皆さま、こんにちは!
昨晩の地震は驚きましたね。
震源地は山形県沖で新潟県村上市は震度6強、
地震の強さを示すマグネチュードは6.7でしたか。
自分は昭和53年6月の宮城県沖地震を体験しましたけど、
その時のマグネチュードが7.4でした。
屋内がめちゃくちゃになるほどの大きな地震でしたが、
以来、他地域で地震が起きたニュースを見るたび
この日に体験した地震を基準に地震の強弱を計るようにしてました。
(平成23年の東日本大震災は大きすぎて論外)
東日本大震災やその後の熊本地震もそうでしたけど
遅れた日に本震が起きてますので引き続き用心してゆきましょう。
さて今朝は、居るだけで澄んだ空気が楽しめちゃう駅です。
駅好きじゃなかったら、この駅の存在を知ることはなかっただろうな。
大自然に囲まれたこちらの駅の訪問記でしたよ。
久大本線・野矢(のや)駅です!
写真じゃわかりずらいですが、崖を切り崩した斜面にある駅でした。
野矢駅はそんな立地にあるために駅前に繋がる道も急勾配だらけ。
故に駅便(駅の便所)の前に伸びるこの道を上がると…
駅を俯瞰するこんな写真も撮れちゃうのです。
このアングル、野矢駅では特急「ゆふいんの森」や
クルーズトレイン「或る列車」同士の行き違いが行われるので、
鉄道ファンの間では有名みたいですね。
野矢駅には雨上がりの朝に訪れましたけど、
雨で濡れた草木が香ばしくてホントに気持ちが良かった~
お陰で自分、5歳は若返ったのではないかしら?
野矢駅は標高543メートル地点にあり、
久大本線内では最高位にある駅だそうですよ。
ちなみにJR九州内で最高位にある駅は
標高754メートル地点にある豊肥本線・波野駅です。
あらま、上には上がいたんだ。
野矢駅は久大本線(当時は大湯線)が延伸した大正15年に開業した駅で、
開設から2年間はここが終着駅だったらしく。
そんな野矢駅をさっそくチェックを開始。
駅舎は開業当時から使われていた木造駅舎に代わって
昭和59年に建て替えされたモノだそうですよ。
現在の駅舎は無人駅化後に造られた簡易駅舎のため、
待合室があるだけの簡素な造りです。
待合室内にはベンチがいっぱい並んでますけど
(平成4年にホーム上屋が造り直されてるのでそこから持ってきた?)、
野矢駅の乗車客数はベンチの数の半分にも満たない状況らしい。
壁面には近所の小学校の壁新聞が掲げられてました。
「野矢っ子」って響きがとてもいいですね。
となると自分は「仙台っ子」になるわけですが、
地元でこれを言うとラーメンチェーン店だと思われるので…
ローカルネタで申し訳ありません。
ホームは駅舎より低い位置にあるので階段を伝って進入します。
振り返るとこんな感じでしたよ。
改築前から駅舎はこの位置にあったみたいですね。
野矢駅は列車の行き違いが可能な相対式ホーム2面2線構造です。
2本のホームはこちらの構内踏切で結ばれてました。
ホームの先端から豊後中村駅方向を見る。
野矢駅と線路が崖を切り崩して造られた様子がわかりますよね。
辺りは緑がいっぱい、空気が澄んでてホントに気持ちがいいの。
山菜取り目当ての行楽客がよく利用する駅だそうですよ。
野矢駅の駅名標なり。
野矢駅がある九重町は豊後牛の有名な産地で、
イラストはそれを描いたモノと思いますが…
間違っていたらごめんなさい。
最後はこちらのカットで〆ますけど…
中央階段の東側に職用と思われる急な階段と
謎めいたコンクリート壁がありましたが、
これって何に使われていたモノでしょうかね?
気になり今回も昔の航空写真をチェック。
国土地理院のサイトから転載した昭和23年撮影の航空写真ですが…
例の階段が写ってるじゃないですか!?
憶測ですけど、ホームと職員詰所を結ぶ階段だったのではないかと。
野矢駅が終着駅だった時代の名残りなのではないでしょうかね?
木造駅舎が残る時代に野矢駅を訪れたかった…
建て替え当時は自分は高校生なので無理でしたけど。
そんなことで、ヒーリング目的でマイナスイオンを浴びるには
絶好の野矢駅でした。
その帰りに、ひと駅隣りの由布院駅で温泉に浸かり豊後牛を戴く!
幸せ過ぎて想像するだけで死んじゃいそうです。
訪問駅リスト(JR線)
久大本線(ゆふ高原線)
↑(久留米駅方面)
野矢駅(平成28年9月29日)
↓(大分駅方面)
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