☆モザイク胚移植の是非 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、モザイク胚移植に関する興味深い検討です。

 

Am J Hum Genet 2021; 108: 2238(イタリア、米国、トルコ、スペイン)doi: 10.1016/j.ajhg.2021.11.002

要約:2020〜2021年に採卵しPGT-Aを実施した6766個の胚盤胞の染色体検査結果は、正常胚23.2%、異常胚58.1%、20〜30%のモザイク胚12.3%、30〜50%のモザイク胚4.8%、50〜70%のモザイク胚1.6%でした。このうち73個の胚盤胞について、TE(胎盤になる細胞)4箇所とICM(胎児になる細胞)の染色体を分析(合計365検体)したところ、下記の結果が得られました。

 

TE結果          ICM正常   ICM異常

正常胚          99.6%     0%

20〜30%のモザイク胚   99.3%     0%

30〜50%のモザイク胚   95.5%    1.8%

50〜70%のモザイク胚   15.0%    65.0%

異常胚           1.9%    98.0%

 

この結果をもとに、正常胚484個、20〜30%のモザイク胚 282個、30〜50%のモザイク胚131個ダブルブラインドで移植する前方視的研究を実施した結果は下記の通り、全てに有意差を認めませんでした。

 

         正常胚   20〜30%のモザイク胚   30〜50%のモザイク胚

妊娠判定陽性率  55.8%      55.0%            55.7%

流産率      12.0%      11.0%              12.7%

出産率      43.4%      42.9%            42.0%

出産時妊娠週数  38.4週      38.2週            38.1週 

出生児体重    3286g      3174g            3130g 

 

解説:PGT-Aの時代になって、モザイク胚移植を移植しても良いか否かに関する議論が尽きません。PGT-Aでは約20%モザイク胚が検出されますが、一般的に出生した赤ちゃんの染色体のモザイク頻度は0.3%未満です。モザイク胚移植は3%未満でしか移植されていない現状を鑑みると、モザイク胚の中には元気な赤ちゃんになれる胚が存在するにもかかわらず、多くのモザイク胚が移植されずに終わっていることがわかります。これまでに報告された論文は後方視的検討(2021.5.3「☆モザイク胚移植1000個の成績」でご紹介)や症例報告(2022.7.3「☆異常胚やモザイク胚移植で8名誕生」)であったため、選択バイアスがかかります。本論文は、モザイク胚移植に関するダブルブラインド前方視的検討を実施したものであり、50%未満のモザイク胚は正常胚と同等のポテンシャルを持つことを示しています。現在米国では年間5万周期のPGT-Aが行われていますが、50%未満のモザイク胚を移植対象にすると36%出産率が増加する計算になるということです。

 

下記の記事を参照してください。

2022.7.3「☆異常胚やモザイク胚移植で8名誕生

2022.4.10「☆胚盤胞にならないのは染色体異常のせい?

2022.3.29「PGTによる周産期リスクは?

2022.2.5「☆新しい発想の着床前診断法:マウスでの検討

2021.11.18「☆モザイク胚の取り扱いについて

2021.5.12「niPGTの診断精度は?

2021.5.4「☆非侵襲性PGT-A:賛成派 vs. 反対派

2021.5.3「☆モザイク胚移植1000個の成績

2021.4.9「PGTのバイオプシーによるマイナス効果はあるか?

2021.2.10「PGT-Aの母子への影響は?

2021.1.19「☆真の着床障害は本当は少ない!?

2020.12.4「☆PGT-Aは正しく妊娠予後を予測できるのか?

2020.11.4「PGT-A胚は妊娠判定日のhCGが低くなる

2020.9.13「PGT-Aの際の新しいバイオプシー方法

2020.7.3「☆PGT-A:バイオプシー方法による違い

2020.5.19「☆PGT-Aはメリットが誇張され、デメリットが過小評価されている

2020.3.27「PGT-Aの際に顕微授精は必須ではない

2020.1.29「☆PGT-Aで出産率は改善するか

2020.1.10「正常胚の出産率予測には桑実胚になるまでの時間が重要

2020.1.9「☆PGT-A vs 形態学的選別:多施設ランダム化試験

2019.10.30「世界の体外受精の成功率が低下しているのは何故?

2019.10.3「☆刺激周期も自然周期も正常胚率は同じ

2019.9.23「☆7日目正常胚盤胞も十分妊娠可能 その2

2019.9.21「☆7日目正常胚盤胞も十分妊娠可能 その1

2019.9.5「モザイク型の染色体を持つ夫婦のPGT-Aの是非

2019.7.5「PGT-Aの正確性は?

2019.5.13「胚盤胞のPGT-Aの正確性は?

2019.3.12「モザイク胚100周期の移植経験

2019.2.19「PGT-Aでメリットがある方は?

2019.1.29「染色体一部モザイク(segmental mosaic)の取り扱い

2018.8.19「☆PGT-A:賛成派 vs. 反対派

2018.7.17「PGS(PGT-A)の精度は?

2018.6.22「☆モザイク胚や異常胚の移植について

2018.6.10「☆モザイク胚の淘汰:マウスモデル

2018.6.3「モザイク胚の特徴は?

2018.5.31「Q&A1845 PGS異常胚の出産

2018.4.6「☆PGSの真価は?

2018.4.5「☆PGSについて:ASRM公式見解

2018.3.22「Q&A1772 モザイク胚について2

2018.1.29「☆モザイク胚を移植したらどうなるか?

2017.10.31「Q&A1627 ☆モザイク胚について

2017.1.24「☆ASRM:PGS特集 その1 モザイクの取り扱い

2016.8.9「☆女性の年齢別染色体異常頻度 その2