温かくやわらかい物が頬に触れている感触でトキは目を覚ました。

瞳を開くと一面の白だった。一点の穢れもなく、それはまるで映し鏡のようだ。

横目で頬に触れる物を見る。そこには眩いほどの銀色があった。

「キラ…」

小声で呼びかけたが、眠っているようだ。


どうして自分はこんなところにいるのだろうか。

そう思い、記憶を辿ってみる。

最後に覚えているのはリザを見つけたということだった。

そして、彼女の前まで走って行った。そこで記憶は途切れている。

「倒れたのか――」

不甲斐無いと言わんばかりの落胆の声音で呟いた。

それにしても、リザさんは何処に行ったのだろうか。クラウドの姿も見えない。

もしかしたら、クラウドが彼女におかしなことをしているのではないかと不安になった。

ベッドから降りようとすると足首に鈍痛が走る。

「っ…」

声にならない声を上げる。それは、赤く腫れ上がり熱を持っていた。

骨に罅(ヒビ)くらい入っていてもおかしくないほどだ。

痛む足を引きずりドアへと向かう。そして、ノブに手をかけようとしたがそれは叶わなかった。

反対側からドアを開ける者があったからだ。

トキは体勢を崩し、その場に倒れこみそうになったが、ドアを開けたクラウドによってそれは阻止された。

「おっと!大丈夫か、トキ」

そう問われたが、クラウドの胸に顔を埋めていたため返答できなかった。

「気分はどうだ?まだ本調子じゃねぇんだろ」

そう言ってトキの額に手を当てる。

「やめっ!」

即座に反応し、クラウドの手を薙ぎ払った。

その反動でまた体勢を崩したが、足を踏ん張り転倒は回避した。

しかし、その衝撃で足には激痛が走り、それによってその場に屈みこんでしまった。

「痛・・・・・・!」

「ゴメン!俺、そんな強く触ったつもりじゃなくて」

痛みの原因が自分が額に触れたことだと勘違いし、咄嗟に謝罪の言葉を口にした。


「少年、いい加減そこからどきなさい」

ドアの所でクラウドが立ち止まっていたので、中に入れずにいたリザが後ろから声を放った。

クラウドは部屋の中へと入ったが困惑したままだ。しゃがみこんでいるトキを見てリザが言う。

「そんなひどい捻挫で歩き回ろうなんて・・・」

はぁ、と溜め息を吐き呆れた顔をしている。

「見せて」

そう言われ左足を差し出した。

「うわ、痛そう…」

原因が自分ではないことがわかりホッとしたがクラウドが

赤く腫れ上がったそれを見て悲愴な声を上げた。


リザは先ほど作った薬とガーゼのような白い布を取り出し、

ガーゼに薬を染み込ませ腫れている部分に巻き付ける。

「これでいいわ。君は少し無茶をしすぎるみたいね…」

「すみません」

「謝らなくていいわ。別にそれが悪いことだと言っている訳ではないから」

そう言った彼女は、なぜか優しい笑みを浮かべていた。


「ん…トキ……」

話し声に気づき、キラが目を覚ました。

「トキ!!」

横で眠っていたはずのトキが居ないことに気付き、大きな声を上げる。

「ここだよ。キラ」

その声を聞き、すぐさまベッドから飛び降りトキの傍へと走った。

そして、床に座り込んでいるトキに飛び乗った。

「トキぃ、よかった。」

「キラ、心配かけてごめん」

柔らかい口調でそう言い、キラのふわふわの毛を撫でた。


「これで全員そろったわね」

手に持っていた薬をベッドの横の小さなテーブルの上に置きながらリザが言う。

その言葉に本来の目的を思い出したトキが彼女に向かって言葉を放つ。

「あの、リザさん。あなたに教えてもらいたいことがあるんです…」

そう言い、その教えてもらいたいことを口にしようとしたが、その言葉は紡がれることはなかった。

「―――私には、それをあなたに教えることはできない」

彼女から返って来たのは謝絶の言葉だった。

「えっ?」

「君は人を探して旅をしている。そうでしょう?」

「…はい」

「そして、その人の居場所について私に聞きに来た」

「はい」

トキには、ただ相槌を打つことしかできない。

リザは、トキが聞きたいことの全てを知っているようだった。

「私は魔女だから、それに関してわからない訳ではない。

けれど、それを君に教えることは世界の理に反するの。だから、ごめんなさい」

彼女の放ったその言葉に偽りはなく、本当に心から申し訳なさそうにしている。

「そんな、どうして!」

二人のやり取りを見ていたキラが横から叫んだ。

キラは、ここに来るまでの一生懸命なトキの姿を見ていた。

だから、ここを訪れ魔女に会えたということを無意味なことにしたくなかった。

「…怪我をしてまで会いに来てくれたのに、力になれなくて本当に悪いと思っているわ。

けれど、どうしてもできないの。もし私がそれを君に告げてしまえばそこに歪みができる。

その歪みは歪みを生む。そうやって、世界は少しずつ壊れていく。

そのことを、私は昔、痛感したことがあるの。だから、もう二度と同じ過ちは繰り返したくはないのよ」

その言葉には、自責の念が込められていた。

「わかりました…」

トキは納得したようだった。

きっと、何を言っても教えてもらえないだろうことを彼女の言葉で理解した。

「トキ…」

「ごめん、キラ。でも、これでいいんだよ。他人に頼ってはいけないことだったんだ」

「……うん」

そう言って俯きながら、トキの服に顔を埋めた。



                                                by 沙粋


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