久しぶりに小説を | 社会不適合オヤジⅡ

社会不適合オヤジⅡ

好奇心、いよいよ旺盛なもので・・・

先日ショート・ショートを書いたのは今年のお正月でした。記事はこちら。

あれから3ヶ月、またぞろペンの虫が疼き始めてます。

もしや啓蟄(笑)

今回は今までとは違ったテーマでお送りします。

自分としては実験的要素も多いのですが、上手く言ったらお慰み。

それでは!

 

題:俺のオリンピック

 

彼は今夜も飲んでいた。

「・・・ったくなぁ こすっからいこと言ってんじゃァねえってんだよ、まったく。。」

 

赤提灯のおやじはまたいつものボヤキが始まったと、薄く笑って焼酎の瓶を傾けた。

「まぁまぁツネさんよ、ボヤいたって何の得にもならねぇぜ。ほれ、注いだからよ、飲みなよ」

ツネと呼ばれた北田常吉は油で黒ずんだカウンターに突っ伏したまま、グラスを探す左手をふらふらと泳がせた。

この街は日雇い人夫が集まっている。2年後に行われるオリンピックの特需景気で日雇いだった常吉もこの頃は期間雇用者という扱いに変わり、ある程度まとまった賃金が少なくとも一年と少しの間保証される身分になった。

 

「あ~?何の得にもならねぇって?わかってるさそんなこと。けどな、俺みてぇな吹き溜まりにトグロ巻いているような人間にもな、言いてぇことだってちっとは有るってことよ。オヤジは俺達みてぇな人間の稼いだ金で商売しているんだろ?ならよ、ちったぁよ、俺らのことも分かれっていうもんだ」

そう言うと北田は注がれた焼酎を呷り、再び薄汚れたカウンターに顔を埋めた。

 

「おや!ツネさん、今夜もここかい?まぁ他の店に行ったら叩き出されるのが関の山だものなぁ~ 一杯ヤるにゃぁここだけしか無いよな、仕方ねぇけど」

大声で暖簾を分けて入ってきたのは北田の同僚、矢川だった。彼は北田の隣に座り、その背中を軽く叩いた。

「ぁんだよ~痛てぇなぁ・・・あぁターさんか。。。」

赤提灯の主人は矢川にもコップを渡して一升瓶の焼酎を注いだ。

「おぉ有り難てぇ、これがなくっちゃ夜も日も明けねぇよな。これこれ、コレがなくっちゃな」

矢川はそう言って破顔し、一息に焼酎を呷った。

「で、一体何をそうグダグダ言ってるんだよ、なぁツネさん」

矢川はそう言うと空いたコップを主人に向けて差し出した。

 

「おぉよ、文句の一つも出るってもんだぜ。ターさん、あんた監督から言われなかったかい?いまの飯場のこと。俺はよ、昼間監督から言われてな、来月から飯場に寝泊まりする金を500円にするって言われたんだぜ。あんな薄汚ねぇ飯場に寝泊まりするのに金を取ろうってのがまずは気に入らなかったのによう、来た当時に400円払えって言われてな、まぁ仕方ねぇと我慢してたんだ。それがなんだい急に100円も値上げしやがって。人の足元見やがって。他に行く場所がねぇこと知っていてな、こちとらぐうの音も出やしねぇよ」北田は残っていた焼酎を飲み干してそういった。

 

「あぁ知ってるぜ。ひでぇ話だけどな、まぁ仕方ねぇよ。電気代も水道代もな、値上がりだってよ。でもよ、考えてみろよ。風呂だって毎日入っていいっていうんだからよ、昔から比べりゃいい暮らしだと思えよ、なぁツネさん」

矢川の言うことは確かだった。値上げの春は彼らのような底辺の労働者をも巻き込み、オリンピックという熱病に浮かされたその風は、彼らの住む吹き溜まりの街を吹き抜けていった。

赤提灯を後にして矢川と北田は帰路についた。

はしご酒をするほど懐は暖かくなかったし、何しろもう足元が覚束ない。

ゴミ箱をけとばしたり犬に吠えられたり。次に彼らは信号機の根元に二人で並んで盛大に立ち小便をしてるところを警官に見つかり、追いかけられながら飯場近くの公園へ逃げ込んだ。

 

「ハァハァ・・・・・おい、ターさん。懐かしいなぁあのベンチ。久しぶりにこの公園に来たけれど、この辺りは昔と変わってないなぁ」北田は水銀灯に照らされた、薄汚れたベンチを指さしてそういった。

「おぉ、あれはツネさんの元の寝床じゃないか。へへへ、お前さん500円払わなけりゃまたあのベンチがお前の寝床になるし、あっちの便所の水道がお前の風呂だと言うわけだ。だからよ、汚くたって飯場に帰れば布団で寝られるんだ。有り難いと思えよ」

