その後、しばらく出店を回ったキラとクラウドはトキの待つホテルへの帰路についていた。


「良い買い物したわ」


キラは、打って変わって上機嫌だった。

クラウドは苦笑いを浮かべながら肩の白兎に声をかけた。


「随分、変わった土人形だな」


旧カスタット時代のプレミア物なのだとキラは声を弾ませた。

クラウドとしては、それがどうしたと突っ込みたかった。

が、あえてそれをしないのはまたキラの機嫌を損ねると後々面倒であると分かっていたからだ。

随分 慣れてきたものだ、と自分で関心した。


「キラって、歴史学とか?そーいうのに興味あったんだな」


兎相手に真面目に話す内容ではない気も些かしないわけではなかったが、もう今更である。

キラはどこか自分以上に人間じみていたし、こんなに小さいのに何もかもがお見通しといった

独特の雰囲気を放つときがあって、その度に少し構えてしまう自分がいる。

そうかと思えば、沈んだ空気を持ち前の明るさで一掃する。

クラウドは、そんなキラに少なからず尊敬の念を抱いていたのかもしれない。


「んー別に特別関心があるわけじゃないけど。昔ね、色々学ぶ機会があったから」

「ふーん」


だから、キラがこれまでどんな人生を送ってきたのか。

そもそも、人で無いから”人生”と言っていいのかわからないが

彼女がどんな過去を持っているのか、わざわざ詮索するような真似はしなかった。


「ずっと向こうの。東南の島国では”再生の呪術”なんかに使われていた貴重なものなのよ」

「ふーん」


意外に博識でしっかり者な彼女を見ていると時々自分の立場を忘れてしまいそうになるな、とクラウドは思った。

それはそうと。

やはり 一言忠告しておきたいことはあった。いや、ただのコメントだ。


「それってさ。トキは喜ぶのか?」

「・・・・・・・・・ふふっ」



謎の表情でキラは視線を逸らした。

そうだよな。やっぱり、そんなもの普通は誰だっていらないと思う。

いや、もしかしてトキは無類の人形好きなのか。しかし、どう見てもこの土偶は不細工・・・?

もしくは、キラがトキの好みに関係なく選んだ可能性も否めない。


久しぶりにどうでも良い考えを頭に廻らせていたクラウドは目的地に到着していることに気付かなかった。


「クラウドっ、そこ! ホテルの入り口はそこよ」


もう少しで、入り口を過ぎてしまいそうな所でクラウドは「おっと」と左足を軸にクルッと回った。


「そーだ、ここだった。あはは」


ヘラヘラとした笑顔を作って、ロビーの右端に設置された階段を上がろうと手すりに手をついたとき

――ドンッ


「あっ」


どちらとも無く上げられた短い声が消える頃には


  ガシャン――


キラが手に持っていた小さな土偶は零れ落ち、割れて破片と化していた。

キラは驚きと怒りのあまり声も出ないようだった。


「おい、おまえら」

「・・・・・・」

「?」


ぶつかって来た、灰色のマントを被った団体をクラウドは呼び止めようとした。

しかし、彼らは何も言わずにサッと立ち去っていった。


「な、ななな なんなのよ。あいつら」

「奴ら なんか、様子が変だったな」


マントの集団はロビーから真っ直ぐ外に出ると二手に分かれて歩き去ってしまった。

何か、懐かしいような感覚。臭い。


キラは折角買ったお土産の残骸を前にしょんぼり耳を折り曲げていた。


「壊れたもんはしょーがねーだろ?また、トキと一緒に何か買いに行けばいいさ」


少なくともあの土人形よりは気に入ったものを買って上げられるのではないかと頭の片隅で思いながら

いかにも残念そうな顔でキラの頭にポンと触れた。


「別にいいけど。ちょっとトキの反応を見たかったのに」


やはり、トキが欲しがる土産物ではなかったんだな。

心の中でツッコミを入れながら、クラウドは欠片の処理をホテルの従業員に任せてトキの部屋へと急いだ。


「ねぇ、あれ。あのまま捨てるの?」

「割れた人形なんかやってもしょうがないだろ?」


それに、さっきから何か胸がざわついているのだ。

・・・少し、嫌な予感がする。

キラも、なぜか大人しく肩にしがみついていた。




「トキ?」

鍵も掛かっていなかった部屋の扉を開いた。

部屋には誰もおらず、窓辺のカーテンが風に揺らめいているだけだった。


「トキ!?」

部屋のどこにもトキの姿は見えず、よもやクラウドの予感は的中しているようだった。


「くそっ、やられた」

「トキは・・・」


「さっきの奴らだっ」


クラウドがそう言い放って、急いで部屋を出ようとしたとき何者かが突然出てきて大きな布袋のようなもので捕らえられた。

(奴らか・・・?)


