『源氏物語』第4帖「夕顔」~第8章~
夕顔⑧【空蝉と軒端荻】
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かの、伊予の家の小君、参る折あれど、ことにありしやうなる言伝てもしたまはねば、憂しと思し果てにけるを、いとほしと思ふに、かくわづらひたまふを聞きて、さすがにうち嘆きけり。遠く下りなどするを、さすがに心細ければ、思し忘れぬるかと、試みに、
「承り、悩むを、言に出でては、えこそ、
問はぬをもなどかと問はでほどふるに
いかばかりかは思ひ乱るる
『益田はまことになむ」と聞こえたり。めづらしきに、これもあはれ忘れたまはず。
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【夕顔373-1】かの、伊予の家の
【夕顔373-2】
【夕顔373-3】
【夕顔374-1】かくわづらひたまふ
【夕顔374-2】
【夕顔374-3】
【夕顔375-1】思し忘れぬるかと
【夕顔375-2】
【夕顔375-3】
【夕顔376-1】益田はまことに
【夕顔376-2】
【夕顔376-3】
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「生けるかひなきや、誰が言はましことにか。
空蝉の世は憂きものと知りにしを
また言の葉にかかる命よ
はかなしや」
と、御手もうちわななかるるに、乱れ書きたまへる、いとどうつくしげなり。なほ、かのもぬけを忘れたまはぬを、いとほしうもをかしうも思ひけり。かやうに憎からずは、聞こえ交はせど、け近くとは思ひよらず、さすがに、言ふかひなからずは見えたてまつりてやみなむ、と思ふなりけり。
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【夕顔377-1】生けるかひなきや
【夕顔377-2】
【夕顔377-3】
【夕顔378-1】はかなしや
【夕顔378-2】
【夕顔378-3】
【夕顔379-1】なほもぬけを
【夕顔379-2】
【夕顔379-3】
【夕顔380-1】け近くとは
【夕顔380-2】
【夕顔380-3】
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かの片つ方は、蔵人少将をなむ通はす、と聞きたまふ。「あやしや。いかに思ふらむ」と、少将の心のうちもいとほしく、また、かの人の気色もゆかしければ、小君して、「死に返り思ふ心は、知りたまへりや」と言ひ遣はす。
「ほのかにも軒端の荻を結ばずは
露のかことを何にかけまし」
高やかなる荻に付けて、「忍びて」とのたまへれど、「取り過ちて、少将も見つけて、我なりけりと思ひあはせば、さりとも、罪ゆるしてむ」と思ふ、御心おごりぞ、あいなかりける。
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【夕顔381-1】かの片つ方は
【夕顔381-2】
【夕顔381-3】
【夕顔382-1】小君して
【夕顔382-2】
【夕顔382-3】
【夕顔383-1】高やかなる
【夕顔383-2】
【夕顔383-3】
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少将のなき折に見すれば、心憂しと思へど、かく思し出でたるも、さすがにて、御返り、口ときばかりをかことにて取らす。
「ほのめかす風につけても下荻の
半ばは霜にむすぼほれつつ」
手は悪しげなるを、紛らはしさればみて書いたるさま、品なし。火影に見し顔、思し出でらる。「うちとけで向ひゐたる人は、え疎み果つまじきさまもしたりしかな。何の心ばせありげもなく、さうどき誇りたりしよ」と思し出づるに、憎からず。なほ「こりずまに、またもあだ名立ちぬべき」御心のすさびなり。
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【夕顔384-1】少将のなき
【夕顔384-2】
【夕顔384-3】
【夕顔385-1】御返り
【夕顔385-2】
【夕顔385-3】
【夕顔386-1】手は悪しげなるを
【夕顔386-2】
【夕顔386-3】
【夕顔387-1】火影に
【夕顔387-2】
【夕顔387-3】
【夕顔388-1】何の心ばせも
【夕顔388-2】
【夕顔388-3】
【夕顔389-1】なほこりずまに
【夕顔389-2】
【夕顔389-3】
◇登場人物一覧◇