砂漠の魔女の元にたどり着くも、トキは本来の目的を果たすことは出来なかった。

一行は、トキの足の事もあり、すぐに去ることもできず

結局 リザの勧めで何日か泊めてもらうことになった。


「では、ゆっくり休んで」

なぜかキラを腕に抱いたリザが、トキとクラウドを部屋に残して出て行ってしまった。

リザ曰く、キラは兎とはいえ女性だから男共とは同室にできないというものだった。

キラは、いつものことだからトキと一緒でいいと遠慮したが、彼女に半ば強引に連れて行かれたのだった。

「えっ、待っ・・・ 俺たちは同じ部屋なのか?」

「・・・・・」

広い地下の城は部屋数も多いだろうに。

無情にもわざわざ同室に詰められた男たち・・・

後になって、トキがまた一人で無理をしないように、というリザなりの配慮であったことに気付くクラウドだった。


それから、トキとクラウドは白く囲まれた部屋の中で互いに沈黙のまま一時間が経過しようとしていた。

いつもなら、軽い口調で一人でペラペラ喋っているクラウドだが、

先程の事もありトキを気遣ってか、話しかけるのを躊躇っていたのだ。

そんなクラウドだったが、しばらくの間を置いて考え、やがて何かを吹っ切ったように口を開いた。

そろそろ長時間の沈黙に耐えられなくなったようだ。


「あのさ、トキ。お前 人探してるんだったよな。どんな奴なんだ」

「あ、あなたには関係ないでしょう」

突然の質問とその内容に少し動揺しつつも素気無くそう答える。

彼をこれ以上自分たちのことに踏み込ませてはいけない、それが直感的に頭を過った。

「そうだよな、ハハ」

クラウドは苦笑した。

いくら話題がないからといって、わざわざ掘り返す様なことしか聞けない自分にうんざりする。

また、少し沈黙の時が流れる。


「どうして……」

ふいに発されたトキの声があまりにも遠慮がちで、クラウドは内容をうまく聞き取れなかった。

珍しくトキのほうから話をしてくれたのに聞き逃してしまったことに慌て、すぐさま聞き返す。

「え、何?もっかい言って!」

「どうして、こんな所まで着いてきたんですか?一体何が目的でなんですか?」

「だから、それはトキのことが気に入ったからだって」

いつものように軽いノリで返す。

「はぐらかさないでください!」

トキはなぜか怒っていた。しかし、その怒りには悲しみが入り混じっているように見えた。

「僕を気に入っただって、こんな所まで着いてきて・・・

 それだけの理由でこんな危ない目に遭ってバカみたいじゃないか!」

ベッドに手を叩きつけ、そう叫ぶ。


「バカだよ…」

クラウドはトキの瞳をまっすぐに見つめると、

真剣な顔付きで、それでいてなぜか優しい笑みを保ちながら言う。

「俺はバカだから、自分のやりたいようにしかできねぇの。危ないだとかそんなこと考える頭もないんだよ。

ただ、お前と初めて会った時さ、一緒に旅したいって思った。だから、今ここにいる。それだけじゃダメなのか?」

普段とは打って変わったその真摯な言葉にトキは何も言えなくなってしまった。

そして、自分が一番バカなのだと酷く後悔した。

他人との関わりをなるべく持たないようにしてきたトキは、人と人との繋がりを持つことを恐れていた。

人を、簡単に信用してはならない。そう言い聞かせてきた。

でも、今は・・・キラもクラウドも自分を大切にしてくれている。その想いを感じ取ることができる。

それなのに自分は一人で勝手なことばかりして、二人をこんなに危険なことに巻き込んで

本当に無知な子供でしかない。なんて不甲斐ないのだろう。


「俺はさ、お前に何があったか全然知らないけど、過去は過去だよ。たとえ切り捨てられなくとも…。

 だからさ、今をもっと大切にしろよ。

 辛いこと一人で抱え込んでないで、キラでも俺でもいいから相談してくれよな」

そう言ってトキの頭に軽く手を添える。

「…ごめんなさい」

トキは俯いたまま謝罪の言葉を紡いだ。

心の中に溜まっていた重く冷たいものが少しずつ消えてゆくのがわかる。

クラウドの大きい掌がひどく懐かしく思えた。





キラが連れ込まれたのは、彼女の寝室であろうと思われる部屋だった。

一見普通の部屋なのだが、噎せ返るほど薔薇の匂いで充満していて頭がクラクラしそうだった。

「何なの、この匂い」

あまりの酷さに悲鳴にも似た声を上げる。

「あぁ、ごめんなさい。そんなにきついかしら」

「どうして、こんなに部屋中薔薇の匂いなの」

その質問にすぐさま答えは返ってこなかった。



「貴女と同じよ。想い出に浸っておきたいだけ」

「え…?」

意味がわからず訝しげな顔で彼女を眺めていた。

「無意識なのかしら」

「どういう意味?」

「わからないのならいいわ。それに、その方が貴女達の為なのかもしれない」

取り留めなく話す彼女の言葉にキラは聞き返す余地がなかった。


「あの・・・さっきのことなんだけど」

リザは視線をキラに合わせた。

「探し人のことね」

「うん…」

「もし私が彼の場所を告げたとしても、きっと貴女達は会うことができないと思う」

「どうして」

「それが理でもあるの。事象というのは起こりうる時・場所が限定されている。

だから、出会うことが定められていなければ、絶対に出会うことはない。偶然は必然を超えられないのよ」

「…そんなの私には難しくてわからない」

本当は彼女の言った言葉の意味を理解している。

しかし、それを納得できない心がキラにその言葉を言わせた。



「私は…私は、理なんてどうでもいいわ。世界が歪もうが関係ない。トキがよければそれでいいのよ!」

勝手な事を言っている。ここまで来て何も得られないことが口惜しくて悲しくて、

何も悪くない彼女に八つ当たりしている。そんな自分に無性に腹が立った。

その言葉を聞いてもリザは何も言わない、というより言えなかったのだ。



「ごめんなさい…私、こんなことが言いたいんじゃない」

「えぇ、わかっているわ」

彼女の言葉は優しかった。きっと、すべてわかっているのだろう。それでも、何も言わずに聞いてくれる。

こんな身勝手な自分を正論で以って詰って責めてくれればいいのに。

許されてしまったら、もう何も言えない。二人の間には沈黙が流れ続けていた。



薔薇の匂いに包まれて、過去に思いを馳せる。

想い帰しては切なくて、後悔が心の奥に降り積もってゆく。


ただ私は、貴方に幸せになってほしかったのだと―――



                                                by 沙粋

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