クラウドはトキが眠りについてから、その姿を少し眺め一度部屋を出た。
大広間は静寂に包まれている。扉のすぐ横で壁にもたれながらクラウドは一人物思いに耽っていた。
その時、ふと一つの扉が目に入った。この白に包まれた空間に唯一ある一色の黒き扉。
あまりの不自然さに好奇心とまではいかないものの、微かな興味が湧き扉の前へと少しずつ近づいていった。
そして、扉のすぐ前まで来て立ち止まっていた。
思えばここに来てからというもの、扉にはあまりいい思い出がない。
そんなことを思いながら暫し開けるのを躊躇っていた。
そうでなくても他人の家の扉だ、普通なら勝手に開けてはいけないのだろうが。
一時迷いはしたが、やはり気になりノブに手をかけた瞬間―――
「やめなさい」
冷淡を含んだ声によってそれは静止させられた。
ガバッと後ろを振り返るクラウド。そこにはリザの姿があった。
先ほどまでは誰もいなかったはずのそこに彼女がいるという事と、
その気配をまるで摑めなかったという事に驚きを隠せず青い瞳を大きく見開いていた。
「いっ」
いつからそこにいたんだ、と問いかけようとしたがあまりの驚きで言葉を詰まらせた。
「その扉は開けてはいけない。もし開けてしまったならあなた確実に死ぬわ」
その言葉にゾクリと背筋が凍り、すぐさまノブから手を放す。
「じょ、冗談だろ・・・」
口元を引き攣らせクラウドが言う。
「冗談だと思うなら開けてみるといいわ。きっと後悔する間もなく全部持って行かれてるでしょうけど」
リザは微かに笑みを浮かべているが、その言葉は本気には違いなかった。
「遠慮させていただきます…」
そう言って、扉からそそくさと離れた。
「そういや、キラは?」
なんでもいいから扉から気を逸らしたくて、どうでもいい事を問いかける。
「眠っているわ。彼女も随分と疲れていたのでしょうね」
「…そっか」
「あなたはあまり疲れていないみたいだけれどね」
「あぁ、俺は多少のことなら慣れてるからさ」
「そうみたいね」
そのリザの一言に一瞬ドキリとした。まるで、全て知っていると言われているように思えた。
「あのさ、もしかして俺の事全部バレてる…とか?」
「さぁ、どうかしら」
あまりにも摑み処がなさ過ぎて、彼女と会話するのは精神を擦り減らされている気がするクラウドだった。
もともとちょっとおちゃらけているぐらいが丁度良いクラウドだが、まるでその雰囲気に誘い込めない。
むしろ相手の雰囲気に流されている気がする。
「あのさ、リザちゃ…じゃなくて、リザさんは何でこんなところで一人で暮らしてんの」
彼女の表情が一瞬淀む。
「…私は異端だから」
リザの瞳はどこか遠くを見ているようだった。
「人はね、自分と違うものを疎ましがる。或いは畏怖する。私はそれに気付いたのよ。
でも、それが私が一人でここにいる理由とは少し違うのだけれどね」
「…」
「理解できないかしら?」
何も言わないクラウドを見て、リザがなぜか屈託のない笑顔で問いかける。
「いや、わかるよ。たぶんだけど…リザさんはさ、そういうの辛いことだと思う?」
「いいえ、むしろ私にとっては都合のいいことだったわ。それに案外一人も悪くないと思うの」
「俺もそう思うよ」
痛いほどに思い知らされたことがある 違うということを・・・
誰もが冷たい視線を投げかけてきて息が詰まりそうになり逃げ出した
それでも、生きることしか選べないのだ 死という選択肢だけは選べない
存在が続く限り願ってしまうのだ 誰かが必要としてくれることを…
「さて、あなたも少し眠ったほうがいい。疲れているでしょう」
「あ、あぁ…」
「では、よい夢を」
一瞬、彼女の髪が靡いて薔薇の香りが舞った。
クラウドは、ふぅ、っと一息吐きその場に座り込んでいた。
バタン―――
扉の音を最後にまた一人静寂に包まれる。
「よい夢をか……」
いつかあれは全て夢だったのだとそう思えればいい
醒めた時、夢でよかったと思える日が来ることを願いたい
その為に 今ここにいるのだ この鮮明な夢の中でいつまでも彷徨い続けている
いつ醒めるともしれない永く深い夢の中で足搔き続けている
でも もし醒めてしまったら 夢が終わってしまったなら その時は一体どうすればいいのだろう――――
by 沙粋