ある無名な男の生涯 Season4 | 社会不適合オヤジⅡ

社会不適合オヤジⅡ

好奇心、いよいよ旺盛なもので・・・

つい昨年、平成から令和に元号が変わりました。

私は昭和から平成へ変わったときには、高校時代からの友人と一緒にラーメン店のテレビで、例の「平成」と書かれた額を掲げる小渕官房長官(当時)の姿をぼんやりと見つめていました。

 

いったい江戸から明治へと時代が変わったとき、この物語に登場する源蔵とトミ、そして彦蔵とゑい達は、何を感じ何を考え急速に変わりつつある世の中を受け入れていったのでしょうか。

 

題:『ある無名な男の生涯』

 

第四章・・時代の求めを掴め

 

「彦蔵、今日は仕事を少し休んでくれ。でな、ゑいもトミも呼んで、少し話をすべぇ」

先日父親の源蔵と話し合い、彦蔵は妹のゑいのこれからについて、いわば家族会議を開くことを決めた。

 

「さぁ彦蔵。お前が考えていることからまずは聞こうか」源蔵はあぐらをかき腕を組んで、彦蔵を少し睨みつけるようにそういった。

今日の日を迎えるまでずっと、彦蔵はどこから話を切り出せばいいのか悩んでいた。

しばし無言で、さて口を開こうとしたその瞬間に、母親のトミが口を挟んだ。

「お前さん、オラも少し話しておきてぇことがある。彦蔵の心持ちを聞く前に、どうかオラにも話をさせとくれ」トミは源蔵の膝頭を両手で掴みながら深く頭を垂れて頼んだ。

突然な出来事に彦蔵もそして源蔵も少し驚いた。それでも源蔵はその願いを聞き入れた。

「・・・おなごのくせに口切りを頼むなんて申し訳ねぇ。だがな、オラはゑいの母親だ、この腹を痛めて産んだ母親だ。もちろん彦蔵もオラの可愛い子供だ。でもよ、彦蔵は男子(おのこ)だがらお前さんが意見すりゃぁそれでいい。けんどもよ、ゑいはおなごだ。母親のオレが心配しねぇでどうするってこんだ。だからな、しゃしゃり出て申し訳ねぇが、少しだけ言わしてくれ」

 

「あのな、お前さんが言う通り近江屋さんのところに奉公へいけば大勢の奉公人と一緒に朝から晩まで、時によっちゃぁ寝ている間でさえ旦那さまや奥様、目上の奉公人からいろんな作法やしきたり、立ち居振る舞いを教えてもらえるサ。それに裁縫も炊事も掃除だって同じサ。オラのような学の無ぇおっ母じゃ到底できねぇこったよ。そりゃぁお前さんの言うことが当たってる」

いつもあまり長くを話さないトミからは想像できないほどの語り口調だった。そして続けて、

 

「だがな、オラはちょっと違うんだ。もうな、今は太閤様の時代から現人神様の時代になった。

さむれぇ(侍)の時代ならば女子衆(おなごし)は男の影で男衆(おとこし)を引き立てて、家事も炊事も子育てもみ~んな受けていりゃぁそれで良かった。だがの、今は違うんじゃねぇかと、この学のねぇオラはそう思うのさ。だからな、女子衆だからといって奉公へ行くばそれでいいなんちゅう頭じゃな、これからの時代は遅れを取るんじゃねぇかって、オラはゑいに幸せになって欲しいけんど、これまでの幸せとこれからの時代のおなごの幸せは違っていていいじゃねぇかと、そう思う」

 

トミは16歳の時に年(ねん)が明けて(奉公を終えて)親戚筋の紹介で源蔵のもとへ嫁に入った。

もちろん学問などは習う機会などなく、奉公先での修行は十分知っており、先の発言も自分自身の経験からだった。そして奉公先は機屋(はたや・・・織物業)で、じつは嫁に来てからすべて家族が着る服の反物を織り、ときには街へ行って木綿の反物を現金に変えてきたのだった。ゑいが彦蔵の絹織物を手伝っている姿を見て、ゑいは若かった頃の自分の姿を重ねていた。

機織りは女子にとっていい仕事だとトミは心底思っていた。たくさんの織機を並べて朝から晩まで多くの女工が機を織る。自分も2年目からは簡単なものから触らせてもらえるようになった。

「おぉトミよ、お前さんがそんなことを言い出すとは夢にも思わなかったよ。確かにお前さんが言うことも正しいだろうよ。俺は別にな、近江屋さんのところだけが奉公先だなんと決めつけちゃいねぇ。今まで彦蔵を手伝ってきて、ゑいもいっぱしの職人のようになった。もしかするとゑいは職人として身を立てられるかもしれん。蚕を育て繭を取り、生糸にして機を織る。そうして小さな蚕を立派な反物にして、商売の道へにも行けるかもしれん」

源蔵とトミの話はゑいをいつ、近江屋へ奉公へ行かせるかという話ではなく、ゑいのこれからの人生について、まずは父と母お互いの考えを確かめる話になっていった。

 

ゑいは身じろぎもせずじっとかしこまり、固く握った握りこぶしを両膝の上に置き、囲炉裏の鉄瓶から上がる湯気を見つめながら二人の話を聞いていることしか出来なかった。

 