「この男で全部か」

低い男の声が聞こえる。


「クラウド」

「シッ 静かに」

クラウドは布越しに外の様子を伺った。


「さっきの者と同じフロアでよろしいですか」

「構わん。一先ずはあそこへ運べ」


その時、袋が少し開かれスプレーで何か薬のようなものが中に撒かれた。


――しびれ薬? ・・・睡眠薬か


クラウドは薄れゆく意識の中、キラを自分の服の内側に押し入れた。



                                          by 蓮


「ん?」

クラウドとキラは、珍しい骨董品などが所狭しと並べられた

大通りより落ち着いた雰囲気の商店街を散策していた。


「どうしたの?クラウド」

「いや、別に・・・」

不意に振り返ったクラウドは、キラに笑いかけた。

「なんか、誰かの熱い視線を感じてさ。いや~ 俺、モテるからなぁ」

「・・・バッカじゃないの!?」


キラは覗き込んでいた、古風な壺から離れると地面マットに並べられた手作りの

綿糸製アクセサリーを手に取った。

「ねぇねぇ、これなんかいいんじゃない?トキのお土産に」

「んんっ? あぁ、そうだなー良い感じじゃないか」

「あんたねー、余所見しながら空返事するのやめてくれる?」


キラが憤然としながら、他の商品も見ようと隣りの店舗に入ろうとしたその時

――ドンッ

「きゃ」

何者かに蹴飛ばされて、キラは顔面から地面に叩きつけられてしまった。

「ぇ、キラ? おい、大丈夫かよ!」

事態に気付いたクラウドが急いで駆けつけるが、キラのスイッチはすでに入っていた。

「ちょっと~ レディーを蹴飛ばすとは、どういう了見よ!?」

「ヒィ! ご、ごめんね。急いでたものだから・・・」


キラを蹴飛ばした張本人は、そのまま派手に転んでいた。

いかにも弱気で、鈍臭そうな黒髪の青年だ。

「あー・・・君も、大丈夫?」

憤慨し喚くキラを宥め、抱え挙げながらクラウドは10代後半と見受けられる青年に小首を傾けた。

「えぇ、はい。大丈夫です。すみませんっ」

「君、キラに蹴躓いて転んだだけにしてはボロボロ過ぎるだろ」

クラウドがしゃがんで覗き込んだ青年の顔は傷だらけで、服も破れていた。

謝罪の言葉を聞いて、よしとしたのかキラも少し心配そうに声をかける。

「本当。どうしたの?」

「いや、僕は何も・・・気にしないで下さい」

青年はオロオロしながら立ち上がると、身なりを整えてペコッと頭を下げた。

「お気遣いなくっ 僕の方こそ、本当にごめんなさい」

「・・・・・・」


「おやまぁ、セルジュ様じゃないの。近頃見かけないと思ったら・・・どうしてたの」

店の中から出てきた膨よかな女主人が声をかけた。


「こんにちは。 えっと・・・」

セルジュと呼ばれた青年はたじろぎながら辺りを見回した。

「おばさん、ごめん。それはまた今度」

セルジュは姿勢を低くすると、聞き耳を立てた。

「おい、お前何やってんだ?」

思わずお前呼ばわりするクラウドに向かって、セルジュは苦笑いを浮かべる。

「すみません。 僕、ちょっと急いでますので、失礼します」

「え、お おい!」

クラウドの声が道に木霊したが、セルジュは振り返らずに走り去ってしまった。

「何なの?あの子」

キラも怪訝そうに黒髪の青年の背中を見つめて言った。




                                      by 蓮

ホテルの一室で一人横になっていたトキは、うとうとしたまま時の流れの中に身を任せていた。

窓にかけられたカーテンの隙間から、暖かい陽の光が差し込んでいつまでも夢見心地でいた。


今、何時ごろだろう?

