山陽電車で須磨寺へ行き、正岡子規の句碑と、平敦盛の像を見る | ゲイムマンの日本縦断紀行

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ゲーセンでゲームをプレイし、1面クリア毎に増える“ゲーム路銀”を交通費にして日本縦断を目指す「ゲーセン紀行」でしたが、ゲーセン巡りよりも、普通の観光旅行の方が主になってしまいました。

現在このブログ上でゲーム『香川県からの脱出』を制作・配信中。

『脱出ゲーム 香川県からの脱出』に登場する歴史上の人物を訪ねる旅。
須磨寺へ行くため、阪神三宮から山陽電鉄の本線に直通する電車に乗っています。

 

 

 月見山('23.12.24)

 


目指す須磨寺駅には直通特急が止まらないので、ひと駅手前の月見山駅で降りて、次の普通電車を待ちます。

 

 須磨寺

 


新しい6000系から乗り換えた普通電車は、長年この山陽電鉄で活躍している3000系でした。
正面の貫通扉の真ん中に、列車種別と行き先を表示する方向幕が、縦に並んでいるのが特徴的。

 


駅前に、須磨寺前商店街のゲートが建っています。

 


駅のかたわらにひっそりと、「平重衡とらわれの松跡」を示す碑がありました。
このあたりは治承寿永の乱(いわゆる源平合戦)の、「一ノ谷の戦い」の古戦場。
平家の平重衡(清盛の子)が、源範頼の軍勢の、梶原景季(または景時)と庄太郎家長(または庄四郎高家)に捕らえられたのがこの地だそうです。

 

重衡は捕虜となって鎌倉に送られました。鎌倉では厚遇されたそうです。しかし、かつて重衡は奈良の興福寺衆徒と戦い、興福寺や東大寺の大部分を焼失させていたため(南都焼討)、奈良の仏教勢力から激しい恨みを買っていました。彼らの要求で、壇ノ浦での平家滅亡後に重衡は奈良に引き渡されて処刑されました。

 



鉄道コム

 

須磨寺前商店街を北へ歩きます。
この商店街を含む南北の通りは、北に空海をまつる須磨寺があり、南には菅原道真をまつる綱敷天満宮があることから、「智慧の道」と呼ばれているそうです。

 

空海は讃岐の善通寺出身。菅原道真は讃岐に赴任したことがあります。
また、一ノ谷の戦いに敗れた平家は、讃岐の屋島を拠点とし、そこへ源義経が攻めてきます。

『脱出ゲーム 香川県からの脱出』では、ゲームの中に空海、菅原道真、源義経を登場させました。
そのため私は、ゲームに登場させたことを報告するため、京都の東寺と北野天満宮、藤沢の白旗神社にお参りし、あわせてゲームのヒット祈願をしました。

 

今日は、自由律俳句の尾崎放哉さんに、ゲームに登場させたことの事後承諾を得るべく、須磨寺にやってきました。

 

尾崎放哉ゆかりの地で、普通の人が立ち寄ってお参りできる場所は少ないです。
終の住み処となった小豆島の西光寺南郷庵に、放哉の墓と、尾崎放哉記念館があるようですが、『香川県からの脱出』の内容が内容だけに、私はこれまでこのゲーム絡みで、香川県内の施設を訪れることは避けてきました。
そこで、放哉が流転の後半生の中、9ヶ月ほど滞在して働いたという、須磨寺に来た次第です。

 


「なかよし」と銘打たれた、3人ひと組の童子像。
阪神淡路大震災が起こった際、人々が助け合ってきた、そんな人々の優しさ、温かさを表す像だそうです。

 


「源平ゆかりの地」顔はめパネル。
平敦盛と玉織姫でしょうか。

 


須磨寺の門前に、「亜細亜万神殿」という建物があります。
寄贈されたアジア各地の神仏像を安置するため、2016年(平成28年)に建てられました。
建設中の2015年に、ネパールで大地震が発生したため、ネパール風のお堂を建て、ストゥーパの中にルンビニー(お釈迦様の生誕地)の砂を納めて、祈りの拠り所としています。

