長屋の御伽草子 | 社会不適合オヤジⅡ

社会不適合オヤジⅡ

好奇心、いよいよ旺盛なもので・・・

今宵は年に一度だけ許された、牽牛と織姫の逢瀬の日。

残念ながらこちらの地域では、空全体に天蓋を被せたようにどんよりとした雲に覆われています。

 

おや?またまた長屋の衆が大家さんの門口に集まってきているようです。

きっとまた一騒動あるのでしょうね(^o^)

 

「大家さん!大家さん!おいででないかい?よう、大家さん!」

声を枯らして戸口から大家さんを呼ぶのは大工のかしら、熊さんです。

 

「熊公よ言うに事欠いて、おいででないかい?ったぁどんな了見でぇ。そんな甘っちょろい呼び方をするから大家の野郎いい気になって居留守を決め込むってことだ。いいか熊公、大家を呼ぶときゃぁこうやるっていう見本を見せるからな、耳の穴かっぽじって聞きやがれ」

こりゃぁまた威勢がいいというか乱暴だというか、鳶頭の八五郎が声を上げます。

「おい!大家、てめぇ居留守を決め込むたぁいい度胸だ、いいか、もう一度呼んで顔を出さなきゃぁこの八五郎が許さねぇ。とっととその汚ねぇ面を出しやがれってんだ、おい分かったか大家よぅ!!」

まったくもってこの八五郎さん、キップが良いのと乱暴なのとを履き違えているようですね。

 

「はいはい、はいはい。なんだって言うんですかこんな朝っぱらから。まさに今、手水を終えて朝餉につこうとしていた矢先じゃないですか。家の妻(さい)も驚いて、よそりかけたおまんまを畳にぶちまけちまったじゃありませんか。一体何の騒ぎです?ねぇ熊さん」

ようやく顔を出した大家さんですが、いくらか話ができる熊さんに声を掛けます。

すると・・・「ちょっと御免なすって、ちょいちょいと御免なすって」

戸口が開いたところから断りもなく小間物屋の甚兵衛さんがずいずいと大家さんの家に上がり込みます。

 

「いえね、大家さん。今日は七月七日でございましょう?いつだったか大家さんからお聞きした織姫と彦星の古い謂れ、色っぽくてなかなか面白かったんですがどうやら別の話もあるんじゃねぇかって、もういっぺん大家さんにお尋ねしたいと言うことで・・・・・」

 

「おぉ、そうかそうか。大家とは言え学者様とはわけが違う。すべてについて詳しく知っておるとは思ってもおらん。。。おいおい!甚兵衛さん、お前さん勝手に上がり込んでおまんまを食べちゃうなんて無礼にもほどがある。それにその茶碗は私が大事にしている清水焼の名碗だ。どうか大事に扱ってくださいよ」

どうやら甚兵衛さんは大家さんの朝ごはんを勝手に食べてるようですね。もう滅茶苦茶です。

 

「おうよ、そのな、清水焼っちゅうのはよ、京都の焼きもんだろ?なぁ大家。こんどよ新しく来た俺の向かい側の店子はよ、上方からの出でな、大家から先だって教わった七夕さまの物語を話したところ、そうじゃねぇって言いやがる。聞けばな、七月七日は天稚彦(アメノワカヒコ)っていう旧い言い伝えの日だってよ、そう言いやがった。そりゃぁ面白くねぇ、大家は俺たちを担ぎやがったんじゃねぇかって朝から大騒ぎだって、そういうことだ。さあさあ大家、一体どっちが本当の話か、白黒はっきりつけようじゃねぇか」

口が悪い八五郎がたまりかねて口を開きます。

 

「おぉそうか。そういうことか。『天稚彦』ですか。久しぶりに聞きましたなぁ・・・・よしよし分かったこんな戸口では話はできぬ。それそれ皆さんどうぞお上がりくださいな。・・・って、甚兵衛さん!まだおまんまを食ってるのかい?ひどいもんだね、遠慮も何もあったもんじゃない」

と、大家さんは呆れて、次に女将さんに向かって

「お前もお前だいいかげんにおしよ。人がいいのにも程がある。もうお櫃の底が見えてるじゃないですか」

 

