白は純粋なる者を 黒は邪悪なる者を


白には寂寞を 黒には殺戮を


白ならば生を 黒ならば死を


対なる2つの扉は 対なる意思を悟り


その真理を以ってして その姿を表白する―――




ダァン!ガァン!!


閑寂なる白の空間を侵すような轟音が響きわたる。

その広い空間の四方の壁には白い扉が点在していたが、唯一黒の扉が一つだけ印象的に存在している。


その真白き空間の中心に在る四方に水の張った溝が掘られている中心の場所で、

エメラルドグリーンのウェーブがかった髪の女性は、その音に見向きもせず

椅子に腰掛けひとり優雅に読書をしている。

しかし、その轟音が鳴り止んだのとほぼ同時に本を閉じ、ゆっくり立ち上がった。


すると、その空間に唯一存在する印象的な黒が微塵の音も立てずゆっくりと開扉された。


「久しぶりだね」


その扉から現れたのは、フード付きの外套を深くかぶり硝子のように透きとおる銀糸の髪を持った

少年とも青年とも区別ができないような丹精で整ってはいるが妖艶な顔つきの男だった。


「えぇ、本当に。それにしても、またそちらから入ってきたの。君がそこを通ると後始末が大変なのよ」

深く溜め息を吐きながらも、嬉しそうな表情で言う。


黒の扉は邪悪な心を持つ者にのみ其の道を開け渡す。

しかし、扉の中は魑魅魍魎の巣窟であり侵入者は全て惨殺され喰い殺されるのが関の山だ。

そして、惨殺された侵入者の屍は魑魅魍魎と化し、その扉へ足を踏み入れた者を道連れとする。

その連鎖により黒の扉の中は、一度足を踏み入れれば二度と出る事の叶わぬ闇の世界となっている。


しかし、彼はその全てを逆に残滅してしまった。


「ごめん、ごめん。でも、仕方ないだろ。もう僕は白の扉は通れないからね」
「通れないのではなくて、通らないのでしょう?」

「いや、通れないんだよ。あの子は通れたみたいだけど」

「当然よ。彼は穢れていないもの」

「僕と違って?」

「そうね」

微笑し、その後立ち話もなんだからと自室へと招き入れた。咽返るほど薔薇の香りの充満する部屋。

「相変わらず趣味の悪い薔薇だらけの部屋だね」

「初めて来た時は素敵だと言っていたくせに」

「あの時は綺麗なものほど醜さを纏っていることに気付いていなかったんだよ」

冷たく鋭い表情でそう語る彼に腰を下ろすことを勧めたが、座らず彼女の方へと歩み寄った。


「なぜ何も言わなかったんだ、リザ」

「何のことかしら」

「わかっているだろう」

「無駄なことだからよ、わかっているでしょう」

瞬間二人は目が合い、少し空気が張り詰める。

「無駄かどうかは君が決めることじゃない」

「ヴェイン、止めましょう。その話は…どうせ心は変わらないのでしょう」

「あぁ」

「ならば、少しでも長く彼らが絶望を知ることがないようにしただけよ」

「絶望?違うよ。世界にとっては唯一の希望だ」


いつから僕らの世界はこんなにも醜くなってしまったのだろうか

それとも 基より醜かったとでもいうのだろうか

全てを無に帰せば きっと…世界は僕らの望んだ姿へと変わる


「本当に変わってしまったのね」

「僕は何も変わっていないよ。変わったのは君の方だ。

昔の君ならこんな出来事に心を動かすことなんて絶対になかっただろう」

「そうね。きっと、変えたのは君たちよ」


不変のものなどこの世には存在しない

あの太陽ですらいつか消滅してしまうのと同じように―――


「ごめんね」

その表情からは謝罪の念は欠片も読み取れない。リザは呆れて真面目な話を終わらせた。


「これからどうするつもり」

「とりあえず、ここで眠らせてもらうよ。ここ数日砂の上だったんだ。ベッドが恋しい」

「どうぞ」

そう言って自分のベッドを明け渡した。

その脇に置かれている水晶玉の中に咲く真っ赤な一輪の薔薇は、その花びらを完全に閉じていた。


                                     by 沙粋


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