「あいつの事を知ってるのか?」

トキの顔色が変わったことに気付き、ガロが尋ねた。

トキはハッとしたが、すぐに平常心を取り戻し

「・・・・いいえ、知りません」

そう無表情で答えた。


教会の中には、血の匂いが立ち込めていた。その匂いが、ついさっきまで

その場所で起こっていたことを物語っているようだった。


トキはゆっくりとアンジェの元へ歩いていった。

「いやだ・・・。死なないで、ママ・・・・・・」

冷たくなっていくサラに向かって、ずっとそう叫び続けている。

「アンジェ?」

トキは声をかけたが、アンジェの耳には届かなかった。

「ゴメンなさい、私があの部屋に入らなければ、こんなことにならなかったのに、

私のせいだ。全部私が悪い・・・・・」

自分を責め立てているアンジェを見て、一瞬どうすればいいのか迷った。


「そうよ、あなたが悪いの」

冷たくそう投げ掛けたのはキラだった。その言葉に反応して、ビクッと一瞬身震いし

アンジェはキラの方を見た。

「あなたのママが死んだのは、あなたの所為よ」

アンジェの目からは大粒の雫がこぼれ落ちていた。

「キラ、アンジェだって・・・」

「黙って」

トキが口を挟もうとしたが、キラによって遮られた。

「あなたは、これからどうするの。罪の意識に苛まれながら生きていくの」

「私は・・・」

涙に詰まって言葉がうまく出てこない。

「あなたのママが、どうしてあなたを助けたのか、わかるわよね」

ママが私を庇った理由・・・・・・・・・。そんなの一つしかない。


私のことが大切だったから、私に生きていてほしかったから―――


アンジェはゆっくりと、自分に言い聞かせるように頷いた。キラは最後に優しく諭すように言った。

「じゃあ、大丈夫よね」

アンジェは涙をぬぐって、前を見据えた。そして力強い声で言った。

「私は生きる、ママが・・・ママが守ってくれた命だから」

やわらかい陽の光が、割れたステンドグラスの隙間から差し込み、アンジェを照らしていた。


その言葉を聞いて、トキは安心した。安心したと同時に、どうして自分が

無傷だったのかに気付いた。すかさず、トキはコートを脱ぎ、ガロに差し出した。

「これはお返しします」

差し出されたコートをガロは受け取るしかなかった。

「俺達はこれからどうすればいい」

半ば懇願するように尋ねたガロに、トキは宥めるように言った。


「生きてください―――」


ガロは茫然と立ち尽くしていた。もう祈るためのマリア様はいない。

トキはキラを肩に乗せて、教会を後にした。途中、数名の人達が

必死な顔をして教会へ向かって走って行くのが見えた。


「これでよかったのかな」

トキはキラに尋ねた。キラは否定も肯定もできなかった。

「わからない。けど、いつかはこうなる運命だったのよ。仕方ないわ・・・・」

少し落ち込んだような声で言った。

「それでも、あの人たちは幸せだったんだろうね」

「そうね、善だとか悪だとか結局は人が決めることだから。私達がしたことも

正しい事だったと言い切ってしまえば、そうなってしまうのよ」

そうだね、トキはそう言って、ポケットの中に入れていたオブシディアを、

カバンの奥にしまいこんだ。

「さて、次の国に行こうか」

そう言ったトキを見て、不安げな顔をしてキラは頷いた。


木々の隙間から降り注ぐ陽射しが、二人を照らしていた。

水溜りには空に架かった虹が映っている。

先ほどまでの雨でぬかるんだ道を、旅人が一人歩いていく。

深く、深く足跡を残しながら―――



by 沙粋



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