そう考えながら寝返りを打つ。

朝起きたときに感じた、体のだるさや頭痛はいつしか消え、気持ちも随分落ち着いてきた。


「・・・疲れてたのかな」


思えば、最近は移動が多かったし新たな旅の同行人との小さな騒動の数々も起こったりで

なかなか気の休まる隙が無かった気がする。


自分は、この程度の心身の負担でダウンしてしまうのかと思うと、また情けなくなってくる。

一気に色々なことがあったせいで、心の整理がつかない。

でも、それと同時にその変化に順応しようとしている自分も感じることが出来る。


言葉では表せないような、モヤモヤとした不安は直接的な解決を迎えていなくても

じっくり立ち止まってみれば、思考は次第にクリアになっていき

なんだか明日は元通りの自分を取り戻せそうな気分になっていくのだ。

何にせよ、もっと強くならなければ・・・とトキは思った。

もう、守られるだけの立場は嫌だ。

力は、 自分自身の力は まだ十分に持ち合わせていないけれど

心からの  真の強さが欲しいと思った。


そうでなければ、ここから先には進めない。


「・・・キラたち、どこまで行ったのかな」


そう、小さな声で呟いた瞬間

ドアの向こうから人の近付いてくる音が聞こえてきた。


「キラ?」


トキが身を起こしたとほぼ同時に、部屋のドアは開かれた。


「・・・クラウド?・・・・・・!!」





                                      by 蓮

「で、一体どこに行く気なんだ?」

小さい歩幅で先導するキラの後を追いながら、クラウドは問を投げかけた。
「どこって・・・」
そこは、街から外れて少し進んだ小高い丘。
キラは、立ち止まりしばらく上空を見上げる仕草を見せた。
「・・・どこかな?」
「えぇ!? 今までどこに向かってたわけ?」
「適当に」
苦笑いを見せるキラに、クラウドは大きなため息をついた。

「もしかして、トキはまだ昨日のこと気にしてんのか?」
何を?とばかりにキラは耳をピクっと動かす。
「お前が変なこと言うからだろ!」
キラは、そのままふぃと向こうを向いてしまった。

「だって・・・トキにも、言ったけど。 本当のことだから」
「え?」
「クラウドに言ったこと。 トキの不安定な気持ち」
キラはまた、どこへ行くともなく歩き出した。

「トキを信じて支えてくれる人。トキが信じられる人」
足を止めては、振り返る。
「本当に仲間と呼べる人が、これからのトキには必要だと思うの」

少し強めの風が頬に心地よい。
太陽もすでに南に上がり、二人のいる小道を眩しく照らしていた。
クラウドはしばらく、何も言えずにキラの紅い瞳を見つめていた。

「トキは・・・何者なんだ? あいつは、何の為に旅をしている?」

再び強めの風が吹きかけてきて、しばらくの間2人は沈黙したまま視線を交えていた。
キラは何か、考えを巡らせているように瞳を揺るがせており、それはクラウドも同じだった。
先に沈黙を破ったのはキラだ。
「あんたは? クラウドは、何の為に・・・私たちと共に来たの」
それは、トキやキラがずっと聞きたいと思っていたことだった。

「私たちが、平凡な事情で旅をしている訳じゃないってことには、気付いてるんでしょう」
クラウドは何も言えずに立ち尽くしていた。
「トキは、これから 君を頼ってもいいの?」
キラの目は真っ直ぐ、クラウドを刺す。
「トキがどんな想いを抱えて旅をしているとしても、まだ、一緒に行くの」
「俺は・・・」

クラウドは少し視線を逸らしながら言葉を紡ぎだした。
「俺は、今まで何の目的も持ってなかった」

風に吹かれた蒼い髪が顔にかかり、
表情は分からなくなってしまったがその声は冷たく哀愁を帯びていた。
「ただ、生きることに必至で。そのためなら、なんだってしてきた」

キラは、少し驚いた様子でクラウドを見上げる。
「自分の為に、ましてや他人の為に何かをするなんてこと。ありえないって・・・」

雲の間から陽が差してきて、鮮やかな蒼を照らし出した。
「だけど・・・なんだか違うんだ。今までと」
「何が?」

      ――― この気持ちを何と呼ぶのか、俺は知らない ―――

クラウドは微笑を浮かべて街を見下ろした。
「やっぱり、特に理由なんてないんだと思う。ただ、興味を持った」
そのまましゃがみ込んで、キラの頭を撫でる。
「お前らの、旅に。 俺も参加させてもらって・・・その生き様でも見せてもらおうかなって」

「何よ。その言い訳」
キラは少しふてくされたような顔でプイと横を向いた。
「よっぽどの変人! でもって、暇人ねっ」
クラウドの手を軽く払うと、キラも笑みを見せた。
「でも、その気持ち。少し分かる気がする・・・」
「トキって、何だか見ていて放っておけないの。
 か弱い子供って訳じゃないし、近くにいてもどこか遠い感じがする」

「・・・そうだな」
「だから、私がついていてあげなくちゃって。 そう思うの」


目を伏せたキラが、何を思っていたのかは誰にも知れない。

                                    by 蓮