≪ ひつじになりたい さる ≫

≪ ひつじになりたい さる ≫

内容は ないよう・・・

≪ ひつじヒツジになりたい さる ≫


いい年をしたおっさんのひとりごとです。

適当にスルーしてくださいね・・・。



<当ブログをご覧になる際の注意点>


薄い中身を、「ひらがな」、「かぎカッコ」、「無駄なスペース・行間」、

「・・・」などを多用することで、いかにも内容が有るかのように

錯覚させようとしている節が見受けられますので、

くれぐれも深読みをなさらないようにご注意ください。

Amebaでブログを始めよう!

 

 

こんなとき
でも
それぞれ の 悩みは 違う」・・・


たとえば
こんなとき
でも・・・


「あるひと」

恋愛の 悩み」・・・


「あるひと」

人間関係の 悩み」・・・


「あるひと」

食べ物の 悩み」・・・


「あるひと」

容姿の 悩み」・・・


「あるひと」

趣味の 悩み」
など など・・・


なので・・・

こんなとき
なんだから
みんなの 悩みや心配事は 同じであるべき

強制して イラつく
より

それぞれの 悩みが違うからこそ 人類は強い
とでも 思った方が 
ストレスは 少なくなる
かも しれない・・・



きっと

こんなとき
でも
こんなとき でなくても

いつも
それぞれの 悩みや心配事は 違うのが当たり前
なんだと 思うし

もしか したら・・・

その
「それぞれの 悩みの違い
こそが

その人らしさ
を 
教えてくれている
のかも しれない・・・


こんなとき
には 特に
そ れ

「わかりやすい」
と 思う・・・

 

 

 

 

 

 

 

こんなとき
には

今まで 持っていたの
価値観

無意識に 変わる(変えられる)
ことが 多くなる・・・



たとえば 今まで・・・

「都会から地方へ よく里帰りをしていた人」

「実家(家族)思いの 良い人
と 呼ばれていたが・・・

こんなとき

そんな人


非常識で 迷惑な人
と 呼ばれてしまう・・・



たとえば 今まで・・・

精力的に 世界や国内を飛び回って 活動していた人

「行動力のある 前向きな人
と 呼ばれていたが・・・

こんなとき

そんな人


非常識で 迷惑な人
と 呼ばれてしまう・・・



たとえば 今まで・・・

「ずっと家に引きこもっていた人」

非常識で 迷惑な人
と 呼ばれていたが・・・

こんなとき

そんな人


「不要不急の外出をしない 我慢強い人
と 呼ばれる・・・




きっと また
状況が 変われば

色んな
価値観が 変わる(変えられる)
だろう・・・


その人たち
は 以前から
何も変わっていない
のに・・・



できることなら・・・

どんなに 状況が変わっても
「その人や ものに対する 価値観

何かによって 変えらる ことなく
生きて いたい・・・


「どんなとき」
でも・・・

 

 

 

 

 

「じぶん」
に とって

本当に 必要なもの


何があって


「絶対に じぶんから なくならない」・・・




「こんなとき」
には

色んなもの

なくなっていく
だろう けれど・・・


「じぶん」
に とって

本当に 必要なもの


何があって


「さいごの さいご」
まで

じぶんの 中に のこる」・・・



「こんなとき」


そ れ
に 気が付ける
チャンス

かも しれない・・・
 

 

 

 

 

 

 

みんな

まもる ことが 得意な人」


ひとり

まもる ことが 苦手」・・・


そして・・・

ひとり

まもる ことが 得意な人」


みんな

まもる ことが 苦手」・・・



そして さらに・・・

みんなを まもれれば ひとりも まもれる」

思っている人 には

たぶん
だれも まもれない
だろうし・・・



ひとりを まもれれば みんなも まもれる」

思っている人 にも

たぶん
だれも まもれない
だろう・・・



たいせつな こと」
は・・・


みんなを まもることが 得意な人」

ひとりを まもることが 得意な人」


それぞれの役割り を 認め合って協力する
ことだと 思う・・・


とくに
こんなとき には・・・






 


「こんなとき」
には・・・


「それぞれ」

「自己肯定すること」


「それぞれ」

「自己免疫力を 高めて 今を乗り越える」
しか
「方法がない」
のだと 思う・・・



けれども その
「自己肯定すること」


「人にとって 最も 難しいこと」
の 一つだから

今 あせって
自己肯定を しようとしても

「間に合わない」
かも しれない・・・



だとしたら

今 できる
「最大のこと」


「他者肯定」
しかない
と思う・・・


できるだけ
「自分の まわりの人々」


「きらい でも いい」
ので

その
「存在を 否定しないで 認めて」
あげて ほしい・・・

「きらい でも いい」
から・・・




たぶん
これが

「自己肯定への 一番の 近道」

なる はず・・・



ぼくが 今 できる事は

「これしかない」

思っている・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

今までの

「ひとりごと」

このページに

まとめてみました ・・・

 

「お好きな○」

「お好きなだけ」

クリック

してみてください ・・・

 

 

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

               

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

               

     

 

 

もしも

 

「だれか」

「何 か」

ヒント

になれば

 

幸いです ・・・

 

 

 

 

 

「本当の じぶん」


「じぶん」

一番
「わからない」 ・・・



ただ一つ
「わかること」

あるとすれば ・・・


それは

「じぶん以外の人たち」

「じぶん」

「同じではない」
ということ ・・・



もしかしたら ・・・

「本当の 自分」

「他の誰とも違う」
という

「消去法」
でしか
「わからない」

かもしれない ・・・




もしかしたら ・・・

「じぶん以外の人たち」

一人でも多く
「肯定することが できたら」 ・・・

少しは
「本当の じぶん」

「みえてくる」

のかもしれない ・・・





もちろん

「肯定 = 好きになること」
とは
限らないし

「嫌うことで 肯定できることもある」
から

「そのこと」

「忘れないで」
いたい ・・・






 

 

「癒されたい人」

「慰められたい人」


それぞれ
「求めているものが 違う」
ので ・・・

「癒されたい人」
には
「癒す事ができる人」
が ・・・


「慰められたい人」
には
「慰める事ができる人」


それぞれ
「必 要」
になる ・・・




はたして
「じぶん」

「どちら側」
なのか ・・・



「求める側」

「与える側」


一度
「確 認」
した方がよい
と思う ・・・


「そ う」
しないと ・・・


「癒されたい人」

「慰めたい人」

「組み合わせ」
や ・・・

「慰められたい人」

「癒したい人」

「組み合わせ」
は ・・・

場合によっては

「お互い」

「損をしてしまう」

から ・・・




もちろん

「それ以前 の 問題」
として ・・・

「癒したい人」

「慰めたい人」
が ・・・

本当


「癒す事ができる人」

「慰める事ができる人」
とは
「限らない」

けど ・・・







 

 

ひと
は ・・・

「じぶん らしく 生きる」
ために

うまれてきたのではなく ・・・



ひと
は ・・・

「じぶん らしく 生きたい と 願う」
ために

うまれてきたんだ ・・・

と 思う ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「からだ(脳や手や足や口など・・・)」

「使って あらわしている」

 

「じぶん らしさ」
には ・・・

 

「いつか 必ず」

 

「引 退」

が ある ・・・

 

 

 

 

 

だから ・・・

 

 

「からだ」
を 
「使わなくても あらわせる」

 

「永 遠」

「引退 の ない」

 

「じぶん らしさ」
を ・・・


「いつか 必ず」

 

「見つけられる」

 

信じている ・・・