天稚彦(アメノワカヒコ)の謂れについても、もちろん大家さんは知っていました。

かいつまんで言えばこういうことでした。

この話は御伽草子に収められた物語で、長者の家の三人娘が大蛇から求婚を受ける。

蛇のところに嫁入りなどもちろん嫌な話だったが、受けないと父親を頭から飲み込むと言われ、三女がその申し出を受け入れた。

いざ新居に行ってみると蛇は自分の頭をハサミで切り取れという。そして言われたとおりにすると、なんと蛇は美男子へと変身し自らを『天稚彦』であると名乗った。

暫くは夫婦二人で円満に暮らしていたが、ある日天稚彦はどうしても天に行かなければならないと告げ、空へと昇ってしまう。

 

37日のちに戻ってくると言う約束の日を迎えても天稚彦は戻らない。たまりかねた三女は夫を探しに空に登る。そこで天稚彦の父親は鬼であり人間との結婚を認めていなかったことを知る。

父親は様々な難問を三女に与えるが天稚彦から譲り受けた袖を「天稚彦の袖」と唱えると、難問は次々に去りついに三女を嫁として認めることになる。

しかし会ってよいのは月に一度と言われたのを年に一度と聞き間違え、鬼の父親は瓜を天の地に打ち付けて「それならば年に一度だけじゃ」と言い放つと瓜は大きな川になり、それが天の川になった。

そしてそれが七月七日のことであり、それからは天稚彦と三女は年に一度だけしか会えなくなったと。

「・・・・・というのが天稚彦の物語じゃ。御伽草子という書物は鎌倉時代から江戸時代にかけて長い間に様々な伝説などを編纂した書物である。そしてこの天稚彦の話は恐らく室町より以前にまとめられた物語であるがゆえ、本来は平安時代ころから言い伝えられたのであろう。平安時代と言えば都は京都じゃろう。そのな、上方より引っ越してきたものもな京都の生まれとのことであるから、小さいときからこの話を知っておったのじゃろう」

大家さんはそういうとついに空になったおひつのそこを見て、話の間中ずっと飯を食べていた甚兵衛さんを睨みつけた。

 

「ほうほう、そういうことですか。それはまたケッタイな話でやんすねぇ。ってことはその蛇の化身の天稚彦が牽牛で父親を助けるために人柱になった三女が織姫さんだと、そういうことでござんスかい?随分また荒唐無稽な話でやんすねぇ」

熊さんはそういうと香の物鉢に手を伸ばし、たくあんをポリポリとつまみ食い。

 

「てやんでぇ、べらぼうめ。上方から来たってもよ、ここは将軍様の収める江戸の街よ。郷に入れば郷に従えってことを知らねぇとは言わせねぇ。あのよ、あいつの名はなんと言ったかなぁあの上方の野郎はよ」

何に付け面白くない八五郎はそういうと、煙管の火種をポンと手のひらに乗せた。

 

大家が八五郎の憤慨ぶりがおかしくてクスリと笑ったのを八五郎は見逃さなかった。

「何でぇ大家!俺が言ってることが変だって言いやがるのか。もう勘弁ならねぇ表へでろ!」

「まぁまぁ八五郎さん、気を悪くしたら申し訳ない。何しろこちらは御伽草子が出典で例の七夕さまの話は古来唐の国のお話じゃ。どちらにしてもとうの昔の物語。昔語りだと思えばよろしいのじゃありませんか」

「ほれ昔から言われている通り『温故知新』ということじゃ。新居に引っ越してきた御仁もな、旧い話を心に温めているがゆえにお前さん方と知り合いになれたと思えばいい」

 

「そうだよ大家さん、このお新香は漬け過ぎで縮んでしょっぱくていけねぇや。温故知新じゃなくてお新香縮んでるってことだな。織姫さんはきっと漬物も上手かったことだろうねぇ、なぁ大家さん」

おひつごと膝に抱えてしゃもじでおひつの隅から隅まで食べきった甚兵衛さんはそう言うと大家さんの湯呑みに注いであったお茶をおひつに注いで一粒残らず飲み込んだ。

「あ~あひどいことよ。人の朝餉をお茶漬けにしおって。さしずめ笹の葉サラサラではなくてお茶漬けサラサラってことかい?ひどい店子ばかりを持ったものよ」

 

相変わらず長屋は大騒ぎ。

牽牛様も織姫様も、天稚彦様もその妻の三女も微笑ましく笑っているに違いありません。

また明日ね(^O^)/~~~

 

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