現代パラレル蓮キョの最終話をお届けいたします。
前話こちらです↓ ※色が違うのはキョコside
レース・ローズ【1 ・2 ・3 ・4 ・5 ・6 ・7 ・8 ・9 ・10 ・11 ・12 ・13 ・14 ・15 ・16 ・17 ・18 ・19 ・20 ・21 ・22 ・23 ・24 ・25 ・26 ・27 ・28 ・29 ・30 ・31 ・32 ・33 ・34】
■ レース・ローズ ◇35 ■
翌週火曜日、俺は開店時間に合わせてトロ―ニーを訊ねた。
社さんから同行を求められたあのとき、最上さんが一緒に行きたいと言い出したのを制し、事の顛末はあとで報告するから、と言って彼女を説得したからだ。
開店5分前に行ったのにも関わらず、お店に着くと最上さんはもう到着していて、入店ベルを鳴らした俺の顔を見るなり俺の元に駆け寄った。それがちょっとだけ嬉しかった。
いつもの席ではなく、カウンターの隅に座った。社さんがそうしてくれと言ったから。
この件に関してはなるべく内密に、とお願いされたけれど、椹さんになら聞かれてもいいという事だった。
聞かれたら質問攻めにあうかなと予想していたけど、流石というべきか、椹さんは一切の口出しをしようとしなかった。俺達の会話は聞こえているはずなのに。
「 ・・・えっと、つまりあのパーティで行われていたのは闇オークションというやつで、北条さんという人を捕まえる為にそれをやったってことですか 」
「 社さんが言うには、そう 」
その北条は、6年前の摘発で逮捕を逃れてしまった悪徳美術商だという。
彼は、制作させた贋作版画を多く販売する手口でかなり儲けていたらしい。
当時、それによって被害を受けたギャラリストが複数名、廃業に追い込まれたとか。
数年の潜伏期間を経て奴が再び浮上するだろう事を警察は心得ていて、それゆえ社さんは数名の仲間たちと一緒に潜伏捜査員として派遣されていたことを俺に話した。
いわゆる、特命任務の特殊捜査員として。
「 けど、まさか5年も潜伏することになるとは予想外だったけどな 」
事情を俺に吐露したあと、社さんはそう言って誇らしげに笑った。
北条については話を聞いてなるほどな、と俺は思った。
版画はその性質ゆえ、とかく贋作が出回りやすいものなのだ。
版画には、原版を彫り、彫り残した部分にインクを乗せて転写する凸版画(木版画)、原版を削り、削った部分にインクを乗せて転写する凹版画(銅版画)、石やアルミ板に油性の画材で絵を描き、そこに水性のインクを乗せて転写する平版画(リトグラフ)、インクが通過する穴を開けて転写する孔版画(シルクスクリーン)などがあるのだが、そのいずれも刷るという手法に変わりはない。
もともと版画は、一人の画家が描ける絵画の枚数に限界があるからこそ誕生したものだった。より多くの人が画家の作品を所有し、飾ることが出来るようにという目的に乗っ取った手法なのである。
とはいえ、いくらでも刷れるからと無数に同じ作品を制作してしまえば、いずれは供給が需要を上回り、値崩れの原因となってしまう。だから版画を制作する画家は、刷る部数を厳格に制限し、予定部数が刷り終われば原版を破棄してきたのだ。
つまり版画は、同じ作品の真作が複数枚流通していても不自然ではない絵画なのだ。しかも刷るという特性上、鑑定書が付いている事がほとんどなく、原画と比較すると真贋判定が厳密に行われない傾向にあった。
そこに北条は目を付けたという訳だ。
版画は肉筆と比べて工程が複雑であるため、職人の介在が多くなる。
例えば浮世絵では絵を描く絵師と、原版を彫る彫り師と、刷りを担当する摺師がいる、という具合だ。
6年前の摘発では多くの者が逮捕されたらしいのだが、それら全員は北条が抱え込んでいた職人だった。
つまり彼は自分の逮捕こそ逃れたものの、手足をほぼ失った状態という事に。
そこで警察はこう考えた。
奴がもう一度同じ悪事を働くなら、仲間集めから始めるはずだと。ならばその尻尾さえ掴めれば逮捕は時間の問題だろう。
しかし実際には・・・。
「 尻尾どころか足跡すら出やしない。それで捜査員たちの間では海外逃亡したんじゃないかって絶望視する見方もあったぐらいで、実は潜伏捜査の打ち切りも打診されていたんだ 」
だから、かなりビックリしたという。
俺の口から北条の名が出たときは。
そのとき同時に確信したらしい。
北条は偽版画という手口を捨て、今度は仲間の数を極力減らす方向に転換したのではないかと。
「 ・・・ということは、その北条さんって人が敦賀さんを仲間に引き込もうとしていたって事ですか? 」