夜風に吹かれて幾分酔が醒めてきた矢川は北田を諭すかのようにそう言って大きなあくびをした。

「あぁ分かってるさ、分かってるとも。分からなきゃダメだってことが分かっているから尚の事悔しいんだぜ、だって俺達は一生懸命に働いてきたじゃねぇか。ちょっと前にはバブルとかでこの辺りも古い家がどんどん取り壊されて、でっかいビルの工事がいくつもいくつも舞い込んだ。景気は良かったけど若かった俺は、その忙しさに輪を掛けて働いたぜ?それがどうだ気がつけば不景気がやってきて、僅かに貯めた貯金も乏しくなっちまった。挙句の果てには曾孫請けのタコ部屋に放り込まれてロクに飯も食えずに現場で働かされた。で、飛び出してきたのがこの公園だ。いっそホームレスにでも成り下がってやろうと腹を括ったけどよ、あまりにも惨めじゃねえか。それからこのベンチが俺の寝床になったってわけだ。

北田は矢川とその頃に出会ったのだった。

矢川は日雇いの身として近所の飯場で寝泊まりしながら複数の現場を渡り歩いていた。

声を掛けたのは矢川からだった。ちょうどその頃からオリンピック景気が舞い込んできて、現場は人手が足らずに四苦八苦していたのだった。そしてそのまま北田は矢川の住む飯場へ移り、ともに仕事をする仲になったのだった。

 

「・・・でもよ、悪い世の中でもねぇぜ」矢川はそう言うと言葉を続けた。「おれなんぞ何度かかっぱらいで臭い飯を食っているうちに親とも疎遠になって、気がついたら天涯孤独の身になっちまった。監督は優しくは無ぇけどな、俺達が体壊したり怪我したりすることを気にかけてくれてるよ。いいや、工期が遅れることだけが気がかりなだけじゃなく、監督もな、実は俺たちとおんなじ様な境遇だったんだとよ。だから体を壊しちまったら本当に落ちるところまで落ちるってこと、知っているんだ。今度の値上げもな、仕方無ぇことは俺は前から分かってた」

矢川は妙に神妙な顔つきで北田を見つめてそういった。

 

「・・・仕方ねぇのか。まぁな、どこかのお偉いさんが決めてオリンピックが東京でやることになったんだろ?そのお陰で今夜も酒が飲めたんだものな。ありがてぇと思わねぇこともないのは確かだけどな。それにしてもよう、俺らが打ったコンクリの競技場で世界中の有名な選手が金メダルを競うと思うとな、それはそれで凄ぇ仕事だと、俺も思わねぇこともねぇよ。

 

北田はかつて高校球児だった。控えの投手としてベンチにいたが、一度だけ甲子園のマウンドに登った事があった。

その時の胸の高鳴りは今でも覚えている。球場を取り巻くスタンドからの声援と応援団の叩く大太鼓やラッパの音。それはすべて自分に向けた応援のように思えた。

「奴らもな、きっとな、故郷のみんなの声援を受けてオリンピックに来るんだろうな」

北田は自分が僅かに輝いた経験を重ねて、選手たちの心境がわかったような気がした。

 

「さて寒くなってきたぜ、飯場へ帰ろうぜ」矢川は北田をそう促して、また背中を軽く叩いた。

 

「オリンピックか・・・俺にゃぁ縁が無い、別の世界の話だと思ってたけど、考えてみりゃぁ俺たちが居なけりゃ競技場も選手村も高速道路も出来ねぇってもんだ。毎日骨が軋むほど酷でぇ仕事だけどな。あぁやって酒が飲めて、この頃は貯金も少し増えてきた。飲み屋の親父は嫌な顔しねぇし矢川は俺のこと気遣ってくれる。今夜もこのまま飯場へ戻ればあったけぇ風呂が待ってるし。たかが100円、されど100円だ。そうだこの100円は若い選手たちへ寄付してるって思えばいいナ。俺たちゃオリンピックが始まったらもう用済みで、そのころにはきっと東京には居ねぇけどな。

あと何年こうやって人夫の仕事ができるか分からねぇが、2年ぐらいは持ちそうだ。オリンピックが始まったら俺が打ったコンクリで出来てる競技場と、おれが運んだ敷石の上を行進する若い選手の晴れ舞台を電気屋のテレビで見てやろう、応援してやろう」

 

矢川はもう無言のまま北田の前を歩いていた。

彼の斜め後ろを歩きながら、北田の耳にはあの時の甲子園の入場行進の歓声が聞こえていた。

「・・・そうだ、俺のオリンピックだ。俺は俺に勝ってやる」

 

*******************了****************

 

 

2020年の東京オリンピック。賛成反対など様々な意見を耳にします。

それに今日はJOCのT会長が贈賄の嫌疑をかけられて辞任したり。。。

それでもオリンピックは上着を着てネクタイを締めたお役人たちの終末期を飾り立てるものにしてはなりません。

様々な人々にそれぞれのオリンピックがあるのでしょう。

そんなことを考えてショート・ショートにまとめてみました。

また明日ね('-^*)/

 

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題:【老人の夢】

題:【雨男】第1章第2章最終章

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題:【車窓】その1その2その3その4

題:【初夢】1話完結

 

 

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第15作:第1話第2話第3話
第16作:第1話第2話第3話

ショート・ショートはこちら
その1
その2
その3

 

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