―――もう守るモノなんて何もないんだ・・・
雨が降っていた。もう三日三晩降り続いている。
一人の少年が、ぬかるんだ道を、その先にあるはずの
小さな国に向かって歩いていた。
少年は、金髪に近い薄茶色の髪の毛を
後ろで一つにまとめ、同じく薄茶色のコートを身に纏っていた。
歳は10代半ばくらいで、端正な顔立ちをしていた。
「やっと見つけた…」
そう言った少年の見つめる先には、旅人が入国する時に
受けなければならない入国審査のための施設があった。
そして、施設の壁に掲げてある看板には、大きな文字で
"やすらぎの国 シュビリアへようこそ" と書かれていた。
前の国を出る時に、次の国までは1週間もあれば行けると、
聞いていたのだが、1ヶ月もかかってしまった。
方向音痴な少年に、もはや地図は無意味でしかなかった。
「雨の中お疲れでしょうが、決まりですので審査をさせていただきます。」
審査局の係りの女性が、深々と頭を下げ丁寧な口調で言った。
「お名前は?」
女性が笑顔で尋ね始めた。
「トキ…」
「どのくらい滞在なさいますか?」
「1週間ほど」
抑揚のない声で淡々と答えていく。
「荷物の確認をさせていただけますか?」
そう言われると背負っていた荷物を下ろし差し出した。女性は一通り中を見回して、
結構です、と言い荷物を返した。再び荷物を背負いトキは入国した。
雨は止む様子もないので、早々に宿を見つけるのが、
先決だろうと思い、近くにあった酒場に入って、尋ねることにした。
「いらっしゃい!」
景気のいい声で店の主人であろう中年の男が声をかけた。
「おや、見ねぇ顔だな。旅人さんかい?」
実に不思議そうな顔で尋ねた。
トキは頷いた。
「へぇ、こりゃ珍しい。たいしたもんは出せねぇが、まあ、ゆっくりしていきな」
そう言われて、せっかくの誘いを断るのは気が引けたが、宿を探さないと
また野宿になってしまうと思い、仕方なく尋ねた。
「あの、宿を探しているんですが、どこかいい所はありますか?」
「・・・・」
一瞬の沈黙の後、主人は答えた。
「あっ、あぁ宿か。そうだな、ここから北へちょっと行った所に "ソレイユ" って、
看板の店がある。部屋もそこそこ綺麗だし、なんてたって安い。きっと旅人さんも
気にいると思うぜ」
「ありがとうございます」
トキはお礼を言った。そして、店の出口まで行き振り返り
頭を下げて店を出ようとした。
「おぃっ!お前名前は?」
慌てて質問した主人に、トキは一瞬驚いたが、冷静な口調で答えた。
「トキです」
「そうか、いい名前だな。俺はガロだ。気が向いたら、また来てくれ」
少し悲しそうな瞳でそう言った。
「はい。ありがとう、ガロさん」
そう言って店を後にした。
by 沙粋