「 いや、その点についてはその北条から俺は何も言われていないから何とも言えないんだけど。ただ、高園寺さんがそう言っているらしいんだ 」
「 高園寺さんが? 」
俺が絶対気に入るプレゼント、というのが、実は北条だったらしい。
社さんによると、彼女は俺が古美術に専念できるように北条が俺の部下となるよう取り立て、その他の業務をすべて北条にやらせようとしていたらしい。しかし話を聞く限りは彼女の案というより、彼女が北条にまんまと丸め込まれたという印象だった。
恐らく北条はそれとなく彼女を唆し、俺を隠れ蓑として使おうとしていたに違いない。
「 そうなんですか。高園寺さんはきっと、敦賀さんに何とか振り向いてもらおうと必死だったんでしょうね。それで、高園寺さんは罪に問われるんですか? 」
「 ないと思うよ、多分ね。そこまで聞かなかったからはっきりとは言えないけど 」
「 あのー、でも何かおかしくないですか?結局あの日のオークションが闇物だったっていうのは分かりました。で、それを警察が摘発したってことですよね?そこに敦賀さんは巻き込まれたと。でもあのオークションはそもそも敦賀さんが用意した絵画のオークションだったはずでは? 」
「 あ、それなんだけど・・・ 」
「 あれは囮だよ、キョーコちゃん。蓮が準備してくれた絵画は俺が責任もって対処しました 」
「 え、社さん? 」
「 そうです、社さんです。ちょっくら俺も来てみました 」
カウンターの向こうから社さんが顔を出した。どうやら裏口から入って来たらしい。
椹さんが驚いていない所を見ると、もしかしたら事前にそうすると連絡してあったのかもしれなかった。
「 あの絵画は全てこちらが用意したものだったんだよ。北条にお仲間臭を漂わせるためにね。つまり囮だったってわけ 」
「 でも、レース・ローズが・・・ 」
「 あー、あれねー。あれ大変だったんだ。何しろ蓮が持ってくる可能性はゼロだったからな。いっそ蓮には全部を話して捜査協力要請をすればって案も出たんだけど、一部まだ北条と蓮の繋がりを疑っていた奴もいたからそれはお流れになっちゃってね。で、結局また俺が描いたんだけどー。3日で仕上げろって言われた時にはさすがに無茶言うなよって文句言ったよ。頭の中でな 」
「「 え? 」」
「 あれって社さんが描いたものだったんですか?! 」
「 おや、バレてなかったか。そう、あれは魂を込めた俺の作品だったんだよー 」
社さんは目を細めてニヤリと笑った。ちょっとかなり嫌な笑い方だった。
でもそのあと、ふぅと小さくため息を吐いた。
「 なんてな。そんな威張って言う程のことじゃないんだ本当は。だいたい、北条が版画以外にも手を出していたことを知っていたのは俺だけだったし、しかも北条があのたった一枚に食いつく確率なんて、まるで森の中で落とした木の葉のしおりを探すぐらいあり得ない事だと誰だって思うだろ。だから誰にも内緒でやったんだ。今ここでだから言うけど 」
「 え、社さん、すごーい! 」
「 まさか蓮が買うとは思ってもいなかった。しかもキョーコちゃんが贋作と見破るなんてもっとあり得ないと思った。さらに言うならそれに北条が食いついてくるなんてミラクルすぎる奇跡だと思ったよ。重ねて今だから言うけどね 」
「 それって、つまり大体の警察は知らなかったって事ですよね。北条が版画以外にも手を出していたことを。なのにどうして社さんは知っていたんですか? 」
「 俺だから 」
「 え 」
「 6年前の摘発時、廃業になったギャラリストの一人っていうのが俺だから 」
「「 えっっっ?! 」」
「 いま思えば懐かしいよ。俺がギャラリストになったのはお前と同じ歳だった。スタートしてから3年目が自営業の正念場。だから俺もお前と同じことを考えた。期間限定ギャラリーな。そのとき俺は北条にひっかかったんだ 」
「 ・・・っ・・・ 」
「 負債を背負ったけど返せない額じゃなかった。実際、なんとか穴埋めできたんだ。でも仕事は続けられそうになかった。なにより心が折れていた。悔しかった。けれど自分が悪いんだということも分かっていた。迂闊に人を信用しすぎたからこそ招いたことでもあったから 」
「 それで、どうしていまは警察に・・・ 」
「 その時の捜査員の一人が松島さんだったんだ。落ち込んでいた俺に松島さんはこう言った。
美術品や骨董品業界には、昔から偽物を見抜ける目利きが偉くて騙される方が悪い、という風潮があるが、社会の常識では騙す方が悪いに決まってる、と。
もしもうギャラリストを続ける気が無いのなら、その知識は武器になるから潜入捜査員として役に立ってくれないか、と言われて俺は二つ返事で了承した。北条を捕まえるのは俺だと思った。俺と同じ目にあうギャラリストを作らないためにも。
