕飯でも食べながらこの試案について多紀の意見を確かめたかった。
彰は必死だった。少しでも可能性がないかと多紀を問い詰めるような質問の仕方だった。
一方多紀も先に教授に訴えたように、残された課題のブレークスルーが欲しかった。
種を作るときから始まって播種時の種の選別、栽培初期の培養液成分と発達中期の培養液に求められる溶液内容の差、そしてその濃度、量、それとそれぞれの場合におけるLED照明の照度と輝度と照射時間など、様々なパラメーターがあることも分かった。
「うん、多紀。目標は播種から収穫までの期間を55日にしよう。そうすれば苗床一台あたりの年間生産量を1.3倍に増やすことができるよね。これで理論上は価格を23%下げることができる。しかも生産量が1.3倍になることでランニングコストも下げられる。もしかすると30%以上価格を引き下げられるかもしれないぞ!」彰は興奮していた。もっともそんなシステムを構築するにはどれほどの開発費が必要か、今は考えていなかったが。
「彰さん!凄いわそれ!これがきっとこの技術のブレークスルーになるはずよ。季節によらず、天候によらずいつも同じ栄養価、同じ風味、食感、そして値段。これは消費者の利益に直結することだけど、生産農家には福音をもたらすわ。ううん、レタスだけじゃなく葉物野菜全般に広げていって、次は結実する野菜、そう!ナスやトマトやメロンなんて良いわ。そして根菜類も。芋類の栽培までこれで可能になれば今の農業に衝撃を与えられる。農業の産業革命よ!きっと」
彰と多紀は互いの仕事を終えてから落ち合って、そして彰の自宅で様々な実験的要素を加えてこのアウトラインを書き上げた。
彰の両親は学生時代の多紀を知っており、再会に驚いた。もちろん両親は多紀の来訪を喜んで迎え、しまいには独立した彰の兄の部屋を多紀に提供した。
これで夜遅くまで資料作成をしても多紀は西荻窪のアパートへ帰らずに済む。
彰の母は多紀の実家の母に電話をして、寝泊まりの許可を取り付ける始末だった。
部長へ提出するのはこの時点では概略だけでよかった。まずは全体像を俯瞰して見渡せるような、訴えたいことのエッセンシャルな事柄のみを纏めたかった。
「いいね、きっとこれ、凄いセンセーショナルな起案になるよ。俺の会社は組み込みコンピュータのオペレーションシステムとそれによって制御されるアプリケーションを作製するんだ。榊さんのところではそれを実際に動かすパーツを作り組み上げて、ひとつのシステムに仕上げる。多紀のラボはすべてのモニタリングと進捗の検証をして。これ全体をひとつのパッケージにしてトーマス社へと提案しよう」彰はずっとワクワクして興奮していた。
そして数日後、彰と多紀のプロモーションは彰の本社会議室で行われることに決まった。
上司である部長は彼らの企画書を見て、自分が想像する以上に社会へのインパクトがあり、同時に圧倒的な市場独占と他の作物への展開も可能な将来性がある技術とシステムだと瞬時に理解した。
「さぁ、多紀。今日は滝田教授も応援に来てくれている。俺と多紀と教授とで、この完全工場栽培技術システムの凄いところをお披露目しよう。いいね。多紀が望んでも得られなかった、これからの農業の未来を明るいものにするための、これが始まりなんだよ。俺と一緒にやっていこう」彰はそう言うと演題の上に用意された発泡水を口に含んでウインクをしてみせた。
「やだ、彰さんたら。緊張しているかと思ったらそんなふうにおどけちゃって」
確かに多紀は緊張していた。彰の会社役員が勢揃いしているこの会議室で、これからこのプロジェクトの概要をプレゼンすることのプレッシャーに気おされていた。
部長が最前列で彰を見つめている。
司会者は彰の同輩が自らすすんで引き受けてくれた。
いよいよプレゼンが始まる。司会が二人の名前と今回のプロジェクトの仮称を読み上げた後、いよいよ彰が話し始める段取りだった。
彰はもう一度発泡水を口にして多紀を一瞥した。多紀の肩が少し震えているのがわかる。
そして・・・・
「ただ今ご紹介に預かりました、営業部1課の田邉と申します。本日ここに・・・・」
彰は胸を張り威風堂々と発表を始めた。多紀はそんな彰の姿を見て何故か涙が滲むのを感じていた。
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ハイ!第三話はここまでです。
いよいよ彰と多紀のプロジェクトは役員会へ提案される運びとなりました。
果たしてこのあとどんな結末が待っているのでしょうか。
明日でこの物語は完結いたします。どうぞ最後のクライマックスをご期待くださいね。
また明日ね('-^*)/
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