「・・・・でな、一つだけ確かめておきたいことがある」源蔵はトミの意見を尊重したかった。

「あのな、例えば近江屋さんへ奉公に行きゃぁすぐに給金が貰えて、貯金も少しなら出来るべ。だがな、今の彦蔵のお蚕じゃまともな金子(きんす)も手に残らねぇ。俺はな、それがしんぺぇ(心配)でならねぇ。彦蔵はいいさ、俺と約束してある。10年やってみてダメなら諦めるってな。そうなりゃまた百姓だけやってりゃぁいい。だがな、その時ゑいはどうしたらいい?10年経ったら、もう奉公の口もありゃぁしねぇ。そうなった時、トミ、お前ぇはどうする、俺はそんな博打みてぇなことにゑいを巻き込みたくねぇのさ」

 

ゑいの目からは大粒の涙が溢れていた。

自分がしっかりしないから、うまくできないからお父ぅとおっ母ぁをこんなに悩ませてる。

オラは今ちゃんと話しをしなきゃなんねぇんだろうに、オラには言葉が出ねぇ、と。

 

「おっ父、オレの考えを話していいか?」彦蔵が言葉を挟んできた。

どうやら彦蔵はこのままゑいとともに、この製糸場を大きくしていくことを考えていたようだった。

それも源蔵が危惧するリスクを回避するよう、すでに寅松と新しい試みを始めようとしていたのだった。

それは今でも彦蔵の紡いだ生糸が高く評価されていることと、富岡製糸の望月理事ととの関係性が密になってきていることを最大限に利用することだった。

「おっ父、あのな、望月様のおっしゃるにはあと3年の内に生糸の紡ぎ高をこれまでの倍にしろとお国からお達しが来ていると。それにゃぁ女工さんの頭数も倍以上にしなきゃぁなんねぇ。今は富岡製糸はお国の工場になったから、給金はそんじょそこらの奉公人とは桁が違うってことさ、だからオレは望月様の口添えで、ゑいを富岡製糸工場に勤めさせてもらえねぇかお願ぇしようと企んでいる。それじゃぁダメか、なぁおっ父!」

 

ゑいは嬉しかった。こぼれていた涙は堰を切ったように頬に流れ出た。

あんちゃんはいつもいつもこうやって、思い起こせばまだ赤ん坊の頃から、いつもオラのことを助けてきてくれた。蛇に噛まれたときも野犬に追っかけられたときも、大川の岩渕の瀞場で溺れそうになったときも、どこで見ていたのかあんちゃんは必ず真っ先に飛んできてくれてオラのことを助けてくれた。

こんどもそうだ。知らねぇ内にオラの働き口まで心配して下すって、お父とお母ぁに心配させねぇようにしてくれてる。

あんちゃんはオラの大事なあんちゃんだ。ありがてぇ。あんちゃん、申し訳ねぇ。

 

4人はそろそろ昼飯にすることになり、話題は一度休止とした。

源蔵は悪い話ではないと思い始めていたし、トミはもうそれ以上意見をすることはなかった。それにあんな立派な工場で女工になれるのであれば何の心配もしなくていいと思った。

しかしそれ以上に、彦蔵が思いがけなく大人になってきていることを知り、トミはそのことが嬉しくてたまらなかった。

 

 

***********************************

 

さて、今夜はここまで。

口語体を書くっていうのは難しいですね~しかも明治初頭の農家の家族の会話なんて想像すらできません。変な言い回しもお感じなられるかもしれませんが、まぁぜひお目溢しを(^_^;)

さて、大事な娘、ゑいの行末も気になります。

話はいよいよ佳境に入ります。どうぞお楽しみに!

また明日ね('-^*)/


ペタしてね
オリジナルペタボタンです! ペタもヨロシク(^_^)/
★下手の横好き、短編小説なども書いております★

★リンクをクリックすればお読みいただけます ★

 

題:【雨男】第1章第2章最終章

題:【遠い呼び声】第1章・第2章・第3章・あとがき

題:【車窓】その1その2その3その4

題:【老人の夢】

題:【初夢】

題:【俺のオリンピック】

題:【雲に乗ったよ】

 

以前アップしたアルファロメオを題材にした小説はこちらです。
ご興味があれば是非御覧ください。
第1作:第1話第2話第3話第4話第5話第6話ネタばらし(^_^)/
第2作:第1話第2話第3話第4話
第3作:第1話第2話第3話第4話第5話
第4作:第1話第2話第3話第4話
第5作:第1話第2話第3話第4話第5話
第6作:第1話第2話第3話第4話
第7作:第1話第2話第3話第4話第5話第6話
第8作:第1話第2話第3話第4話第5話
第9作:第1話第2話第3話第4話
第10作:第1話第2話第3話第4話
第11作:第1話第2話第3話第4話第5話第6話
第12作:前編後編
第13作:第1話第2話第3話
第14作:第1話第2話第3話第4話
第15作:第1話第2話第3話
第16作:第1話第2話第3話

ショート・ショートはこちら
その1
その2
その3

 

ご興味があれば、社会不適合オヤジⅠは下のアイコンから入れます。
FC2ブログで立ち上がります。覗いてみてね(^_^)/