それからすぐ警察学校に入校し、一年後には警察官だ。通常、学校を卒業すると派出所勤務になるんだけど、俺は松島さんに引っ張られてすぐ捜査員として派遣された。そんな感じだ 」
「 ・・・ギャラリストの前は、絵を描いていたんですか? 」
「 お前!そこ、突っ込むなよ。恥ずかしいな、描いていたよ。でも一枚も売れなかったんだよ、俺は!それで、才能が無いんだって諦めて、それでギャラリストになったんだ。絵画の世界に携わっていたかったんだよ、出たくなかったんだよ、居続けたいと拘ったんだよ。けれどそれも結局、才能が無かったってことだろうけどな。廃業になっちゃったんだから 」
俺と同じだ。
俺も自分の才能の無さに気付いて
でもどうしてもこの世界から離れたくなかった。
「 俺、警察官になりたてだから捜査のこととか良く分からなくて、それで松島さんも潜入捜査員になって俺の面倒を見てくれていたんだ。額縁屋の社長が松島さんだよ。警察内での役職は内緒な。本当は松島さんのことに関しては一切話すなって言われているんだ。今後の潜入捜査に支障があるからってことで 」
「 ・・・? 松島さんって、オークショニアの松島さんのことじゃないんですか? 」
「 それ、同一人物だ(笑) 」
「 はぁ? 」
さすが警察の変装術、と社さんが腹を叩いた瞬間にアッと思った。
彼を見て何かを思い出した気がしたのは、たぶんそれだったのだ。どことなく誰かに似ているとあの時そう思ったのだ。
「 潜入捜査員として勤めた額縁屋っていうのは、俺がギャラリストだった時にお世話になった会社だった。事情を話して潜入させてもらっていたんだ 」
「 ・・・ということは、もしかするともう一人の社員っていうのが・・・ 」
「 そう。本物の社長だ 」
そうだったのか。
「 蓮。お前には感謝してるよ。無事に北条を確保することが出来たし、それ以前に俺、お前と話しているとギャラリストにもう一度なれた気分で楽しかった。仕事のことをうっかり忘れそうになることが度々あって困った程だ。
だから今回の件は同時にもどかしくもあった。お前が危なっかしく見えて仕方なかった。
過去、俺は苦渋を味わい廃業する羽目になったけど、だからこそ分かったことも沢山あった。今回、お前には少しの辛酸をなめてもらったけど、それはちゃんとお前の身に染みたんだよな? 」
「 ・・・はい。充分に 」
「 なら良かった。お前は頑張れ。俺のような道を歩むな。大丈夫だ、お前ならやれるよ。女神もついていることだし 」
「 社さん、ありがとうございました。いつか、この業界に敦賀蓮ありって言われるように頑張ります 」
「 おう!本当に頑張れよ!椹さんのこともよろしくな 」
「 え 」
「 この人、俺の元専属アーティスト 」
「 ・・・っっ、そうだったんですか?! 」
「 うん、実はな 」
「 さて、最後に俺からお前にご褒美。本当はこれを渡すために今日来たんだ。この鍵をお前にやる 」
「 なんですか? 」
「 あ、そうそう、まだお前に報告していなかった奴。今回お前が俺の所に持って来た絵のうち、先に額縁に入れたやつは正規のオークションにかけさせてもらった。そして残った絵は俺のセンスで額に入れて先に店舗に飾らせてもらった 」
「 店舗? 」
「 お前が契約しようとしていた店のことだ。そこを先に契約したのは俺なんだ 」
「「 ええっ?! 」」
「 ビックサイトで俺、言っただろ。不動産屋近辺で高園寺絵梨花がうろついていたのを見たって。あのあと、見つかるのも時間の問題だろうなって思って、俺が誰よりも先に契約しておいたんだ。不動産屋にはかなり嫌な顔をされたけどな。けど最終的には蓮が家賃を払うことになるから大丈夫だって説得しながら警察手帳を見せたんだ。そのことがばれたら俺が懲戒免職になるかもだから、黙っておけよ 」
「 何してんですか、あなたは 」
「 言うな。応援したかったんだよ、お前を 」
言って、あははと笑った社さんを、俺は最上さんと顔を見合わせたあと、何とも言えない気持ちで見つめた。
「 それでどうすんの、お前 」
「 なにがですか 」
「 なんだよ、この前テラスで言っていただろ。支出を抑えた生活のためにキョーコちゃんと暮らしたいって。でもこうして望みの店舗が手に入ったってことは?二人は同棲するのか、しないのか? 」
「「 あ・・・ 」」
最上さんと声が重なり、俺達は再び互いに顔を見合わせた。けれど目が合ってすぐ最上さんが視線をそらした。
どうするって。
もともと俺はこの子を全力で説得する気だったんだ。