 


龍華橋という名の橋を渡り、仁王門へ。
この仁王門は源三位(げんざんみ)頼政が建てたと伝わります。頼政は、平清盛の信頼を得て、平家の政権下で重鎮として政治にかかわるも、平家に不満を持つ以仁王(もちひとおう)の挙兵に加わり、宇治の平等院で敗れて自害します。
しかし以仁王の呼びかけに応じた源頼朝や源義仲らが蜂起し、治承寿永の乱(源平合戦)につながっていくのです。

ちなみに源三位頼政は、大物主神、崇徳天皇とともに、“縁切り神社”として知られる京都の安井金比羅宮の祭神となっています。

 


仁王像は運慶と湛慶の作と伝わっています。

 

この仁王門を囲むように、塔頭寺院が並んでいます。門と橋の手前に正覚院(愛染明王)、門の左に櫻寿院(阿弥陀如来)、右奥に蓮生院(不動明王)と貞照寺(鯖大師)。
貞照寺は須磨寺の塔頭ではありませんが、阪神淡路大震災で倒壊し、一ノ谷からこちらに移転して再建されました。
櫻寿院と蓮生院も震災で倒壊したそうで、このあたりの被害の大きさをうかがわせます。
当時のニュース映像を思い出しました。

 


私は、尾崎放哉ゆかりのお寺ということでここを訪れたのですが、須磨寺の境内には数多くの句碑・歌碑があるそうで、この仁王門や塔頭寺院の近くだけで、既に正岡子規と与謝蕪村の句碑がありました。
こちらは正岡子規の句碑。「暁や白帆過ぎ行く蚊帳の外」
子規は1895年(明治28年)、結核にかかり、治療のため7月に「須磨保養院」という所に入院していました。
……なんか、放哉より子規の方が、須磨とのゆかりが深いような気が。

 


一ノ谷の戦いで討たれた、平敦盛の銅像がありました。
手前の紅葉との、色の組み合わせが美しく感じられますが、同時に、はかなさも感じられます。

 

(続く)

 

※『脱出ゲーム 香川県からの脱出』のヒット祈願で、ゲームの登場人物ゆかりの地を巡る旅は、以前にも何度か行なっています。よろしければこちらも御覧下さい。

 

JR大津駅 瀬田の唐橋 建部大社(日本武尊) 建部大社、琵琶湖線 大阪駅となんば駅 南海・浜寺公園駅 阪堺・浜寺駅前駅と浜寺公園 夜の浜寺公園と堺市

 

JR阪和線・東羽衣支線 大鳥大社(前編)(日本武尊) 大鳥大社(後編) 仁徳天皇陵 堺シャトルバスなど 阪神なんば線 阪神本線、神戸三宮

 

(※関西・岡山ダイジェスト) 大津・建部大社と堺・大鳥大社(日本武尊)、神戸・須磨寺(尾崎放哉) 岡山・吉備津神社と吉備津彦神社(桃太郎) 安倍晴明神社と、あべのハルカス、道頓堀、特急ひのとり

 

 

池上駅 池上本門寺(日蓮) 矢口渡駅、蒲田の屋上観覧車 武蔵新田駅から新田神社(1)(新田義興、平賀源内) 新田神社(2) 新田神社(3)

 

東急&相鉄新横浜線&相鉄・JR直通線 緑園都市駅&ゆめが丘駅 藤沢本町(源義経) 辻堂駅・テラスモール湘南(前編) テラスモール湘南(後編) 片瀬江ノ島駅

 

多磨霊園(前編) 多磨霊園(後編)(大平正芳、大川博、菊池寛) 虎ノ門の金刀比羅宮 神田明神・将門塚(平将門) 東寺(空海) 白峯神宮(前編)(崇徳天皇) 白峯神宮(後編)(崇徳天皇) 晴明神社(安倍晴明) 北野天満宮(菅原道真)

 

ゲームブック風アドベンチャーゲーム『脱出ゲーム 香川県からの脱出』はこちらから。


※これまでの「日本縦断紀行」はこちら。

 


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