――ガチャン。


クラウドを残した部屋から少し歩いた向かえ部屋のドアを閉めると、

トキはつかんでいたキラを前後に揺さぶった。


「なんてこと、言うんだよ」

「やーめーてー!頭クラクラする~」


あ、ごめん。と力を緩めたトキの手に掴まりながらキラは口調を落ち着けた。


「だって、本当のことでしょう」

トキはまだ赤みを残した顔を隠すように下を向く。

「他人と接するのが苦手なのはいいわ。でも、いつか あなたが・・・」


艶やかな毛並みの白兎は、少年の髪と同じ金がかった琥珀色の揺らぐ瞳を見つめる。


「トキが、誰かを信じてあげなくちゃ・・・トキを信じてくれる人もいなくなるわ」

「そんなの・・・」

「不安は分かる。トキの心がそんなの望んでないことも分かってる。それでも・・・」


   ”人を信じる想いは 時に強い力になるの――”



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   「ぼくはみんながだいすき」

                 「おかあさんがだいすき」


      「おにいちゃんがだいすき!!」



   それなのに・・・どうして?


視界は暗い。深い深い 闇の中のよう


   信じてる。 信じてた。  大切に想っていた  だから・・・



            ”もう、何も信じられない”




――朝の陽射しで目を覚ましたトキは、泣いていた訳でもないのに

濡れた瞳をしばらく開けたままぼうっとしていて、

ベッドから起き上がる気力が湧かずに天井を見つめていた。

なんとなく、今日は体を動かしたくなかった。


ふと目をやると、キラが窓から外を眺めていて

そういえば、と部屋が8階だった事を思い出す。

あそこからなら町の景色を広く見下ろすことが出来るのだろう。


特に声をかけることもせずに、トキは寝返りを打った。


それから、程なくしてドアの向こうからノックオンが聞こえた。

「トキ。もう、起きてるか」


クラウドだ。

昨日の別れ方の気まずさも相俟って、トキは毛布を口元まで引き上げた。

「・・・なんですか」

「いや、その。なんだ。 今日は天気もいいし、

 特にこの国でやることがないなら一緒に観光でもどうかなーと思ってさ」


普通に振舞うクラウドの様子に、少し安心はしたもののやはり部屋から出る気は起きなかった。

変な夢でも見たのだろうか。頭が痛み、体が重い。

「トキ。大丈夫?」

いつのまにか、キラがベッド脇に駆け寄っていて心配そうにトキの顔を覗き込んだ。

「少し休めば・・・」

頷きながらそう言うと、キラは尻尾をフワフワと振った。


「昨日は色々ごめんなさい。 私、でしゃばった事言っちゃった」

そんなことはないよ、とトキは少し表情を緩めた。

「私はトキを信じてる。トキも、私の事を信頼してくれてるって、思ってるわ」

キラはピョンと床に跳び降りた。

「心から信じられる。そんな頼れる人が、もっと増えたらいいよね」

そう言って哀愁を帯びた微笑を向けると、そのままドアへと駆け出した。


「今日は、ゆっくり休んでなさいよ。 クラウドの相手は私が引き受けるわ」

お姉さん口調でそういうと、キラは入り口に置かれていた小棚に跳び乗り、器用にドアノブを回した。

「お待たせ~♪生憎、トキは今日調子が悪いの。

 それで・・・しょーがないから、このキラ様が特別に一日デートしてあげるわ!」

明るい口調で廊下のクラウドに声をかけると、トキを気遣う様に静かにドアを閉めて行った。



                                    by 蓮