トキは、しばらく走って大きな屋敷の前に来ていた。

傍らの大きな柱にもたれかかりながら、乱れた呼吸を落ち着けていた。
「トキ・・・」

キラが声をかけるが返事をしようとはしなかった。

そのまま、そこに座り込み しばらくジッとしていた。

キラも黙って、トキの傍で何か考え事をしていた。


それから、どれくらいの時間がたっただろう。

昼が過ぎると、街中が急に慌しくなり、我体のいい男たちが木材や看板、樽などを運びだした。

女たちは、お喋りを楽しみながらキラキラ光る飾りや料理を作っている。

トキがその様子をぼーっと眺めていると、キラが突然口を開いた。

「今朝、言ってた祭りの準備かしらね」

そういえば そんな事を言っていたな、とトキは思った。

膝の上で耳をピンと立てているキラを見ながら、そろそろ宿に帰ろうかと考えていたその時。


ギィィ・・・

トキが居る柱の傍から音がした。

見ると、扉の中からこの屋敷の住人であろう1人の婦人が出てきた。

トキは慌てて立ち上がり、キラを鞄の中に詰め込んだ。

「あら、こんにちは。見ない顔だね」

「はい。昨日この国に来ました」

「そうなの。じゃあ、魔女祭は初めてなのね!楽しんでいって頂戴」

婦人は、まるで自分の主催するパーティーのように話す。

トキが返事に困っていると、婦人は一人でベラベラ話し出した。

毎年、祭りの資金の提供をしていること。

魔女祭で使う衣装をはじめ、様々な服の製作会社を経営していること。
今年の衣装の新作完成が遅れていること。

そして、その衣装が今出来上がったこと。

「今からでも、店頭に並べれば買いに来てくれるお客さんもいるからね~」

それなら急いで行った方がいいと思うのだが、トキは一応

そうなんですか、と言葉を返しておいた。

「じゃあ、僕そろそろ・・・」

トキがそう言おうとした時、

「あぁ、ちょっとお待ちよ。これ、持っていきな!」

満足そうな顔をして、黒い衣装を1つトキの腕に押し付けてきた。

キラが鞄からピョコっと顔を出す。

「えっ、でも」

「いいんだよ。こんな祭の日に浮かない顔なんかしないで、これ着て楽しんでおくれ!」

結構です、と断ろうとするも

婦人は断じてそれに応じる様子がない。

好意で言ってくれているのだとは思うが、トキにはいい迷惑だった。

とうとう、その婦人は上機嫌で手を振りながら去っていった。

トキは手に残された衣装を見て、小さくため息をつく。

これ、どうしよう。

「しかも、それ、トキにはちょっと大きいんじゃない?」

キラが言う。

確かに、その衣装はトキの体にはかなり大きめの作りだった。

どうしろというのだ。

「・・・クラウドにあげようか」

日が傾きかけた、空を仰ぎながらトキが言った。

それを見てキラは

「だいぶ、頭もスッキリしたみたいね」

と笑いかけた。

トキは、コクンと頷いて宿へ戻ることにした。


宿に着くと、おばさんが「お帰り」と出迎えてくれ、

クラウドが帰ってきていることを教えてくれた。

帰ってきているのか。彼はあの後、一体どこに行っていたのだろう。

部屋に入るとクラウドはベットの上でゴロゴロしていた。

トキに気付くと、ムクっと起き上がり「おかえりっ!!」と笑いかけた。

あんな別れ方をして、変に思われていないか少し心配していたが

クラウドは変わらない笑顔でトキを迎えてくれた。

それにはトキも少しホッとした。

それで、手に持っている衣装の事を思い出した。

「あ・・・これ」

トキが黒い衣装を差し出すと、クラウドは「ん?」と言ってベットから降りてきた。

「これは、魔法使いの衣装か?どうしてこんなもの・・・」

キラがピョンとベットに飛び乗り、衣装の入手の経緯(いきさつ)を一通り話す。

「そっか。それで俺にくれるの?」

事情を聞いたクラウドは嬉しそうに衣装を受け取る。

「別に、僕には必要ありませんから」

そっぽを向いたトキを見たクラウドは、

ちょっと待ってろ、と言ってベット脇の大きな袋から何かごそごそと白い箱を出してきた。

「俺もトキにプレゼントがあるんだ」

楽しそうに箱をトキに手渡す。

横でキラが「何?何?」と聞いてくる。

「なんですか?」

「開けてみな♪」

トキがモタモタしていたので、クラウドが箱を開ける。自分で開けるのか。


中にはきちんとたたまれた可愛い魔女の衣装が入っていた。

「どう?気に入った!?まさか、俺の分をトキが持ってきてくれるとは思わなかったけどな♪

 これ着て、一緒に祭に行こうぜ☆☆」

「あの・・・これ、女物ですよ」

トキが聞くと、クラウドはアハハとふざけた表情で返してくる。

――もしかして、わざと・・・?

「こんなの僕はいりません。まして、女の子の格好なんて」

トキは箱をクラウドにつき返してソッポを向いた。

なんて人だ。男だと分かっているくせに、女性用の衣装を買ってくるなんて。

「怒った?」

クラウドは魔女の衣装をベットの上にポンと置いて、トキの肩に手をかける。

キラが魔女の衣装に飛び込んで行き、モゾモゾしている。

「似合うと思ったんだけどな~」

残念そうに、しかし楽しそうに言う。

トキはギロっとクラウドを睨みつける。

「こういうこと、やめてくれませんか」

トキはそう吐き捨てて、部屋を出ようとした。すると、クラウドが「おっと」と素早くトキの手首を掴んだ。

「ごめんごめん。ホントはこっちを着て欲しかったんだけどさ。

 トキが嫌がるといけないから、ちゃんとしたやつも用意してあるんだ」

別に、そういう問題ではないのだけれど・・・

トキは呆れた。

しかし、いそいそと男性用の魔法使いの衣装を袋の中から出しているクラウドの姿を見て

怒る気も失せてしまった。と、言うより 笑いそうになった。

本当に、分からない人だ。

「ほら! こっちなら着てくれるだろ?」

サイズもぴったりで、トキにはこんなに用意周到なことをされて

もう断ることもできず、結局 二人でしっかり仮装して魔女祭に参加すると言うことになった。

しぶしぶトキが了解すると、クラウドは上機嫌で袋から帽子やら杖やらの仮装小道具を取り出し始めた。

それを見たトキは 「はぁ・・・」、 大きなため息をついた。

後ろではキラが

「私もこの魔女の衣装、着たかったわ~」

などと言っている。トキは自分用にと渡された黒いトンガリ帽子をキラにかぶせてやった。

キラは喜んでいたが、トキはまだこの状況にあまり乗り気ではなかった。

一応衣装には着替えたものの、なぜこんなことになったのか順を追って考えていた。


  バンッ  バーン!

窓の向こうから花火が上がるのが見えた。

いつのまにか外は暗くなっており、赤や黄色の花火が夜空によく映えている。

魔女祭が始まったのだ。

「トキっ!準備出来たか?始まったみたいだぜ。早く行こう!!」

宿のおばさんに「夕食はいらない」と言いに行っていたクラウドがドアを勢いよく開けて部屋に入ってきた。

トキは、しぶしぶ重い腰をあげて部屋を出た。


                                                          by 蓮


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