「 最上さん 」
「 うひゃいっ! 」
「 今回、こんなことになったけど、固定費を抑えた生活が出来るってお互いのためになると思わない?しかも今よりもっと広い家に住めるんだよ。どうかな、そう言えばその返事をもらっていなかったけど 」
というより、返事をもらっても仕方ないと思っていたんだけど、あの時は。
「 あの、私この前その話をされた時に言おうかどうしようか迷ったんですけど、こうなったらもう言いますね?!もしかしたら敦賀さんはお忘れなのかもしれませんけど、私は別に恋愛拒否者って訳じゃないんですよ 」
「 ・・・うん? 」
「 だから、イベント販促のお手伝いをしてくださった時にしばらくの間は恋愛はいいやって話をしましたし、そう思ったのも本当のことですけど、でも私は機会があれば普通に、普通に恋愛がしたいっていうか、つまりそういうスタンスなんです。
だから、おおおお男の人と一緒に暮らしちゃったりして、そんな気持ちになっちゃわない自信が無いっていうか、そうなっちゃってもおかしくないって言うか、そもそももうちょっと手遅れ気味って言うか・・ 」
「 え。つまりこの前君が悩んでいたのってそこだったってこと? 」
「 そうですぅ!だって敦賀さんは・・・ 」
「 なんだ。だったら大丈夫。何も心配いらない 」
「 なんでですか! 」
「 俺は君ならいいと思っているから。というより、君が相手なら全然ありだと思っているから。むしろ今からでも大歓迎 」
「 えええええっっ?!なにそれ、どういうことぉ?! 」
「 そういうこと。・・ってことでいいんだよね。問題なくなったんだから 」
ここで二人から拍手をされてしまった。
言わずと知れた社さんと椹さんに。
もうずいぶん開店時間を過ぎているけど、トローリー入り口の看板はまだ準備中のままなので誰も入って来ていなかった。
「 良かったな、最上さん、おめでとさん 」
「 で?店の名前は何にするんだ?蓮 」
「 それ、色々考えたんですけどね。もうこれしかないかなって、いま思いました 」
「 なんだよ 」
「 色々な結びつきがいまの俺を作ってくれた。そのすべてのきっかけがあの絵にあった気がするんです。だから、レース・ローズ、にしようと思います。あの絵、本当にいいと俺は思ったんですよ、社さん 」
そこで椹さんが微笑んだ。
「 いいんじゃないか。アーティストの立場から言わせてもらえばそれはとても光栄なことだ。それ以上の喜びはないだろっていうぐらいに。な、社くん 」
「 ・・・今さら、嬉しいやら恥ずかしいやらってやつですよ 」
「 それでね、最上さん。俺の店に君の作品を置いてみないか? 」
「 え 」
「 イベント参加に合わせて沢山の作品を作るのもありだと思うんだけど、常に販売している店舗があれば君のファンは必ず訪れてくれると思うから。それに、俺としてもその方がありがたいんだ。人の出入りがある方が店って入りやすくなるだろう。何度も足を運べばその分、親しみも湧いてくるだろうし、そうなれば人が人を呼ぶことだってあるだろうし、そのうち気まぐれに寄ってくれる人も増えると思うんだ。ひいてはギャラリーにもいい影響がって感じで 」
だから委託料とかもらうつもりもないけど、その代わりに店舗の空間演出を手掛けて欲しい、と言ったら、最上さんはとびっきりの笑顔になった。
「 もちろん良いですよ!だって私、言いましたから。私にして欲しいことがあるなら遠慮なく言って下さいねって 」
ドンと胸を叩いた彼女にありがとうと言ってから、よろしくお願いしますと頭を下げた。
正直に告白をすると、俺がこの世界から離れたくなかった本当の理由は、ずっと夢見ていたからなんだ。
灯りに誘われる蛾の様に
この容姿に惹かれる人じゃなく
名だたる画商たちが胸を震わせる恋愛をしてきたように
いつか自分もそんな出会いに恵まれたいと願っていた。
いま俺は確信している。その相手が最上さんだったのだと。
これから俺、もっともっと頑張るよ。
いまはまだお互いに未熟だけれど
これからは君と一緒に頑張って行きたい。
E N D
回収できなかったものがあるので、おまけを一話お届けしますが、一応ここで完結とさせていただきます。
お付き合いいただき、心から感謝です。
⇒The Lace Rose◇35・拍手
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※ラストのおまけこちら⇒レースローズ◇おまけ
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