ヴェインが眠っている間、リザはベッドの脇で静かに本を読んでいた。
幾らか時間がたった頃、彼女は徐に立ち上がり寝ている青年のあどけない表情を覗き込む。
「寝顔は昔と同じなのにね…」
起きているときは、その容姿に似合わぬ程の殺気を纏っている。
たとえそれが彼自身が望んだことだとしても責任を感じてしまわずにはいられないのだ。
「寝込みを襲うつもり?」
「…眠っていたんじゃなかったの」
「そんなに近づかれたら嫌でも起きるよ」
「別に何もしないわ。だから、ちゃんと眠りなさい。ここには、君の敵はいないのだから」
「ここじゃなくても僕に敵などいないよ」
不適な笑みを浮かべる。
「そう・・・」
リザは、彼から視線を逸らすと 誰かのモノを写し取ったような 愁いを帯びた表情を浮かべた。
「なぁ、リザ。仲間にならないか?」
「お断りよ」
「そう言うと思ったよ」
整った顔を少しだけ緩めて、苦笑したヴェインは前髪を掻き揚げ 立ち上がる。
「昔、君が言っていたこと今ならわかる気がするよ」
「何のこと」
「憶えていないのならいいよ」
そう僕が、ここに初めて来た時、君が告げた小さな本音―――
(みんなは私が魔法を使えることを羨むけれど、私はみんながとても羨ましい…)
あの時の僕は、本当の意味でその言葉を理解していなかったけど今ならわかる気がするよ。
「僕は、帰るよ」
「そう…」
「寂しい?」
「さぁ、どうでしょうね」
「リザ。僕たち、きっとこういう形で出会わなければいい友達になれたと思うよ」
「……」
リザは、何も言わず微笑むだけだった。それだけで、よかったのだと思う。
「さよなら」
その言葉をヴェインから聞くのは初めてだった。
いつも彼は別れ際には「また来るよ」と、優しく微笑み帰って行くのが常だった。
たぶん、それはもうここに来ることはないということを暗に告げているのだろう。
白の空間は至純の銀を解かしてしまいそうだった。
儚さを纏いながらも誰よりも強い意志を持つ者。
そんなヴェインの後姿を見送りながら、不可能だとはわかっていても彼の痛ましい過去と
陰惨たる運命が変わることを願わずにはいられなかった。
白という名の純粋に黒という名の歪みを一つ
もう戻ることは叶わない
黒の為に全てを奉げ
黒の為に全てを捨てる
白の世界は醜いもので溢れているから
白の世界を壊してしまおう
もう二度と繰り返さぬように―――
by 沙粋